サンタクロースのお仕事

 里美が上京して以来クリスマス・イヴは彼女と過ごすことが多かったが、今年は彼女が大学時代の友人とパーティーをすることになり、私との予定は生憎キャンセルとなった。里美は私のほうを優先したがったが、大学卒業後初めての集まりになるそうなので、私からそちらに出るよう勧めたのだ。彼女はまだ若い。私のようなおじさんに合わせてせっかくのイヴをしんみりと過ごすより、気の置けない仲間たちとわいわい騒ぐほうが楽しい年頃だろう。
 そして私は数年ぶりに一人でクリスマス・イヴを過ごすこととなったのだが、それほど気分が落ち込むことはなかった。私のほうから言い出したことでもあるし、そのかわり里美とは二十五日に会うことになっている。世間的にはなぜか前夜祭のほうが盛り上がりを見せるが、実際には二十五日のほうが本番なのだ。そう気持ちを切り替えたせいもあるかもしれない。
 だから、クリスマス一色に染まり、カップルだらけの街並みを歩いていても、家族連れで溢れかえるデパート内の地下食品売場で、クリスマス用にパーケージされた惣菜をあさっていても、周囲はどう見るかわからないが私自身は寂しいなどと思うこともなかった。
 なんとなくクリスマス仕様となった己の夕食と、せっかくだからと奮発して買ったワインを引っさげてデパートを出ようとした時、出入り口から少々奥まったところにある売場にふと目がいった。そこは普段からハンカチや財布、ポーチなどの小物を置いているのだが、今はさすがにクリスマス贈答用に冬の小物を展示している。その整然と並べられた品々の中に、私はひとつの手袋を見つけた。黒にごく近いグレーの革手袋で、作りが非常にシンプルだ。
 私はふらふらと吸い寄せられるようにその手袋を手に取った。
 紳士物のようだが、かなり大きい。試しに片手にはめてみると、決して小さくはない私の手でも指先が少し余っている。握り込んで感触を確かめると、なかなかに柔らかく動かしやすい。
 私がしばらく握ったり開いたりを繰り返していると、女性の店員がやってきて、
「サイズお出ししましょうか?」
 とにこやかに問うてきた。
「いえ、これでちょうどいいです」
 私が言うと、彼女は小首を傾げる。私には大きいのではないかと思っているのだろう。私は苦笑して手袋を外し、店員に差し出した。
「プレゼントにするので、包んでもらえますか」
 そう言うと、合点がいったとでもいうように深く頷き、
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
 と私の手から手袋を受け取った。


 濃い緑の包装紙に包まれた箱を受け取った私は、店員が紙袋にそれを入れるのを断り、無造作に買い物袋の中に突っ込んだ。どうせ後で郵送するのだから、無駄な物は省こう。
 会計を済ませ、さあようやく帰途につこうと振り返ったその時。
「Merry Christmas!!」
 と大声で叫ばれ、ぎょっとした。
 目の前に、お馴染みの赤いコスチュームに身を包んだサンタクロースが立っていたのだ。いつの間に来たのか、彼はごく間近迫り、くしゃりとつぶした笑顔で私を見下ろしている。
「I give you a Christmas present!」
 彼は流れるような英語でそう言った。
 おそらくデパートのクリスマス宣伝用なのだろうが、それにしても彼は堂に入っている。
 真っ白な髪とひげは艶やかで、間に合わせの薄汚れた綿のようなかつらではなく、本当にそこにたくわえられているようだ。でっぷり前に突き出した腹は詰め物のようには見えず、背はその腹を持ち上げるように反り返らせている。白い大きな袋をひっかけている肩は、本当に重そうにいからせていた。
 本格的である。
 私は驚きと感心で、そのサンタクロースを見つめてしまった。すると彼はずいっと私に顔を寄せ、
「What present do you want?」
 と、やはり英語で聞いてくる。少々しわがれてはいるがよく通る声だ。いかにも元気な老人という感じが出ていて見事である。しかしのぞき込んでくる彼の顔を見て、私は目を瞬かせた。
 大仰につけられたひげと眉に隠されてはいるが、その顔の彫りは深い。高く通った鼻筋。そしてなめらかに紡ぎ出される英語。
 もしかして、このサンタクロースは、本当に外人を使っているのか!?
 そう思った途端、私の身体は硬直した。
 緊張で冷や汗が流れる。
 そんな私にお構いなく、外人のサンタクロースは(サンタは外人に決まっているが)じっと私からの答えを待っていた。
 なんと答えたら良いのだろう。
 英会話学校に通い始めて数年たち、自分では少しは上達したかと思っていたが、こんな時にはまるでだるま落としのようにスコンと習ったことが抜け落ちてしまう。
 私は助けを求めるように周囲を見回したが、他の客も、デパートの店員ですら、私たちを遠巻きにしている。一部の客などは一体何が始まったのかと、興味津々で視線を送ってきていた。
 どうやら私は余興に巻き込むターゲットにされてしまったらしい。
 しかし、どうして私なのだ。周りには子供連れで買い物に来ている客もたくさんいる。幸せそうに笑っているカップルもいる。そんな中でなぜ、一人ささやかに買い物をする中年男に狙いを定めるのだ。
「あ、あ、あの、けけ、結構です!」
 しばし酸欠の金魚のように口をぱくぱくとさせていた私から、ようやく吐き出されたのは、手本にもならないような日本語だった。金と時間を費やしたあの勉強は、一体何だったのだろうと思う。しかも声が裏返ってしまったために、周りからは失笑がもれた。顔が急激に熱くなる。
 しかし白ひげのサンタクロースは、さらに私に追い討ちをかけた。
「I'll give you anything you want.What do you want?」
 だから、なぜ英語なのだ。日本にいるのだから日本語を話せ、などと思ってしまうのは、日本人の良くないところなのだろうが、こういった事態に立たされるとそう思わずにはいられない。
 周囲の期待の目が私に集中する。通りかかった客が一人、また一人と足を止め、次第に人垣ができ始めていた。人が困っているというのに何が楽しいのだと思うが、私とてかやの外にいれば面白がって見てしまうに違いない。「人の不幸は蜜の味」とはよく言ったものである。
 私の羞恥は、瞬時に限界を超えた。
 そんな状況の中で、できることはただひとつ。
「すいません! 急いでるんです!」
 やけっぱちの大声でそう言い放ち、私は脱兎のごとく逃げ出した。


 玄関に駆け込むと、私はドアにもたれかかって息をついた。
 幸いあの後、サンタクロースの追撃はなく、私は無事にあの恥ずかしい状況から逃れることに成功した。見ていた客はさぞかし残念がったことだろうが、そんなことは知ったことではない。
 ああいった余興は、確かに人を呼ぶには効果的なのかもしれないが、人を巻き込むのだけはやめて欲しい。私はデパートのクリスマス商戦に荷担するつもりはないのだ。気の利いた芸のひとつも持っていない私は、特にふさわしくない人間だろう。
 まったく、とんだ目にあったものだ。
 ひときわ大きく溜息をつくと、途端に腹の虫が鳴った。
 今日の昼は軽い物で済ませてしまっていた。加えて先ほどの極度の緊張で、どうやらエネルギーが尽きたらしい。
 私はコートを脱ぐと、すぐさまキッチンへ向かった。買ってきた食材を袋から取り出し、冷製物以外をそのまま電子レンジに放り込む。最近の惣菜の容器は大抵電子レンジ対応の物になっているので、独り身にはありがたい。いつもは食器を洗う手間を惜しむため、買ってきた容器のままに箸でつつくのだが、今日はさすがに無精をやめた。皿に盛り付けるだけでも、気分は違うものだ。
 ささやかな夕食をテーブルに並べ、最後にお楽しみのワインを取り出した私は、ひとつ買い物袋の底に緑色の包みが取り残されているのに気がついた。買うつもりもなかったのに、思わず手に取ってしまった、それ。
 似合いそうだ、と思ったのだ。今、遠い異国にいる友人に。
 確かこの部屋を出ていってしまう前、私は彼に手袋をプレゼントしていた。普段あまり手袋などしない男だが、たまにする時はいつも穴の空いた擦り切れたものだったので、見かねて買ってやったのだ。彼がいなくなって後、部屋を掃除した折にその手袋を見かけることはなかったので、どうやら一緒に持っていったらしい。
 あれからもうだいぶ経つ。北欧の寒さはこちらとは比べものにならないだろうから、使用頻度も増えているはずだ。だとするとそろそろあの手袋も、過剰労働でくたびれている頃だろう。
 クリスマスに合わせてカードは送っていたが、追加でプレゼントを贈るのも悪くない。
 明日、早速送ってやろう。
 私はクリスマス用に綺麗にラッピングされたその箱を取り出し、しげしげと眺めた。しかし眺めているうちに、なにやら心がむずむずとしてくる。
 本当は、郵送などではなく……
 思いに耽っていた私の耳に、突然ノックの音が聞こえてきた。はっとして顔を上げる。大して間を置かずに、再びコンコンコンとノックは繰り返され、私に来客であることを告げた。
 おや? と首を傾げた。
 元々この部屋に来客はあまり多くないのだが、この時期、こんな時間にあるのは珍しい。
 私は手にしていた箱をテーブルの上に置き、玄関へと向かった。その間にも、ドアは忙しなく叩かれる。
 まさか、里美が予定を変更してこちらに来てしまったのだろうか。
 私はノックに急かされながら、ドアを開けた。
 途端に飛び込む、赤。
「Merry Christmas,to you!」
 私は呆然とした。
 なぜ、なぜこんなところに彼がいるのだ。
 私の目の前には、あのデパートにいたサンタクロースが立っていた。
 私は驚きと緊張とが甦り、思わずドアを閉めようとしてしまった。しかしサンタは大きな身体を挟み込んでそれを阻止し、ぐいぐいと中に入ってくる。
「ち、ちょっと! 何なんですか、あなたは!」
「I am Santa Claus.」
 そんなことは見ればわかる。私が言いたいのはそういうことではないのだ。
 私は必死になって外に追いやろうとするが、彼の力は私に勝っていた。ついに彼は玄関の中に入り込み、さらには土足のままで部屋に上がり込んでしまう。呆気にとられる私をよそに、そのサンタは部屋の中央に仁王立ちになり、首だけをぐるりと巡らせて中の様子を見回した。
「It is a good room.But I feel sorry that there is not a chimney.」
 昨今のサンタクロースは、煙突がない家にはこんな暴挙に出るとでも言うのか。
「こんなところまで、一体何しに来たんですか」
 彼はデパートの雇われサンタのはずだ。まさかデパート側がわざわざ買い物客を選んで、サンタクロースのデリバリーサービスを行っているわけもあるまい。
「I am not giving you a present yet.」
「はあ?」
 私は首を傾げた。
 わざわざプレゼントを渡しに来たとでも言うのだろうか。しかし一介の雇われサンタが、なぜそんなことのために私を追いかけてくるのだ。
「プレゼントなんていりませんよ。早くデパートに戻ったほうがいいんじゃないですか?」
 もしかして日本語が解らないのではないかと思い、私はゆっくりと言った。しかし彼はその私の言葉に首を振る。
「I can't return until I give you a present.」
 彼も私にわかりやすいように、ゆっくりと言ってくれる。しかし……
 困った。
 もしも彼が個人的に私を追ってきたのだというなら、デパート側にとっては大きな契約違反であろう。そうなれば、クビになることは確実だし、下手をすれば今までの働き分の給料ももらえなくなってしまう。
「ちゃんと戻って仕事をしないと、お給料もらえなくなっちゃいますよ。それじゃ困るでしょう」
 諭すように言ってはみるが、やはり彼は首を横に振った。そしておもむろに人差し指を立て、舌を打ち鳴らす。
「My work is only one.It is to give you a Christmas present!」
 サンタクロースは大きく手を広げ、高らかにそう宣言した。
 私は思わず頭を抱える。
 駄目だ。話がまったく通じていない。日本語はどうやら解しているようだが、私の欲しい答えは返って来ず、会話が合致しないのだ。
 もしかして彼は、勘違いをしているのではないだろうか。デパート側に「サンタになれ」と言われ、本物のサンタクロースの仕事とはき違えてしまったのかもしれない。
 そのことを、どう言えばわかってもらえるのだろう。
 否。
 どうすれば、このサンタクロースをこの部屋から追い出すことができるのだろうか。
 私が戸惑っていると、サンタはさらなる暴挙に出た。彼は食卓に並べられた料理に目をつけたらしい。おもむろにチキンのひと切れをつまむと、口の中に放り込んだ。
 ゆっくりと味わうように咀嚼した後、彼は言う。
「It's good.But I want to eat your home cooking.」
 そして今度はワインのボトルを見つけて嬉しそうに手を開き、いそいそとコルク栓を抜く作業に入った。
 私は再び呆然とする。
 ……これは、居直り強盗と解釈したほうがいいのだろうか。
 他人の家に無理矢理上がり込んで料理をつまみ、さらには当たり前のようにワインを開け、そして今はそれをグラスで味わっている。こんなサンタクロースは見たことも聞いたこともない。彼が本物のサンタの仕事と今の仕事をはき違えているだけならば、こんな暴挙に出るはずがない。
 そうなると、警察に連絡したほうが良いのだろうが、そこまでする必要があるのかとも正直思った。家捜しされ、金を出せと脅されているわけではない。今の被害はチキンひと切れとワイン。居直った彼の要求は私の手料理。家宅不法侵入は間違いないのだろうが、彼の言葉を信じるならば目的は私にプレゼントを渡すことだ。
 考えたら頭が痛くなってきた。警察にそれを正直に話して、どれだけ信じてもらえるのだろう。
 どうしたものかと思い悩んでいるところに、突然電話のコール音が鳴り響いた。
 こんな時に。
 と、なにやら出るのも億劫になっていたが、それでも出ないわけにはいかない。仕事の方は年末進行でとうに納めていたが、それでも担当から連絡が入らないとは限らないのだ。
 だがしかし。私がその電話に出るより先に、サンタクロースが動き出した。彼はワイングラスをテーブルに置くと、のしのしと床を踏み鳴らして電話の前に立ち、受話器を取る。
「Hello.This is Santa Claus.」
 まるで自分の家のごとく、彼はその電話に出た。
 ちょっと待て。
 私は慌てて駆け寄り、受話器を奪った。
「何やってるんですか、あなたは!」
 私が怒鳴って睨み付けると、サンタはふっと溜息をついて肩をすくめる。
 溜息をつきたいのはこっちのほうだ。
「……もしもし?」
 相手が切っていないことを願いながら、恐る恐る電話に出る。
「あ、石岡先生。びっくりしたー。間違えたかと思っちゃった」
 里美からだった。
 どうやらパーティー会場からかけているらしく、彼女の背後から人の喧噪がもれきこえている。
「今の誰ですかー? 先生のお友達?」
「いや、そうじゃないんだ。実は今、ちょっと困ってて」
「どうしたんですかー?」
「変な外人のサンタに居座られてるんだ」
 私が言うと、里美はころころと笑った。
「えー? なんですか、それー?」
 冗談だと思ったらしい。しかし生憎冗談ではないのだ。
 私はデパートからここに至るまでの一連の状況を、里美に詳しく説明した。もしかして彼女だったら、このサンタを追い出すいい方法を思いつくかもしれないと思ったのだ。
 私がすべてを話し終えると、里美は固い声になって言った。
「先生ー。それ、もしかして強盗なんじゃ……」
 やはり彼女もそう思うらしい。しかし家に押し入ってきて、金品を要求しない強盗などいるだろうか。
「きっとサンタクロースの格好で油断させるつもりなんですよー。後で「金を出せ」って言われるかもしれないですよ」
「そう……かな」
「早く警察に連絡したほうがいいです。なにかあってからじゃ遅いんですよー」
 里美に言われると、私の中にもだんだんと危機感が芽生えてきた。確かに今は飲み食いをしているだけだが、それが高じて後に金を要求されるということも考えられるのだ。
「わかった。すぐに警察に連絡するよ」
「先生、大丈夫ですかー? 私のほうから電話しましょうか」
「大丈夫だよ、そのくらい」
「でも、警察に連絡してるのがばれたら、暴れ出すかもしれないですよ」
 なるほど、そういうことも考えられる。
「あんまり刺激しないほうがいいです。今そのサンタ、どうしてますか?」
「どうって……」
 里美に問われ、私は後ろを振り返った。そして見たままを正直に伝える。
「踊ってる」
 里美は沈黙した。
 また、冗談だとでも思ったのだろうか。しかし嘘は言っていない。
 彼は私の背後で、本当に踊っている。「ジングル・ベル」を歌いながら、重そうな腹を揺すって、ステップを踏んでいるのだ。
 しばらく黙り込んでいた里美だが、サンタの「ジングル・ベル」が二度目のサビを迎える頃に、ようやく受話器から声が聞こえてきた。
「先生……そのサンタクロース、もしかして……」
「え、何?」
「背が高いですか?」
 私は眉をひそめた。なぜ突然、こんなことを聞くのだろう。
「高いけど……何で?」
「石岡先生より高いですか?」
 私の質問には答えず、里美はさらに聞いてくる。
「うん、高いよ。僕より十センチは高い」
「英語、上手?」
「そりゃ、外人だから上手だよ」
 と言いはしたものの、考えてみたら英語を話さない外人もいるのだ。しかし彼の発音は、英語圏の人間のものだとたやすく思わせるほどに流暢だ。
「踊りは? 上手ですか?」
 聞かれて私は、もう一度サンタを見る。
「よくわからないな。変なタップみたいなステップ踏んで、ぐるぐる回ってるだけだから……でも、なんでそんなこと聞くの?」
 里美は私の問いにまたも答えず、そのまま沈黙する。
「あの……里美ちゃん?」
 あまりに長い沈黙だったので、私は少々不安になった。その間にサンタの歌は二曲目に突入し、今度は「サンタが町にやってきた」を歌い出す。興がのってきたのか、歌声は次第に大きくなっていった。
 その騒音の中、やがて里美が呟くように言った。
「先生」
「うん、何?」
「警察には、連絡しないほうがいいかもしれないです」
「え、何で?」
「その人、きっと本物ですよ」
「本物って?」
「本物のサンタクロースですー」
「はあ!?」
 私は思わず声を上げてしまった。そのせいか、背後の歌がぴたりと止む。
「良かったですねー、きっと素敵なクリスマスプレゼントくれますよー」
「ち、ちょっと待って、里美ちゃん。急に何言い出すんだ。サンタクロースなんているわけないだろう」
「いるじゃないですかー、そこに」
「いや、だから、これは」
「私、石岡先生が一人で寂しいんじゃないかって心配してたんですけど、サンタさんいるから大丈夫ですねー」
「あのー、里美ちゃん?」
「私もサンタさんに会いたいけど、でもサンタさんは私と会うの嫌がりますよね、きっと」
「ねえ、ちょっと」
「残念だけど、あきらめますー」
「もしもし?」
 なぜだ。里美とまで会話が成り立たなくなっている。まさか私はいつの間にか、彼女も知らない言語をマスターしたとでも言うのか。
「あ、先生。明日会うことになってたけど、私キャンセルしますねー」
「は!? 何で!?」
「だってきっと、石岡先生のほうが都合悪くなりますよ」
「……それ、どういう意味?」
 私が聞くと、里美は電話口でくすくすと笑う。
「後でわかります。それじゃ、お邪魔しましたー。石岡先生、サンタさんと楽しんでくださいねー」
「え、え? ち、ちょっと待って、里美ちゃ……」
 私の制止もむなしく、里美は電話を切ってしまった。後にはただ、ツーツーと音が鳴り響くだけだ。
 なぜだ。
 そもそも警察に連絡したほうがいいと言ったのは里美のほうだ。私の身を案じてくれていたのに、それがなぜ急にここまで態度が反転してしまうのだ。しかもなぜ、私との約束までキャンセルしてしまうんだ!
 私は呆然としたまま、後ろにいるサンタクロースを見た。彼は私と目が合うと、顔をつぶした笑みを浮かべ、再び声を張り上げて歌い出す。そのあまりの声の大きさに、私は思わず耳を塞いだ。
 このサンタが本物だと? プレゼントをくれるだと? 一緒にクリスマスを楽しめだと?
 どうやって楽しめというのだ、この気違いサンタと!
 私は再び電話と向かい合った。
 やはり、警察に連絡しよう。里美はしないほうがいいと言ったが、私にはとても耐えられない。ごく善意的な見方で、彼に悪意はないのかもしれないが、私はこのサンタクロースのおかげで、ささやかなイヴの夕餉を滅茶苦茶にされ、おまけに明日の予定まで潰されたのだ。
 これを恨まずにいられようか。
 迷わずダイアルしようとした私の行動は、しかしすぐに阻まれた。サンタがいつの間にか背後に迫っていて、後ろから私の両手をつかんだのだ。
 ぎくりとする。
「Your talk ended.」
 彼はそう言うと、受話器を持った私の手をゆっくりと下ろさせる。
「From now,it is time for you and me.」
 耳元で囁いた。彼の白いひけが、ふわふわと頬に当たる。
 無性に腹が立った。
 何が「あなたと私の時間」だ。私の楽しみを潰しておきながら!
 私は思わず頭を後ろに振り、サンタに頭突きをくらわせた。衝撃が走り、彼が「うっ」と呻いたので、どうやらそれはいい具合にヒットしたらしい。彼がひるんだ隙に手を振り払い、私はテーブルに駆け寄った。そしてグラスにお楽しみであったはずのワインを注ぎ、一気に飲み干す。
 とても素面ではいられない。
 テーブルにグラスを置き、袖口で濡れた口元を拭うと、私はサンタクロースを睨み付けた。
「一体何の目的で、こんなことするんです?」
 そう聞くと、彼はおどけたように眉を上げ、のしのしと私の元へやってくる。そしてグラスにワインを注ぐと同じように一気に飲み干した。
「My purpose is only one.It is to give you a Christmas present.」
「だから!」
 激昂しそうになり、ぐっと堪える。私はまたグラスにワインを注ぎ、飲み干した。
「プレゼントなんていらないって言ってるでしょう」
「There is not possibility.You have the one to want in your heart.」
 再びサンタもワインを飲む。
「Say your wish to me.I'll make your wish come true.」
「そんなものはありません。欲しい物なんかない。僕が望んでいるのは、あなたがこの部屋から出ていくことだ」
 私もまた酒をあおる。空になったグラスをすぐにサンタが奪い取り、ワインを注いで一気に飲む。
「I said I can't return until I give you a present.」
 私はサンタを睨み付ける。
 なにやら飲み比べの様を呈してきた。いや、この場合は根比べだろうか。
 私たちはひとつのグラスで代わる代わる酒を飲みながら、同じ問答を繰り返した。


 なぜこんなことになったのだろう。
 ゆらゆらと景色が揺れる中、ぼんやりと私は考える。
 最初に開けたワインはすぐに飲み干し、これでは足りないとキッチンから買い置きの安いワインを出したがそれもあっという間になくなり、ついには秘蔵のブランデーまでお目見えするはめになった。立ったままでの酒飲を繰り返したが、その間、私たちの会話は少しも進展しない。
 弱くはないが酒豪というわけでもなく、しかもハイピッチで飲んだ私は、おかげですっかり酔っ払ってしまった。ふらふらと身体が揺れ出した私を見かねたのか、サンタはゆっくりとソファーに移動させる。
「You are drinking too much.」
「……誰のせいだと思ってるんだ」
 私がろれつの回らない口で言うと、彼は肩をすくめた。そのサンタは未だにグラスを手に持っており、中に入っている琥珀色の液体をひと口飲む。この男、なぜ酔っ払わないのだ。
 ソファーに座ったものの、私は己の頭を固定させる気力すらなく、だらしなくもサンタの肩にもたれかかった。
「Do you find the one to want?」
 サンタはゆっくりと私の肩を抱き、優しい声で聞いてくる。
 ……まだ言うのか。
「そんなもの、ないよ」
 私の頭はずるずると滑り、彼の膝の上に落ちた。
「欲しい物なんか、ない」
 見上げると、私を見下ろすサンタクロースの、優しい瞳にぶつかる。
「欲しいのは、物じゃない」
 私は手を伸ばし、彼の顔に触れた。
 柔らかいひげの感触。
「君が本物のサンタクロースなら……連れてきて」
 言いながら、酒は怖い、と思った。
 ……頑なな心がほどかれてしまう。
「彼を……ここに、連れてきて」
 流れ出る想いを止められない。
「Who is him?」
 サンタクロースの優しい声が、巧みに私の望みを引き出す。
「御手洗」
 心の声が、そのまま口からこぼれた。
「御手洗を、ここに連れてきてくれ」
 想いを隠せない。
「手袋、買ったんだ。きっと彼に似合う……手渡してやりたいんだ……」
 口にして、ああ、違うな、と思った。
 それは、きっと口実だ。
「……会いたいんだ」
 そう、それがきっと、本心。
「御手洗に……会いたい」
 言いながら、私の意識は次第に闇に引きずられていく。
 あとはもう、よくわからなかった。
 ただふわふわと身体が浮き上がり、すぐに柔らかいものに沈み込んでいく。
 そして、深淵へと旅立つ私に……
「I'll make your wish come true.」
 サンタクロースの声が、聞こえた。


 目覚めは最悪だった。
 ひどい頭痛と胸やけ、そして吐き気。私は自分のベッドから、すぐには起き上がれなかった。
 完璧に二日酔いである。
 長らく深酒をすることなどなかったので、この苦しみは久々のものだ。こうなると必ず、なぜこんなになるまで飲んでしまったのだろうと激しく後悔する。そしておぼろげな記憶をたどって原因究明に乗り出したところで、私は昨夜の出来事を思い出した。
 そうだった。あのサンタクロースだ。彼があまりにもしつこくて、それに煽られるように、私は杯を重ねてしまったのだ。しかし、飲んだところまでは覚えているが、そこから先がよくわからない。
 そう言えば、私はいつベッドに寝たのだろう。あのサンタクロースは、一体どうしたのだろうか。
 私は重い身体をようよう起こして、自室を出た。
 よろよろと居間に出ると、そこはゆうべの様子をそのままに残していた。食卓の上には私の口にはひとつも入らなかった夕食の残りと、空のワインボトルが二本。ブランデーのボトルとそれを飲んだグラスは、来客用のテーブルのほうに移動していて、ボトルの底にはもう琥珀の液体が薄くしか残っていない。ブランデーは人からもらったなかなかに良いもので、もったいぶってちびりちびりやっていたのに、ずいぶんと派手に飲んでしまったものだ。
 やはり、昨夜のことは夢ではなかった。では、あのサンタクロースはどこにいったのだろう。
 ……逃げたに決まっている。
 考えてみたら、あれも手口のうちだったのかもしれない。酒を飲ませて酔わせ、眠ったところでゆっくりと家捜しをする……もっとも私の場合は、自分から酒を飲み始めてしまったのだが、彼にとっては好都合だっただろう。
 私は被害状況を確認しようとしたが、すぐに断念した。
 うちにあるもので盗られて困るのは、せいぜいワープロくらいのものだ。それも仕事に支障をきたすという理由だけで、ないならないで手書きでもいいし、必要なら新しい物を買えばいい。相当古い型だから、売り払ったところで二束三文だ。財布のほうには、今日金をおろそうと思っていたので大して入っていない。カード類を盗られて金を引き出されてしまったとしても、もうどうでもよい。サンタにプレゼントしてやったとでも思えばいい。
 とにもかくにも身体がだるく、余計な動きをしたくはなかった。すぐにでもベッドに戻ってしまいたかったが、生憎喉がひどく渇いていて水分を要求していた。酔いざめの一杯というやつだ。
 痛む頭を押さえてキッチンに入り、水を飲む。ついでに何か二日酔いに効く薬はなかっただろうかと、置き薬をあさろうとしたその時。
 ドーン、と、何か重い物が落ちるような音がした。
 ちょうどキッチンにいる私からみて左側……つまり御手洗の部屋からである。
 部屋主が不在になって以来そこは荒れることがなく、しかも私が定期的に掃除に入っているので、大地震でも起きないかぎり物が落ちる要素はない。
 誰かが、いる。
 私の中に、緊張が走った。
 あのサンタクロースだろうか。
 昨夜は彼も酒を飲んでいた。おぼろげにある記憶からは酔ったようには見えなかったが、あの後一人で酒宴を続けていたのだとしたら……おあつらえ向きにベッドも用意されているのだ。ここに一夜の宿を求めてもおかしくはない。
 どうしよう。今こそ警察に連絡したほうがいいのだろうか。しかしまだ本当に彼であるかどうか、確認をしたわけではない。大げさに騒ぎ立て警察を呼んだところで、もし間違いだったら言い訳のしようもないのだ。
 私は意を決して、御手洗の部屋に近付いた。
 ドアの前に立ち、ひとつ息をつく。
 思い切ってノブに手を伸ばしたその瞬間。
 ドアが開き、何か黒い影が覆い被さってきた。
「ぎゃ――――――!!!」
 人は真に驚いた時、とんでもない声が出るものである。窓でも開いていたら、おそらく私の悲鳴は街中に轟いたであろう。
 突然のことにパニックに陥った私に、その黒い影は言った。
「メリークリスマス、石岡君!」
 懐かしい声だった。
 電話を介さない、久しぶりの生の声。
 この声は……
「御手洗!?」
 にわかには信じがたく、私は顔を確認しようとした。が、彼はぎゅうぎゅうと私を締め付けて離さない。
「御手洗! ほんとに御手洗なのか!?」
 私は背中を叩いて解放を促した。するとようやく腕の力が緩まり、彼の身体が離れていく。
「久しぶりだね、石岡君」
 そう言って笑うその顔は……
「本当に、御手洗?」
 私は彼の顔をまじまじと見つめる。
 少し頭に白い物が増えたような気はするが、その笑顔は変わらない。
 そこには確かに、私のよく知っている顔がある。
 まるで幻でも見ているような気分だ。
 穴が空くほど見つめる私に、御手洗は苦笑する。
「石岡君。いくら君が忘れっぽいからって、僕の顔まで忘れたのかい?」
 忘れるわけがない。忘れるわけはないが……
「どうして君がこんなところにいるんだ!?」
 私が聞くと、彼は首を傾げた。
「ここは僕の部屋なんだから、僕がいて当然だろう? それともまさか僕がいない間に、誰かに明け渡してしまったわけじゃないだろうね」
「誰かに明け渡すくらいな僕が使うよ……そうじゃなくて! 一体いつ来たんだよ!?」
「昨日の夜さ。君はぐっすりとお休みのようだったから、気がつかなくても無理はない。昨夜はずいぶんとお楽しみだったようだね」
 御手洗はちらりとテーブルに視線を送ってから言った。冗談ではない。あれがお楽しみなものか。
「なんで急に帰ってきたんだよ。仕事が忙しいんじゃないのか?」
「ああ、忙しいね。でも、君が泣いてるんじゃ仕方がない」
「はあ!?」
 突然何を言い出すのだ、この男は。
「僕は、泣いてなんかいない!」
「でも、サンタクロースがそう言っていたよ」
「なんだよ、それ?」
「昨日ストックホルムの僕の部屋に、突然サンタクロースがやってきたんだ。煙突がなかったんで窓からのご登場だったがね。その彼が、『石岡君が君にプレゼントを手渡したいと言っているから、私と一緒に来てくれないか』と言うんだ。僕は忙しいからと断ったんだけどね。『石岡君が君に会いたいと泣いている。私は彼の望みを叶えるまでは家に帰れないんだ』と言うから、それなら仕方がないと彼のソリに乗ってひとっ飛びしたわけさ。彼は実に仕事に忠実なサンタクロースだ。感心したよ」
 私は呆れ返ってしまった。
 そんなはずはないだろう。あの図々しくも家に押し入り、飲み食いまでしていったサンタクロースが、本物のわけはない。しかしそれならなぜ、御手洗がプレゼントのことを知っているのだ。私があの手袋を買ったのは単なる思いつきだ。ストックホルムにいた彼が、それを知り得たはずはない。
 私が二の句を告げずにいると、突然玄関のドアが打ち鳴らされた。
「石岡さん! 石岡さん! どうかしましたか!」
 はっとして我に返る。
 どうやら私の悲鳴は街中には轟かなかったものの、この建物内には響いてしまったらしい。おそらく隣家の住人が管理人に連絡してしまったのだろう。
 私は慌てて玄関に走り、ドアを開けた。案の定、そこには心配そうな様子で管理人が立っている。
「石岡さん、大丈夫ですか?」
「すいません! 驚かせてしまって」
 私は管理人に頭を下げた。
「何かあったんですか」
「い、いえ、それが……」
「やあ、管理人さん! ご無沙汰しています! ご健勝のようで何よりですな!」
 私が言い訳をしようとしたその背後から、御手洗がぬっと顔を出した。
「御手洗さん!? いつお帰りになったんですか!?」
 管理人は目を丸くして驚いている。それはそうだろう。何年も姿の見えなかった男が、いなくなる前と変わらぬ調子で突然現れたのだ。
「昨夜です! サンタのソリに乗ってね! 少し寒かったですが、なかなか快適でしたよ!」
「御手洗!」
 同じ与太を繰り返す御手洗を私はたしなめたが、その程度で彼の勢いは止められない。
「先ほどの石岡君の悲鳴でしたら、何のことはありません。冬の寒さに暖をとりにきたゴキブリとばったり出会って、大げさに騒いだだけです」
 ゴキブリ……ああ、確かにそうかもしれない。神出鬼没で、しぶとく打たれ強いこの男を称するには、これほど適切な表現はないだろう。
「ご心配なく! 彼の悲鳴に驚いて、ゴキブリはさっさと外へ逃げていきましたよ。どうやら石岡君の悲鳴よりも寒い外のほうが心地よいと思ったらしい。なに、奴らは空中も二ミリの隙間も自由自在ですからね。今頃はきっと残飯が豊富で、対面しても眉一つ動かさない冷静な主婦のいるご家庭に狙いを定めていることでしょう」
 誰もゴキブリの心配なんぞしてはいない。それとも、同病相憐れむ気分でいるのだろうか。
「お騒がせしましたね! 暮れも押し迫って、あなたもさぞかしお忙しいことでしょう。どうぞご自分の仕事にお戻りください。そして僕たちも忙しい。名残惜しいが、これで失礼しますよ。ではごきげんよう!」
 御手洗は大声でまくし立てると、驚いて何も言えずにいる管理人を廊下に残したまま扉を閉めてしまった。そして、鍵をしっかり掛ける。
「さて石岡君」
 彼は振り向きざまにそう言うと、私の肩に手を置いた。
「ここから先は、来客を迎えるなどということはしないでくれたまえ。せっかくの君との時間を無粋な客に邪魔されたくはない」
 何の予告もなく帰ってきたくせに、勝手なことを言う。
「僕の都合も考えろよ」
「おや、里美とかいう子とのデートは、キャンセルになったんじゃなかったかな?」
 そう言えばそうだった。
 私は昨夜の電話を思い出す。
 里美が突然あんな事を言い出したのは、こうなることを予測してのことだったのだろうか。しかしなぜあの電話の内容で、御手洗が帰ってくることがわかったのだろう。いや、それより。
「何で君がそんなこと知ってるんだ?」
 私が上目遣いに聞くと、御手洗は、
「サンタが教えてくれたのさ」
 とにやりと笑った。
「そんなことより、僕にプレゼントがあるんだろう? 君がそれをくれないかぎり、サンタクロースの仕事は終わったことにはならないぜ」
 催促するように言われて、私は嘆息した。そして、昨夜からすっかり放ったらかしにしていたプレゼントの所在を確かめる。緑の包みは、ちゃんとテーブルの上に置いてあった。
 私は包みを手に取って戻ると、少し距離を置いて彼の前に立つ。
 改めて面と向かうと、なんだか照れ臭い。
「……メリークリスマス」
 おずおずと箱を差し出した。
「ありがとう、石岡君」
 御手洗は大事そうにそれを受け取る。
 彼はしばらく箱を眺めていたが、ふと私に窺うような視線を送ってきた。
「……僕に、何か言いたいことはないかい?」
 再び催促するように言われ、私は苦笑する。
 ひとつ、深呼吸をして。
「おかえり、御手洗」
 私は笑顔で、そう言ってやった。
「ただいま、石岡君」
 御手洗は私の身体を引き寄せ、柔らかく抱き締めた。


 結局御手洗は、その後一週間を馬車道で過ごし、年が明けるとすぐに、再び北欧へと旅立っていった。
 御手洗の無精とわがままぶりは相変わらずで、私は年末の慌ただしい時期を、彼の世話に忙殺されることとなった。おかげで年明け早々、大掃除である。
 台風一過後の御手洗の部屋を掃除していると、ベッドの下に潜り込ませた掃除機が何かを吸い込み、奇妙な音を立てた。引き寄せると、なにやら赤い物がずるずると出てくる。それは紛れもない、サンタクロースの衣装であった。
 ああ、そうか。
 鈍い私は、ようやくそのことに思い至った。
 そういうことか。
 なるほど、プレゼントのことも、里美との予定がキャンセルになったことも、知っているはずだ。
 彼はずっと見ていたのだから。
 私は呆れるより先に笑ってしまった。
 このサンタの衣装は、とても間に合わせで用意したとは思えない。でっぷりと作り上げた身体にあれほどフィットしていたのだから、おそらくその為にあつらえたのだろう。
 まったくあの男は。たかが私を驚かすために、どうしてこんなに一生懸命になるのだ。
 私はひとしきり笑った後、その衣装を広げてみた。すると、ひらりと一枚の紙切れが床に舞い落ちる。
「なんだ、これ?」
 拾い上げてみると、そこには覚えのある文字が並んでいた。

『サンタクロースからのプレゼントは気に入ったかい?
来年のクリスマスには君がこの衣装を着てトナカイのソリに乗って来てくれることを望んでいるよ』


 彼の文字を読みながら、私は思案する。
 御手洗は本当に、それを望んでいるのだろうか。私にそんなことができると思っているのだろうか。
 残念ながら、羞恥の欠如した御手洗とは違い、私にそんなことをする勇気などない。
 しかし、もし。
 もしも私がこの衣装を着て、本当に彼の前に現れたら。
 ……驚くだろうな。
 私はその時に思いを馳せ、ほくそ笑んだ。
 次のクリスマスまでの私の日々は、その勇気を蓄えるために費やされてしまいそうだ。
※作中の英語は適当です(笑)
(2000/12/29)
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