背にのっているてのひらを鬱陶しく思う。上から下に撫でさすられてそのたびに逆流するのが、喉の少し手前でせきとめられて行き場を失いまた食道を焼いた。それがあんまり苦しいので指を喉の奥に突っ込もうとするが後ろの栄口に止められる。きたねーからやめとけ。うるせえこの苦しみがお前に判るか。カップラーメンの噛み砕かれたナルトや麺の切れ端を口から吐き出しながらそんなこと言えるわけがない。言葉を発そうと空気を押し出すとまた胃の中のものが押し迫ってくる。目の前のコンクリートが汚れる。突っ張っていた手がずりずりと下がっていってとうとうひざを折ってへたれこんでも背中にてのひらがあたったままだ。びっしょりと汗をかいたうなじを生暖かく風がなでるのが気持ち悪く、またえづいた。
 後ろに手をやって栄口の手を払うと戸惑うふうに空気が揺れる。口の中に溢れてくる唾液を貯めては吐き出していくうちスパイクが無様に汚れた。無言で立ち去ってほしいが一人にしてほしくないというのがものすごく女々しくてやっていられない。しかし少なくとももう背中をさするのは勘弁してほしい。姉に虐げられてきた俺にはそういうのが我慢ならない。
 スパイクが砂利を踏む音がしてとうとう栄口は行ってしまう。安堵と悲しみが一度にやってくる。吐瀉物の中のナルトの数を数え、ネギの数を数えているうち、鼻が麻痺してしまってもうあのいやなにおいもしない。そう思っているとまた胃が蠕動して食道がいたむ。胃液は出てこないが涙と鼻水はどんどん出てきてくちびるの端に溜まっていった。その塩辛さがまた吐き気を誘って口を開けるがもうなにも出てこない。
 こんな顔で戻れるものか。タオルの一つでも持ってこやよかったと思う。練習着でぬぐったら母親に吐いたのがばれてしまって恰好がつかない。どうやってけろりとした顔でグラウンドに引き返そうかと考えていると、そろそろ戻って来いと声がする。振り返るとぎょっとした顔の巣山が立っている。穴という穴から液体をこぼしている俺の顔にびびっている。その手にタオルが握られていて俺は、生理現象からでなく泣きたくなった。お願いだから背中をなでる代わりにと恐ろしいことを考えたが、やめた。

スパイクで蹴れ(050218)