朝霧に迷いて暁を見る

深夜。
面倒な仕事を終わらせて、家路を辿る。

「幾ら沢田綱吉の依頼とは言え……今度会ったら咬み殺す。」

雲雀にそう言わしめるほど、手間がかかる仕事だった。
見事押し付けられた依頼は断る余地もなく。
十年の歳月は気の弱かった一人の人間を劇的に変化させ、控えめでありながらも断れない状況を作り上げ、押し付けた。
人の顔を見れば怯えていたあの男は何処へ行ったのやら。どうにも家庭教師のせいだけでは無さそうで。


無駄に苛々する。

特に回りがこれほど白いと。

誰かを思い出す。


『Buona sera. 雲雀恭弥。』
「…やだな、苛々しすぎて幻聴まで聞こえるよ。」
歩く足は止めず。
すい、とその指に美しい紫水晶の指輪を嵌めた。見る間に美しい紫の炎が灯る。
『クフフ、物騒ですね君は。』
「鬱陶しいから声を聞かせないでくれないかな。」
懐から匣を取り出し、指輪の炎を籠めた。
現れたトンファーは何時もにも増して強い炎を纏っている。
『……本当に酷い人ですね。』
「僕は疲れてるんだよ。これ以上助長させないでよね。」
『癒してあげましょうか?』
何処とも知れない場所から聞こえる声を振り払うため、トンファーをくるりと回して構えた。
「煩いんだけど。」
『そう言わずに…ほら。』

薄らと切れた霧の向こうに見えるのは見覚えも無い鬱蒼とした森と小さな一軒家。

「僕は寝慣れたマンションの寝慣れた枕で寝たいんだ。こんな無駄な幻覚消して。」
『こういう場所でゆっくりすれば疲れは取れると思うんですが…』
「…馬鹿らしい。」

雲雀の口元に笑みが浮かぶ。
腰を低くして構え。
一層高まった炎を纏って振り抜かれたトンファーは。
森を切り裂き、小さな家の残像を貫いて。
穏やかな笑みを浮かべた六道の姿を晒した。

「森同様鬱陶しいんだけど。」
「…君は癒しという言葉を知らないのですか?折角日本風家屋と森を見せてあげたのに。」
迷い家マヨヒガとでも言いたいの?」
「迷い込んだ者に福を与えると言うあれ、ですか。いいですね、是非君に幸せを…」
「いらない。そんなもの自分で探す。」
「本当に君という人は…」
微苦笑を浮かべ、距離を詰める六道に雲雀は遠慮なくトンファーを構えた。
「それ以上近寄ると咬み殺すよ。」
「近寄らなくてもそのつもりでしょう?君は。」
雲雀が構えているのにも拘らず、六道はその歩みを止めず。
小さく舌打ちをして面倒そうに雲雀はトンファーを下から打ち上げた。
微笑を浮かべた六道は裂かれるままに真っ二つになる。
「…は?」
「幻覚ですよ。解ってるでしょう。」
「幻覚じゃなくて殴られない君がいや。」
「……どうして好き好んで殴られてやらないといけないんですか…」
「だって君、マゾ…」
「の訳ないでしょう!失敬な!」
「…耳元で叫ばないでよね。煩いんだから、本当に。」
目の前で真っ二つに割られたはずの六道の幻影。
消え失せたと同時に、後ろから腕を回して雲雀をやんわりと拘束したのもまた六道で。

「離して。」
「嫌です。」
「そればっかり。」
「君もでしょう?」

「全く…」
ふ、と力を抜いて後ろの六道に頭を預けた。
「…あ、あの。雲雀、君?」
普段決して甘えないはずの雲雀の行動に狼狽する六道。
「解ってるよ。僕の後ろに立つ幻君。」
雲雀はそんな六道を尻目に余裕の笑みを浮かべて。
「…クフフ、流石にばれてましたか。」
「体温まで再現するつもりがあるならさっさと顔を見せに来ればいいでしょ?」

言うが早いか。
前を向いたままの体勢から肘を突き出すように後方へと攻撃する。

途端に。
消え失せる温かさとその気配。
そして残るのは立ち込める朝霧と、東の空を染める暁。


「これ以上待たせないでよね。」


小さく呟いて。
歩き慣れた家路を辿った。




END