| そこにいるひと |
あんたがそこにいること自体、俺は不思議なんですよ。 情事の後そう言って、困ったように天が笑ったのを赤木はよく覚えていた。 「お前にとっての俺はなんなんだよ?」 妖怪か幽霊かー… 笑いを含んだ声を窓辺から返す。 畳にべたりと座り込んだまま紫煙を吐き出して、赤木は天を見やった。 湿った布団に半裸であぐらをかく男は、そんな言葉に苦笑を返す。 「だってあんた、人の腕に収まる人じゃないって思ってたんだ」 「そんなにでけぇナリはしてねぇつもりだが」 茶化す赤木に、天は少し真面目な顔をして、そんなんじゃねえよと言った。 「お前の言うことはよくわかんねぇな」 「あんたはー…」 天は自分の足裏に視線を落としてから、再び赤木を見た。 薄暗い部屋。窓の向こうから差す月明かり、逆光。 しかしそんな中でも赤木の真っ白な髪と、色素の薄いー…そう、光の当たりようによっては緋色にも見える瞳は、際立って美しい。 そう、美しい。 「…あんたは、こっちの人間じゃないと思ってた」 その言葉に、それまで薄く閉じていた赤木の目が軽く開かれる。 そして、今度はすっと細められ、天の言葉の向こう側を見定めるように、口角が上がる。 「…ほう」 「ただの人間の俺が腕に収めようとしたって、すぐにその隙間から消えうせてしまっているような、そんなイメージだったんですよ、あんたは」 だったんですよ。 …過去形。 「…じゃあ今はなんだってんだ」 抽象的ではっきりしない天の物言いに、赤木は焦れる。急かすように言葉は尖る。 しかし天は言葉のあと、じっと赤木を睨んだまま、動かない。 「…おい、天よ」 赤木の言葉は遮られる。太い腕に。力に。 「…でも実際は、ただの人間の俺でも、こうやって腕に抱ける」 ぐいと引っ張られ、気づけば赤木はすっぽりと天の腕に納められていた。 赤木は天の言わんとすることが分からず、されるがまま、男の厚い胸板に寄りかかる。 火のついた煙草をどうしようか迷って、結局手を伸ばして灰皿に押し付けた。 「…だから不思議なんですよ。赤木さんが。どうして俺なんかに抱かれてるんです」 「…俺はただの人間だからさ」 天の腕の中で、赤木は呟く。 その呟きは煙と共にゆらりと揺れて、天の耳に届く。 「もしそうじゃないんなら、お前も化け物なんだろうさ…」 違いねぇや。 天はもう一度、笑った。 どうして今更こんなことを思い出すのか。 いや、今だからか。 独りの部屋で、あの日に似た月夜を眺めながら、赤木はただ、自分によく似た一人の化け物が来るのを待っていた。 |
| 06/05/17 |
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