仰向けた真田の、額の生え際からシャワーをかけていると時折眉毛がぴくりと動く。白磁の洗面台に色の淡い髪が踊った。梳くようにして髪に湯を当てていると、くすぐったい、と真田の口から洩れた。伊達は口元だけで笑い、後頭部にシャワーを当ててやる。後ろの一部分だけが長い真田の髪が指先に絡んだ。シャワーを止め、シャンプーを手に取る。生え際から頭頂部のほうへ揉みこむように洗ってゆく。指の腹でこめかみを擦ってやりながら、冗談交じりにかゆいところは?と訊くと、目をつぶったままの真田もふふっと笑った。胸から腹のあたりに置いた右腕が、包帯で固められて不器用に動く。
高校三年生の夏である。すでに伊達も真田も部活を引退していた。追い立てるように背後に迫ってくる受験という言葉に急かされながらも、高校最後の夏は表向き穏やかに流れている。夏期講習を終えた八月終盤のある日、突然真田が伊達の家を訪れた。右手に包帯を巻いて首から吊っている。利き手である。なにごとかと問う伊達に、後輩にやられましてなと真田は苦笑いをした。
いや、あれは俺の捌き方が悪かったので。白い泡で頭皮を擦ってやっていると、ぼそぼそと真田が口を動かす。ただの打ち身だから心配するなと言っておるのに、このように大袈裟にして。てのひらから手首までぐるぐると頑丈に包帯の巻かれた右手は、もう指先しか動かない。すぐ治るんだろ?一週間もすれば腫れも引きましょう。
泡を流し、タオルで髪を包んでやって、その肩を叩く。腹の底から息を吐き出して起き上がった真田は、首を左右に振っては骨を鳴らした。悪いな、痛むか。いや、さほど。手早く水気を拭き取って髪を乾かす。Tシャツに、伸びた一房が落ちて染みを作った。いつもは結わえられているそれがばらりと背中に広がる。ふとその光景が胸に迫った。既視感とはなにか違う、奇妙な感覚である。ぐいぐいとその髪を引っ張っていると、どうしましたと問うてくる。さあ、なんだろうなと返してその首に腕を回した。
こんな関係になったのは春先からであったと伊達は認識している。真田のデニムを引き下ろし、下着の上から陰茎をさすりながら、伊達もまたボトムを脱ぎ捨てた。真田の右手が一瞬、伊達の肩に触れようとしたが、だとしてもなにもできないことに気づいて大人しくベッドのシーツに落ちた。早くも切羽詰まった表情を見せ始めた真田を見下ろしながら伊達はしたくちびるを忙しく舐める。左手は使えねえのか。意地悪く囁くが真田は荒く息を吐くのみである。
故に初めて体を合わせてからまだ数か月しか経っていない。その間に猿のように盛っていたというふうでもないのに、伊達の体はあっさりと真田に馴染んだ。初めてのときから、それは顕著であった。真田の指は的確に伊達の肌を捉えて、伊達はそれに溺れるほかなかった。結局、後ろに真田を受け入れながら伊達はあられもなく声を上げて幾度も達した。……体の相性がいいというだけで済ませられるものではないと、伊達は思う。しかしてそれ以前に真田と触れ合ったことも、まして同性と同衾した覚えも伊達にはないのだ。説明がつかない。それは、真田とともにあるときに感じる、あの泣きたくなるような感覚と関係はあるのだろうか。伊達の思考はいつもそこでつまづく。そこからどうしても先には進まない。頭の中にすっと黒いカーテンを引かれたように視界が狭まる。……真田の舌が汗に滲んだTシャツの上から伊達の胸乳に触れた。
思わず、右手にある真田の陰茎を強く握りこむ。くうと真田の喉が鳴る。伊達の右手が体液で濡れはじめた。堪らず、伊達も下着を脱ぎ腰を寄せた。擦り合わせた陰茎が、だくだくと体液をこぼすのを眼下におさめて、何度もくちびるを湿らせる。左手をシーツについて身をかがめた。くちびるは真田の鼻先をかすめる。包帯の巻かれた右手が伊達の首に回された。ひたすらにくちびるを舐めあいながら、お互いの腹に精液を撒いた。ぶるぶると背中が震えるのを止められない。……真田と肌を合わせるのは久しぶりであった。時間をあけず再び勃起しはじめる己の陰茎を見下ろしながら、伊達はくちびるを歪める。恐ろしいと思う。
思考の低下の原因は判っている。それは伊達の意思である。真田の指が後ろに回る。動き慣れない左の指は、伊達の中をさんざ荒らしまわって卑猥な音をたてた。それまではかろうじて上半身を起き上がらせていたのに、とうとう伊達は両腕を真田の首に回してしまう。合わせた胸は早鐘を打った。息を荒らして、その先を乞うように腰を揺らせた。……右手が、使えませぬゆえ。ひどく近い距離でそう告げられる。真田の、眉根の寄ったその表情に煽られる。ゆっくりと半身を起こし、腰を支えておけと指示した。右手の指で孔を広げ、真田の、充実して震える陰茎を押しあてる。内部を擦りあげながら挿入される、その感覚が伊達の胸を喰い荒らした。既に末端は制御の範囲から外れている。己のくちびるから卑猥な声が漏れるのも止められぬ。馴染むのも待たず腰を動かす。眼下に切なそうに顔を歪める真田の顔を見下ろし、ひどく充実した思いになる。恐ろしい。身の内に彼の肉をくわえこんで、なにもかもが満たされた思いになってしまう自分は、この男が離れてゆくときどうなってしまうのだろうと思う。
そういうとき、いつも声がする。まだ大丈夫、大丈夫だと繰り返す声はいつの間にか真田の声に重なって、伊達は再び陰茎から体液を吐きだした。体を丸めて快感に喘ぐなか、真田もまた伊達の中に幾度か擦りつけて遂情する。
呼吸が落ち着き、体が分離する頃には西陽がきつく窓から射しこむようになっていた。汗まみれの肌から、ざあっと波が引くように熱が失われてゆく。体液まみれのシーツの上に転がって疲労にまどろんでいると、真田の鼻先が髪に擦り寄せられる。同じにおいがいたしますな。甘ったるい声でそう言われて、いたたまれない気持ちになる。逃げ出そうとするが包帯の右手が体に回ってもう動けなかった。
晩夏(090606)