甘く滴るそれは極上の 3

※ +10雲雀を【雲雀】、現在雲雀を【恭弥】としています。

記憶をなくしたあの日の夕方。
しつこく足を見せろというのを振り切るのは本当に大変で。
有耶無耶な言い訳をする恭弥を訝しむ骸を何とか誤魔化し、家まで送ってもらった。
普段嘘を付かない恭弥を骸は疑いつつも信じた。


翌日。
学校を休んだ恭弥を骸は見舞いに来た。
「君が学校を休むなんてよっぽど重症なのかと思えば…良かった、元気そうで。」
「…まあね。」
足には適当に包帯が巻きつけてある。
「良かったです、それ位ですんで。」
「…ん」
歯切れの悪い返事をする恭弥を少し不思議に思いながらも、骸はベッドサイドに腰を下ろした。
「元気がありませんけど…本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だって、言ってる。」
「そうですか…」
そっと恭弥の顎を捉え、唇を寄せようとして。
「…ッ、嫌!」
拒否をされた。
いままで照れ隠しに嫌がられたことはあっても、こうもはっきりとした拒絶は一度もなかったのに。
「恭弥、君…?」
「……あ、ごめ、ん…」
酷くばつが悪そうな顔をする恭弥の頭を優しく撫でて、骸は立ち上がった。
「僕こそすみません。君の部屋でこんなことしたら怒られるに決まってますよね。」
「うん…」
そういうつもりではなかったが、骸の言葉に合わせて頷いておいた。
「じゃあまた会いにきます。早く元気になってくださいね、やはり何時もの君じゃないようだし。」
それには小さく頷いて、立ち去る骸を見送った。



また独りに戻った部屋で恭弥は溜息をつく。この部屋で骸とキスぐらいはしたことはある。
なのにどうして彼を拒絶したのか。
理由も解らないまま、ぼんやりと時間を過ごし。
夕暮れの朱い光は失せ、何時の間にか部屋は闇に埋もれていた。

こんこん。

音に恭弥は顔を上げる。
「…え?」
窓ガラスを叩く音だ。カーテンの向こうの大きな窓。しかし恭弥の部屋は二階で。
気のせいか、と窓から視線を逸らしたら、またノック音。
「開けてよ。ねえ、其処にいるんだろ?」
息を、呑んだ。
知らない声のはずだ。なのに酷く聞き覚えがあって、頭の芯がジンと痺れた。
「そん、な…知ら、ない…こんな、声、」
「開けてって言ってるでしょ、ほら。」
焦るわけでもない。小さなノックと穏やかな声は繰り返される。
震える足で窓へ近寄り、カーテンを掴んだ。
開けてはいけない。
薄くなりつつある危機感が脳内に閃く。
「早く、恭弥。」
名前を呼ばれ、戸惑いを吹き飛ばした両手が開いたカーテンのその先には。
大きな月を背中にした黒髪の男が立っていた。

途端に思い出す昨日の痴態。
夕暮れ時の路地裏で好き勝手にされ、更に。
何故今の今まで忘れていたのか。

       ッッ!あ、貴方…ッ!」
「やあ。こんばんは、恭弥。良い月だね。ここも開けなよ。」
男、雲雀が指差すのは小さな鍵。
それには頭を振って否定するのに、指は勝手に鍵を開けて、大きく窓を開け放ってしまった。



黒い髪、黒い瞳の夜を切り取ったような男はするりと部屋に入り込んだ。
「何しに、来たの。」
「君に会いに来た。」
「どうして!」
「どうって…気に入ったからに決まってる。」
「何、をふざけて…」
何とか否定の言葉を口にしても、体がカッと熱くなる。
「ふざけてなんかないよ。恭弥。」

まただ。
視線と声に絡め捕られる。
勝手に熱を上げる体に息まで苦しくなった。

「言ったでしょ?僕の牙は麻薬だって、ね。」




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