二の腕のあたりでくっきりと分かれた、その境目を汗が三粒流れていき、ゆるやかにまがった肘のうらにそれがたまった。腕が動くたびに振動がつたわり震える水滴は、あけはなした窓から射しこむ陽にふれるたびきらりと光った。今にも滑り落ちそうな、危ういところで固定されていたそれは、宍戸が緩慢な動きで扇風機のタイマをひねると同時に肘から下へと流れ落ちた。手のひらのしわに吸いこまれた汗はじきに宍戸のジーンズにすりこまれた。
 タイマを回した手を持ち上げ扇風機の頭を固定すると、首振りにしてあったそれがガコガコと音をたてた。悲鳴のようだと思った。宍戸はチッと舌をうち、後ろに回した指でスイッチを押す。首振りを止めた扇風機はぬるい空気をかき混ぜて宍戸の前髪を揺らせた。軽く開いた口に風が吸いこまれ白く濡れた歯が乾いていく。
「あ、悪い」
 そこで初めて、鳳がいたことに気づいたようで、宍戸は首振りのスイッチをもう一度入れた。ぬるい空気が吹きつけた。
「脱げよ、暑いだろ」
 すでに何分か前にTシャツを脱ぎ捨てた宍戸の上半身は濡れて光った。胸筋の間を、首筋から落ちてきた汗が滑り落ちていき、へその辺りでとどまった。機嫌悪くゆがめられた口元から舌打ちが漏れた。暑いのは宍戸なのだ。しかし鳳はさして汗に濡れてもいないTシャツを脱いだ。
「すげぇ日焼け」
 同じようなものだと思う。中学の運動部員で日焼けをしないものなどいない。半袖から伸びた腕はみな小麦色かそれ以上に焼けた。そのくせ胸や腹などは白く抜け、プールの時間など、腕や足ばかりが黒い生徒が並ぶ様はいっそ壮観だ。パンダの群れに例えたのは体育教員だった。
「でもさー、日焼け止め塗る運動部員とかきもいな」
 うつろな目をしてそう呟いた宍戸はなにを思ったか言い終わった途端口元をゆがめて笑った。
「きもッ。想像しちまった」
 ベッドに突っ伏して笑いだした宍戸の脇腹にびっしりと汗の粒がはえていて鳳は目を見張る。体を揺するたびにそれが揺れた。今にも落ちていきそうだ。声をかけようとした矢先に汗がまぶたを流れ危うく目に入りそうになった。すんでのところで目をつぶり、睫毛ににじんだ。窓を向いた鳳のまぶたが赤く染まる。視界の右上に赤い斑点があり、その圧倒的な存在感に息をのんだ。目を開けたそこには緑色の斑点がちらつき、宍戸に焦点を合わせれば、その左目のあたりに緑が重なり無残なものだった。
「なにやってんのよお前」
 思いのほか冷めた声がぶつけられ鳳はぼそぼそと言い返した。別に、なにも。そう言った途端熱が押し迫ってきた。後ろに手をついている鳳を四つんばいで横切った宍戸の首筋に汗の粒が揺れている。息が触れただけで落ちていきそうなそれに鳳は息をつめた。熱のかたまりは鳳の向こうから、コップの中の氷をつかみ出すと一つをほおばり、一つを鳳の腹に押しつけた。にわかにやってきた衝撃に鳳は悲鳴をあげ、頬を膨らませた宍戸が声をあげて笑った。背筋を叩き割られるような、恐ろしい気持ちになった。

しかばねの恋(050716)