手前からサラリーマンと中学生が三人一つおきのケージに入ってボールを弾き返している。金属バットはそのたびに耳をつんざくような高い音をさせたり鈍い音をさせている。田島がいるのは一番奥のケージである。打球音はしない。その代わりボールがミットにおさまるときの、バシィッという小気味いい音がする。花井はケージの向かいの通路に荷物を置いて、その上に腰掛けた。田島のかたわらに脱ぎ捨てた学ランに皴がよっている。シャツは丸い背に沿ってゆるく伸ばされて背筋をあらわにした。
いつからここで?最初の日から。田島はよどみなく答える。正面に向かって吐き出された言葉は明朗な音で花井の鼓膜を震わせた。型つけねーとモモカンに叱られるしやりにくいだろ。だったら、とそこから先を言いよどみ花井は膝についた手に顎をのせた。もうどれくらいやってんの。部活終わってすぐ。熱心だな。俺もラーメン食いてーよ。それきり田島は黙ってしまって花井も口を閉じる。それから何球か、吐き出されたボールを捕球しては向こうに投げるを繰り返してピッチングマシーンが止まる。立ち上がってマスクを捕った田島が横に落ちている制服に手を伸ばした。軽そうな財布から小銭を取り出して機械につっこむ。花井は思わず時計を見た。十時を回っている。
まだやんのかよ。花井さー、暇なら打席立ってよ。はあ?いいから来いって、始まっちまう。
ケージの網をくぐり手持ち無沙汰に打席に立つと左肩の向こうからうなりをあげてボールが飛んでくる。田島のミットにおさまる。おッ前、手ぶらで打席に立ってどうすんだよ。マスク越しに田島の笑い声がこぼれ、花井のうなじがかっと熱くなった。したくちびるを押し出すようにして鼻から息を吐き、バットを手にとる。何回も撒きなおされたでこぼこのグリップに指の一本一本を巻きつけた。振れよ、と田島が言う。これではキャッチングの練習にならないではないかとは思うものの、バットを持った体はボールに敏感に反応した。上っ面にあたったボールは高く上がり、距離も出ないまま十数メートル先に落ちる。田島が視界の隅でごそごそと動く。それを意識外に押し出しながらピッチングマシンに集中する。配球もなにもないど真ん中百三十五キロストレートに体を鳴らすのに後五球を使って七球目にクリーンヒット。田島の肩が嬉しそうに揺れる。やべー練習になんねー。
あと一球というところで田島がミットを手で鳴らす。花井、想像しろよ、甲子園決勝九回裏ツーアウト、一点返して一対一、ランナー一三塁でお前の打順、打ったらサヨナラ。背がピンと張る。田島の言ったのを一字一句漏らさず復唱して花井はバットを握る。だがどうだ、ここは夢見る甲子園の土の上でなく片田舎のバッティングセンターで、対するは強豪校のピッチャーでもなんでもなく金属でできたピッチングマシーンである。緩みそうになる頬をきゅっと引き締めてその金属の塊を見つめる。田島の言うことは判る。この場面で大きいのは必要ない。いくらかグリップをあまして握り、肩の力を抜いた。目の前に白球。捉えて右。
お、いっつもひっぱりばっかなのに練習したな。右打ちだってできんだ俺は。マスクを外して田島は学ランを拾いあげる。大した感動もなにもない、当然という顔でいるのが腹立だしい。財布をズボンにつっこんでケージを出ようとするその背中をバットで小突いた。静まったバッティングセンターは後一時間もしないうちに閉店である。シャツの内側を流れていく汗が花井を突き動かす。
一塁にいるのがお前じゃなかったら承知しねえと言ったら当たり前だろと笑われた。目の先に散った火花のようだった。
落ちて閃光(050218)