自動ドアを開けて入った先、冷たい空気に鳥肌が立つ。Tシャツから伸びる腕をさすりながら鳳はコンビニの奥に向かい、ずらりと並ぶペットボトルの中から烏龍茶をつかみ出し、その足で出入り口付近のアイスボックスに向かった。ガラスをずり上げ腕をつっこみ、カップアイスを二つ。レジで支払いを済ませてコンビニを出た。指にかかるビニル袋を揺らし、コンビニの裏路に入る。見据える先のアスファルトは陽炎に揺れ、鳳は目を細めた。閉じていた毛穴は弛緩し瞬く間に汗を噴き出した。肘の裏側に浮き出た汗をそのままTシャツになすりつけ鳳は熱い息を吐き出す。午前まで降っていた雨の所為で湿度は高く、汗は気化しようとするも蒸気圧がそれを許さなかった。ビニルを貼り付けられたような肌は重く、だるい。
 ふと歩き難いのに気づき足元を見るとスニーカの紐が両足とも解けていた。片手に荷物、しかも食べ物を持っている状態ではどうにもならず、鳳はそのまま歩き出す。緩んだ足元が心もとなく、踵がすれ始めた。目的地はもう少しである。見上げればもう屋根も見えた。ビニルの中に手を突っ込み、アイスのカップを撫でる。表面の水滴の量を見て、鳳は歩き難いながらも足を速めた。
 インタフォンを押してまもなく現れた宍戸は、夏休み前にあったときよりも少し背が伸びているように思えた。コンチハ、と言うと、宍戸はお前背が縮んだんじゃねえのと笑った。紐の解けたスニーカーは脱ぐに易い。グラスを持ってくるとキッチンへ入った宍戸の背を送り、鳳は先に階段へ向かう。その途中、挨拶をしようとリビングを覗いたが、誰もいなかった。そのまま階段を上った。
 北向き、西角の宍戸の部屋は開けると扇風機が回るのみで空調は効いていなかった。中央に置かれたテーブルの上に袋を落とす。手を濡らしながらペットボトルを取り出しているうちに、宍戸が上がってきた。氷の入ったグラスを二つ、手に、宍戸は後ろ手にドアを閉める。
「エアコン、つけるか?」
「いや、いいッス」
 濡れた手をTシャツで拭く。
「ここ、そんなに暑くないし」
「北向きなんて夏ぐらいしかいいとこねぇけどな」
 宍戸はペットボトルを開ける。勢いよく空気が抜けた。グラスに注ぐ。
「それじゃ、祝ベスト8」
 ぶつかったグラスの衝撃で氷が鳴る。
「どうも」
「つか、家来るたびになんか物買ってこなくてもいいんだって」
 言いながら宍戸はアイスに手を伸ばす。値段を見、立ち上がって椅子の背にかかっているジーンズから財布を引っ張り出した。小銭を何枚かつまみ出してテーブルの上に置く。
「いや、いっすよ」
「そこ、遠慮するところじゃないし」
 そうして宍戸はアイスの蓋を取る。僅かに柔らかくなったバニラアイスにスティックを突き刺した。鳳はテーブルの上の小銭を見つめ、その頬の辺りに宍戸の視線を感じながら、それを掴んでジーンズの尻ポケットに入れた。
 開いた窓から温い風が吹いてくる。薄いカーテンから空が覗いた。薄暗い。銀ねずの雲が流れてきていた。気温が下がった風には思えない。しかし、先より湿気を含んだ空気が雨を匂わせた。部屋に設置された扇風機がその空気をかき回した。
「アイス、溶けるよ」
 もう半分ほど食べ終えた宍戸が鳳の前の、いまだ蓋も取れていないアイスを指差す。鳳はいただきますと言ってアイスに手を伸ばす。アイスは既に柔らかく、縁の辺りは水っぽくなっていた。
「なにが欲しい?」
 スティックを銜えたまま鳳は顔を上げる。
「だから、お祝い」
「はあ」
「なんか食べに行く」
 アイスを食べ終わったのか、宍戸はスティックをカップに落とした。その手の平から腕の内側を白が一筋流れた。あ、と鳳は声を上げた。気づいた宍戸が慌ててそれに、舌を這わせた。凝視している自分に気づき、鳳は素早く顔を背ける。中途半端に立てた膝に置いた手を握り、鳳はそのままで口を開く。
「そういうの、いいんで」
「え」
「お祝いとか、いいんで」
 その、と鳳は言葉を次ぐ。
「その、なに?」
「だから」
 唐突に、雨の匂いがした。鳳は宍戸の顔の向こう、窓に目をやる。雨が降ってきている。雨と風に、カーテンが揺れた。その時、宍戸が膝を進めた。

vanilla sky(autumn, 2003)