なにやらがさがさと騒々しいので障子を開けてみると、従弟が庭に落ち葉の小山を作っている。火鉢や温石ではちっとも温まらない、だから大きい火でも焚いてやるのだと、そう言ってケケケと笑う。屋敷中から集めたのか、従弟の袴の裾は土ほこりと小さな枯枝、落ち葉で汚れている。伊達は部屋の中から、それまで腹に抱きこむようにしていた小さな火鉢を取りに行ってやる。草履がしんと冷たい。熾きになっている炭を一つ二つ投げこんでやると、見る間にぱちぱちと爆ぜ始めた。
やがて大きな火になりはじめたのを見届けて伊達は濡れ縁へと戻る。柱に背をもたれさせて、胡坐をかいた足の間に火鉢を置いた。肩にかけた綿入れをかきよせ、赤い火が舐めるように小山に広がっていくのを見ている。おい、火種には気をつけろよ、この間も小火があったばっかりだ。判った判ったと従弟がこちらを見もせずに手を振る。しゃがみこんで一心不乱に焚火を枝でつつくさまは少し常軌を逸している。従弟の目に映る赤い炎を思う。
ふと思い浮かぶ影がある。もう既に失われた火である。……政宗殿。うなじのあたりにかかる息を思う。焦げ茶の小袖の腕が、後ろから伊達の胸に回る。いつのまにかすっかり抱きこまれている。がりりと首の骨の凹凸を噛まれたかと思うと、熱い舌がそのあたりを這いまわる。それ以上は触れてこない後ろの男をそのままにして、伊達は顔を赤くしている従弟に声をかけた。おう、お前はあいつと仕合ったことがあったか。
一回だけだ、と従弟が応じた。火の粉が散っている。さほど大きなものではないのにそれがひどく眩しく感じる。ちろちろと赤く燃えて、軽くなったそれは空に昇り、やがて人の目には見えなくなる。おそらく人のたましいとはそういうものなのだ。かばねの転がるいくさ場などは、火の粉にけぶって前も見えぬほどであろう。……あれはおおよそただびとではないな。ぽつりと従弟が呟いた。その様子がいかにも亡霊にとりつかれたようなので伊達は笑ってしまう。背中に重く覆いかぶさる影を思う。従弟はそう呟いたかと思うと一層暗い目を伊達に寄越す。伊達がにやにやと笑っているのを見て一つため息、また焚火をつつきはじめる。黒い煙が高く高く昇った。後ろの男に背をもたれさせながら、伊達はずっとその行く先を見つめる。黒いような、赤いような煙である。風向きが変わったかそのにおいが伊達の鼻をつく。ものの焼けるにおいである。それは不意に伊達の沼の底からある記憶を引き出してきて、目の先に突きつけてくる。かの炎槍が伊達の足を貫いたあの瞬間、伊達の繰り出した雷刃が薙ぎ払ったあのかたまり。赤いような黒いような飛沫。
……気がすんだら相手をしろよ、ちょっと腕がなまっててなあ。そうぼんやりと呟くと、従弟はこちらを見もせずに否と言う。どうしてもというのならその殺気をどうにかしろと言う。見ろ、さっきまであそこにとまってた雀がすっかりいなくなっちまった。雀!伊達は膝を叩いて従弟を笑った。そうすると、後ろから腕がぐっと回ってきて伊達の体を羽交い絞めにしてしまう。伊達はその腕に爪を立ててやりながら、こめかみのあたりを後ろの男の頬に擦りつけた。たわいないじゃれあいが続く。気づくと庭のたき火はもうすっかり終わってしまっていて、従弟の姿はどこにもない。黒い焚火のあとが目の中にいやに残った。そう思うと、どうにも体の芯が冷える。股の間の火鉢はもうすっかり白くなってしまっている。伊達の体の前に回っている、その小袖の腕に目をやり、伊達は重い重い息を吐く。俺は狂っているのだろうと思う。目に映る小袖の腕はどう見ても骨でしかない。しかし肌はあの男を覚えている。腕はあの男の首を薙いだ感触を、耳は骨の断つ音を、目は飛沫上がった体液を。白い骨がある目的を持って伊達の体を這いずりはじめた。骨ではもう槍も持てぬと言うのか、それとももうその槍に炎はともらぬか。……いえ、其れがしはもう政宗殿の後ろを離れられぬゆえ。
後ろからまさぐられながら、腰を少し揺すった。首筋に熱い息がかかった気がして、ひどく乱れた。
もう遅い(090120)