...今年は誠にお世話になりました



お歳暮にござると玄関先で言って寄越したそのおとこは俺がドアを閉めようとするより先に靴をその隙間にねじ込んできてお歳暮にござるともう一度さっきよりもでかい声で言うもんだから俺は死ねと叫んだ。その隙間からびゅうびゅうと風が入り込んできて俺の我慢が割と限界。サンダルでおとこの靴をぎゅうぎゅう踏みながらドアを閉めようとするけれどもこいつしつこい本当にしつこい。お歳暮にござる!死ね!おとこの額にはクロネコヤマトの伝票が貼られているし右頬にはナマモノのシールが貼られているし左頬には天地無用のシールが貼られている。天地無用はいらねえよむしろ天地さかさまにしとけよと俺は思いながらサンダルの足に力を込めるけれどお歳暮にござると繰り返すおとこは怯むことを知らないしそろそろ寒さで手が死にそうだしなにもかもなかったことにして部屋の中に戻ってラーメン食べたい。ラーメン!そうだもう四分はとっくに経っているはずでつまりこの部屋に唯一としてあった食料であるところのカップラーメンの容器の中で俺の腹におさまるはずだったところの麺が伸びきってしまっているに違いない。俺の魚介豚骨。俺の極太ノンフライ麺。俺の後入れ液体スープの素。次の瞬間俺はドアノブを握っていた手をはなして勢い余ってよろけたおとこはしてやったりと笑顔を見せやがったがドアが全開になっておとこのどてっぱらが見えたそのときサンダルの足先をその鳩尾にねじ込んでやった。スローモーション。おとこは見事に玄関の外に倒れこんで俺の頭の中で穴子さんの声のひとがしょーーーうりぃいいいいいいいいと喝采を上げている。待っててね俺の魚介豚骨。俺の極太ノンフライ麺。素早くドアを閉め首をすくめながらリビングに戻るとテーブルの上にほかほかのカップラーメンが待っていて俺の口角が上がる。座布団の上に座り割り箸を歯で割ってカップラーメンの蓋を剥ぐ。麺をほぐし後入れの粉末スープを投入投入投入。あとは後入れ液体スープを入れるだけでこの空腹がおさまるのだと思うと口の中にジュワッと唾液が溢れてきて止まらない。ピンポーン。うるせえ。ピンポンピンポンピンポーン。うるせえ!と叫んで俺は箸を置くがそこに液体スープのパッケージがない。どういうことだと思い返す俺の頭にそういえば最初にドアベルと鳴ったとき俺はそのパッケージを持っていたのではなかったか。ピンポン!俺はそれを持ったままあのお歳暮にござると叫ぶキチ●イの応対に出てしまったのだピンポンピンポンピンポン!うるせえ!足音荒く玄関に舞い戻るとおとこが外でお歳暮と液体スープの素でござると叫んでいる。死ね。どのみちもう麺は伸びきっているしこのドアを開けないと液体スープの素は取り返せないし部屋の中に食料はナッシングだからもうどうしようもない。コケツニハイラズンバコジヲエズだと思いながらドアを開けると玄関先でドアに額をぶつけたのだろう男がのびていて傍らに液体スープの素が転がっている。俺は再びサンダルの先でおとこの金的を狙いつつすばやくそのパッケージを拾いあげた。ピンポン!うめき声を上げておとこはからだを丸くさせているがむしろ俺のこの空腹にこそ同情して欲しい。さっさと居間に戻ってスープの素を投入投入投入。伸びきった麺はそれでもこの寒い俺の腹を満たしてくれて涙が出てきそう。それからしばらく部屋の中はピンポンピンポンうるさかったがヘッドフォン完備の俺には関係ないし。そうやって日が暮れてそろそろ除夜の鐘が鳴りだすころにダチから連絡が入ったので初詣にでも出かけることにする。独身おとこ三人。いっそ殺してくれ。ジャケットを着込みマフラーをぐるぐる巻きにして玄関ドアを開けるともうそこにはおとこの姿はなくしんとしている。だがドアの脇にほかほかと湯気のたつ年越しそばが置かれていてあのナマモノと書かれたシールと天地無用のシールとクロネコヤマトの伝票がどんぶりに貼られている。確かにナマモノだし天地無用だしだけどお歳暮に年越しそばってどうなんだと思いながら俺はそのどんぶりを玄関の上がり框のところに置いて初詣。




...今年もよろしくお願いします




 暦の関係で今年は年末年始の休みが少ない。二日の夜に家を出、夜行バスで下宿先に戻った。相変わらず寒い。バスの停まったターミナル駅は早朝だというのにごった返している。駅構内に何枚も貼られた広告で、初売りかと考えた。縁のない世界である。ダウンジャケットの首元をしめる。土産物を入れた紙袋がいつのまにか汚れていて、少しげんなりした気持ちになった。乗客の少ない普通電車に乗り込み、東の空が橙色から白を経て藍色になってゆくのを眺める。
 アパートの階段に足をかけ、三階まで昇る。ポケットから鍵を取り出しながら廊下を進んでいると、階段から三つ目の部屋のドアの前にひとが蹲っている。真田の部屋の前である。びっくりして目を瞬かせると、彼の目も真田を向いた。黒い前髪の向こうの鋭い目である。睨みつけるような強さであったので、真田はぐっと顎を引いてなにをしておられるかと男に呼び掛けた。
 アンタ、ここのひとだな。廊下に座り込んだまま、左手がコンコンと扉を叩いた。問いかけるでもなく、真田がこの部屋の住人だと判っているようなくちぶりである。前髪から覗く左目が舐めるように真田の頭から足の先までを上下する。そうして、ふうんと鼻を鳴らせた。……ここでなにをしておられるか。おとこの言を無視してもう一度繰り返すが、おとこは目を瞬かせて、早く鍵開けろよと言ってくる。
 元旦から待ってたんだぜ、寒いったらありゃしねえ、アンタは知らねえだろうけど雪もちらついてたし。……何用で。座り込んでいた尻を払い、真田と同じぐらいの目線になる。幾分かおとこのほうが背が高い。それがますます気にいらない。真田はぐっと眉を寄せて、もう一度何用で、と尋ねた。その一方でおとこはキョトンとした顔で真田を見つめ返してくる。お年玉だよ。は? だから、お年玉。
 フッとおとこは笑って、お年玉と三度繰り返した。お年玉貰うような歳でもねえように思うけどなあ? そうして、また頭から足の先までを左目が上下する。真田の眉が更に寄る前に、おとこの手が真田の右手をさらっていった。あっと声を上げて反応したときにはもう遅い。真田の手から鍵はとうに奪われてしまって、ドアノブにうすい金属のかけらが差し込まれてしまったところであった。ごちゃごちゃごちゃごちゃ言わねえでさっさと開けろよ寒いんだよ。乱暴にドアを開けて玄関に足を踏み入れる。真田は慌てておとこの後を追った。脱ぎ散らかしたブーツが狭い土間に散らばる。どたどたと廊下を踏み、リビングに入り込んだおとこの腕をとった。不法侵入でござろう、警察に電話いたすが。言いながら、ポケットから携帯電話を取り出す。おとこはじろりとその携帯電話と真田の渋面を眺めて、別にいいけど、と呟いた。てのひらの中で鍵がチャリチャリと鳴る。別に警察呼ぶのはいいけど、恥かくのはそっちだぜ。
 悪びれた様子もなくそう言ってのけるので、毒気が抜かれてしまう。寒いからエアコン入れろよとぶつくさ言うのを右手で掴まえたまま、リモコンをとって電源を入れた。室外機がブゥンと唸りを上げる。なまあたたかな風が吹き出し始める。荷物を肩からおろし、そのままおとこを玄関に引っ張っていった。空調の届かない玄関のあたりはまだしんと冷える。
 ここ寒いつってんだろうが。いらいらと腕を組むおとこを眺めながら、お年玉とは、と問い返した。は? 先程ご自分でお年玉と仰られましたな、仰る通りもうそのようなものを頂くような歳でもござらぬ故、仔細を説明していただきたい。おとこはそっと肩をすくめて真田を見つめ返してくる。物騒な左目はもう険を含んでいない。そうして、ズボンの後ろポケットからぽち袋を取り出して真田に寄越してくる。白い、なんの変哲もない袋の中にはしかしなにも入ってはいなかった。パカリと開いた口を見下ろして目を瞬かせていると、引っかかったなとおとこの笑う声がする。ハッとして目を上げたときにはもう遅かった。首に細い紐のようなものが絡まって引っ張られる。ぐっと引き絞られ、喉奥が開いた。げえっと声が漏れる。喉に手をやる。そこを絞める手は緩むことがない。視界にぶつぶつと赤い点が明滅する。もう、と思ったときであった。急にそこが楽になった。
 思わず床に膝を叩きつけた。勢いよく肺に入ってきた空気で肺胞がぶつぶつと潰れる。しばらく、ひゅうひゅうと喉を鳴らせていた。薄暗い玄関にはまだエアコンのあたたかい空気は届かない。しんと冷えたそこにいるのは真田ひとりである。脱ぎ散らかされたブーツもない。玄関を開け閉てした音もなかったはずである。唖然として魚眼レンズからさしこむ光を眺めていると、首元でじゃらりという音がする。
 首に細い紐がかけられている。先程自分の首を絞めていたのはこれであったかと思う。古銭が六つ、その穴に紐を通して束ねられている。目を瞬かせる。ああ、お年玉……。そう呟いて、真田はあの男の左目の、縦に長いような黒目の様子を思い出している。

今年は誠にお世話になりました/今年もよろしくお願いします(120109)