予定を最大限にすりあわされた忘年会だったが、それでも出席できないものは三分の一にのぼった。座敷を見渡しても、虫食いのようにぼつりぼつりと黒い穴ができているような錯覚に見舞われる。どんちゃん騒ぎの喧騒はいつだって真田の耳には遠く、彼は窓際の端の席で黙々と鍋の中身を片付けていた。隣に座ったのの、もはや呂律の回っていない愚痴に付き合ってそろそろ二十分が経つ。
 結露した窓の外ではネオンが瞬いた。雑居ビルの二階の店である。首を伸ばし下を見下ろせば、同じような忘年会一向だろう一団が歩道をよたよたと歩いていく。みな一様にコートの前を閉め、髪は風にあおられた。先日から低気圧が列島全体を被っているせいで気温は日中でも低く這いずったままだ。天気図に引かれた等高線の多さはそのまま風の強さを連想させた。波は高く、沖に出る船も少なくなっているだろう。
 隣に座っていたのが重い腰を上げてビールのピッチャーを持ち上げた。そのままふらふらと空いている席に崩れ落ちる。そのひょうしに、ピッチャーの中身があらかたこぼれてしまう。慌てて放りこまれたおしぼりは水分を吸い込むには適切でなかった。色濃い染みが畳と、座布団に点々とした。
 アホ、なにやっとんのよお前。ヤジが飛んだが、にへらにへらと笑うばかりで状況を把握していない。残り少なくなったピッチャーからじかに一気飲みを試みた。ジョッキ一杯分にしかならないだろうビールはまたたく間に胃袋に消えた。喝采が弾けた。
 おしぼりを持ってきてくれた店員が、鍋の中身を確かめている。ほとんど野菜くずだけになったのを見ると、こちらお下げしてもいいでしょうかと訊いてきた。雑炊を作るのだと言う。真田が箸を持った手を軽くあげると、今風に髪を染めた女性店員はパッと頬を赤らめた。新たに真田の右隣に座り込んだ同期が、耳元で酒臭い息を吹きかけてくる。相変わらず女泣かせだよね甚ちゃん。片眉を上げると弾けるような笑い声が背後から起こった。いつの間にか真田の左後方に陣取った坂崎が、ごろりと横になって真田を見上げてくる。
 早く嫁さん貰えよ。坂崎は、暗い目で、それだけを言うと真田に背を向けて寝息を立て始めた。真田は持っていた箸を置き、後ろに丸められたコートを広げた。やがてやってきた雑炊の湯気が、真田の視界をけぶらせた。
 外に出るといよいよ風の強さが沁みた。真田はコートの前をかきあわせ、早足に、二次会会場へと向かう。すでにほとんどが到着しているだろう。幹事の仕事を手伝っていたら遅くなってしまった。後ろからの足音が重い。肩を貸された坂崎である。眠気は覚めたが酒は抜けていないのか、足元はおぼつかなかった。代わろうかと申し出たが、坂崎が首を振った。もう大丈夫だから。肩をはずして自分で歩こうとする。勢いで真田を追い越した。
 髪、染め直したのか。真田はようやく、坂崎に今日初めて口をきいた。振り返って坂崎はなにかを言いかけたが、結局口を閉じ真田の横に並んだ。マフラーをぐるぐると巻いた首が縮こまっているのを、真田はおかしく思った。

えげつなく息が白い(060102)