テーブルの上に広がるここ数日の郵便物の山。山というよりないダイレクトメールのかさだかさ。そのうちから要のものだけを取り分ける煩雑さを思い溜息をつく。乱雑にたたまれた広告、そのふちの鋭さに指の腹を割く。舌打ち。エコマークを描いておきながら窓にポリエチレンを使うその無神経さ。立ち上がって窓を開く。夕暮れ。暗い雲の天蓋がおおうその切れ目に今太陽が沈もうとする。雲のはしのちりちりと焼けるような橙をうつくしいと思う。東はすでに夜の様相をしている。空の静けさと相反する地上の騒々しさ。呼び込みの声のあいだをすり抜ける子供ら、立ち上る土煙。小さな背が赤や茶や紺や緑の着物に包まれて土の上を転げまわるさまはにぎやかである。赤い傘がその最後尾を軽やかにすべっていく。
 窓をはなれる。今一度テーブルに座し山をくずす。鮮やかな白地に指紋が赤く浮かぶ。指を切ったことも忘れている自分に気づき、人差し指をまじまじと見る。親指で傷口の下を少し押さえるとじわじわと血がにじむ。絆創膏はどこにやったかと思う。腰を上げて箪笥を探るがいっこうに出てこない。溜息。かまわず郵便物を選り分ける。期待はつのるがしかし送り主は次々とそれを裏切る。
 名を呼ばれる。窓に顔を向ける。聞き間違いかと思う。今度はしっかりと名を呼ばれる。腰を上げて窓に近寄る。開け放した窓から少し冷たい風が吹き込んでくる。外着のまま、少し火照った頬にそれを気持ちいいと思う。初秋。傘が外をうろついている。ひるがえったかと思うと赤い玉が投げつけられる。りんご。ぷんとにおう甘酸っぱいかおり。指でこするまでもなく光るその光沢が眩しく目を細める。すでに日没。暗い色の傘が路地を走っていく。傘の下のチャイナ服の胸や袖に縫い付けられた模様を思う。声をかける。傘は少し速度を緩めてくるりと回ると夜闇にとけていく。りんごをさする。窓を閉める寸前に吹き込む鋭い風が頬を切る。
 ダイレクトメールの上にりんごをおき郵便物を見る。最後の一通。筆跡に見覚え。妻の名前を左端に見る。加減を問うその筆運びに自分が泣いていることに気づく。りんご。その赤さはまるで妻の水仕事をした後の指先のようであり、そのにおいは在りし日の朝食そのものである。あるいは、疲れて帰宅したあとに仏壇から失敬して歯でかじるときの酸っぱさ、安堵、妻のお帰りなさいと言う声。いつの間にか口のあたりまできていたそれが舌を刺激する。塩。りんごを切って塩水につけるその手。塩辛さとその歯ごたえ。
 りんごを切ろうと思うがこの家に包丁のないことに気づく。歯をたてるが歯槽膿漏のけがあるすっかりやわになった顎の力ではうまくかじりとれない。

秋の日(050212)