ああ、あれはいけません。本当に、気が狂いそうだった。自分の目がこまかいのを、そのときほど恨んだことはありませんでした。普通なら気のつかないことでしょうが、俺はそういうのが見えてしまう性質なんです。あれほど焼きついてしまったのは久しぶりだ。これであとちょっとはうなされそうです。
 眼鏡はしていますが、こういうのは視力とは関係ないんじゃないですか。むしろ脳みそのほうじゃないですか。そう、俺の高校の制服は学ランに、女子はセーラー服だったんです。いっちょうまえに好きなおんなのこもいたんですが、俺は面食いで、目をつけたときには大抵は手がついているのばっかりでした。例えばの話ですよ。好きなこのセーラー服のスカーフの結び目が、朝と放課後で違っていたらどんなことを想像しますか。その日は体育の授業はありません。セーラー服のスカーフなんて普通に授業を受けていたらほどけようもないでしょう。ええ、しかもね、その結び目が明らかに同一人物が結んだものではないとしたらどうでしょうよ。泣きたくなるでしょう。
 実は坂崎さんと会ったのは競技会の時期が最初ではないんです。俺の先輩にあの人と同じ職場で働いていたという人がいるんですが、そのつながりで競技会の少し前に会ったことがありました。坂崎さんがちょうどこっちに来る用事があるというので、そのときに飲む機会を設けたのだと思います。坂崎さんの後輩にも俺と同じようにトッキューに志願しているやつがいるというので。ええ、兵悟君のことです。俺も同席させてもらって、二軒ぐらいまわったと思います。酒に酔うと少し饒舌になるきらいのある人で、いろんなことを喋っていました。トッキュー絡みで、真田さんの話も出たと思います。傷のことですか。ええ、腰を痛めたからトッキューは諦めたという話は聞きました。椎間板は治りませんから、つらかっただろうとは思いますよ。なんでそんな怪我をしたかは話にはのぼりませんでしたが、相当無茶をしたんでしょう。詳しいいきさつを聞いていませんから、どうとも言えませんけどね。
 こっちは潜水研修のときの同期だということしか聞いてませんから、あんなに親しいとは思わなかった。競技会の最中にも、あのオレンジの隣に当たり前というふうにウェットスーツを着ているのがいるでしょう。久しぶりに会うから話し込んでいるのかと思いきや、陸に上がったときもずっと一緒にいるものだから、気が気でなかったです。もういっそデキてるのだと告げられたほうがよっぽどマシだと思いました。いや、それでもしこりは残るんです。だって薬指の指輪はずっと俺の目に焼きついたままだ。
 もうどっちに恋焦がれているのか判りません。ああ、恋焦がれていると言ったらいいのか、坂崎さんはほとんど憎たらしくてたまらない。あんな指輪をしているのに。そう思うと真田さんも真田さんだ。あの人の坂崎さんを見る目ったら、ほとんど気が狂ってるとしか言いようがない。あんな目で見られたらどんなおんなのこでもついていくでしょうに、坂崎さんときたら軽く受け流すだけでほとんどとりあおうとしない。年月が坂崎さんをそういうふうにさせたというのなら、どれだけの時間がかかったのだと思います。しかも現在進行だ。まったくやりきれない。だって、あのあと、二人で飲み直しに行くと言って出て行った坂崎さんの薬指には指輪はありませんでした。ええ、この目に誓って請合います。

白眼に罪無し(060103)