Buon Compleanno

出会って何回目かの誕生日だった。
まともに顔を合わせて祝うのは初めてで。

少しだけデートの真似事をした。
二人で特に目的も決めず、ショッピングモールをふらついて。
スーツ以外の服を買ったのもどれ位振りだろう。
僕も骸も初夏らしいカジュアルなスタイルに着替えてカフェに入ると、骸はらしくもチョコレートパフェを注文した。
美味しいです、と笑顔でスプーンを運ぶ姿に可愛い、などと思ってしまう。
一口貰った濃厚なチョコレートアイスは意外と自分の好みにも合った。

僕は珈琲を飲みながら、骸に今日が誕生日であることを匂わせても余り反応が薄いことに腹が立った。
だから。
カフェの中だけど気にせずキスをしてやった。
唇が触れそうな距離で、おめでとうと言ってやった。
生まれてきてくれてありがとう、とも言った。





するり。
綺麗なオッドアイから
涙が零れた。
それは酷く僕を満たした。





それから。
前もって予約しておいたホテルに雪崩れ込んだ。
本当は一番のスイートを取りたかったのに、先約があった。
いっそ無理矢理にでもと思ったけれど、それをしたからといって骸が喜ぶでなし。
洋室でありながら自慢の檜風呂があるスイートで我慢してやった。

あとは済崩し。
手で押さえれば手首まで埋もれそうな極上の絨毯を甚く気に入ったらしい骸を其処に押し倒した。
ベッドは其処だ、などと言う口は勿論塞いでやる。
呼吸も奪うようなキスで。

体中の力が抜けたのを見計らって、僕はやっと唇を解放した。
ふかふかの絨毯に髪が広がってるのを僕は満足気に見下ろす。
「……綺麗。」
「ん…、ぁ…恭弥君…」
これから訪れる快楽に目元を赤く染め、期待に胸を打ち震わせる骸。
その先へと進む前に僕はどうしても言いたいことがあった。
落ち広がる髪を掬って口付けを落として。
「……Buon Compleanno.」
今度は彼の母国語で。
すると見る間に赤くなって、僕を見上げたまま硬直した。
先ほどの日本語での祝辞よりもきっと正しく伝わったのだろう。
「おめでとう、はさっきも言ったけど。やっぱり君の国の言葉じゃないとね。」
「……Grazie…恭弥君…」
骸は礼を述べて、ぎゅっと抱き寄せられた。
それに応じると小さく震えていた。

「……Grazie per essere nato.」(生まれてきてくれてありがとう)

これもちゃんと彼の母国語で。
「…Si…」
骸の嗚咽が僕の耳にダイレクトに伝わる。
「……君に会えて、本当によかった。そうじゃないと僕はきっと……もう死んでる。」
「そんなに…早死にしたら、草壁君が困ってしまうじゃないですか…」

周りを気遣うような骸の言葉に小さく笑う。
僕も人の事を言えた義理ではないが、自分以外如何でも良かったのだ。
ある一時期まで。

しがみ付いて来る背中を強く抱き返して。
僕にしては珍しく饒舌に自分のことを語り始めた。
「僕は命なんて惜しくなかったからね。強い者と戦うことこそが全てで…それだけが僕の世界を作り上げてた。きっとあのままでいればもう死んでるよ。だから初めて君と会った時もそう。強い君に凄く惹かれた。」
「でも…僕は君の前から消えてしまった。」

そう。
骸はある日を境に僕の前から消えたんだ。
10年経って、やっと巡り会えて。
真相を聞くまでは憎しみだけで追い続けていた。
「僕は 『君は僕より弱い』 と無理矢理思い込むようにして強さだけを求め続けたよ。でも…結局消えた君から味わった最初の敗北が忘れられなかった。」

こんなに素直に自分の気持ちが言葉になるとは思わなかった。
けれど、やっと真意を伝えられる。
そう思うと嬉しかった。
いつも言葉が足りない僕はきっと骸を傷付けている。

「随分と、酷い事をしたと思います。」
黒曜ランドでのことを思い出しながら骸は言葉に詰まる。
「……それが良かったんだよ。結局その敗北こそが僕をこの世に留まらせたんだから。」

あのまま。
己が井の中の蛙であることに気がつかず、ただ強さだけを求め続けていれば間違いなく20の歳は越せなかっただろう。
こんな。
人を想う気持ちも。
周りを、世界を見ることもなく。

「君が…、君が死んでいたら、僕はどうなっていたんでしょうね。あの水槽に閉じ込められた侭…かなり酷い生活をしていたと思います。」
「お互いがいないと随分と駄目で短い人生を歩んでそうだな…やっぱり君に会えてよかった。何も知らずに死ななくて良かったよ…」
「Si。…君が僕を見つけてくれて…良かったです。」


抱いてる手に力を込めて。
出会った始めから好きだったんだよ、と言葉裏に隠した僕は。
君の誕生日の筈なのに、いっぱいに満たされた心が少しでも伝われば良い。
そう想って再び唇を重ねた。




END