ハロウィンの奇跡

「恭弥君!Dolcetto O Scherzetto…って!!危ないですね!」
「…チッ」
「今舌打ちしたでしょう!」




驚かせるためにノックなどぜず、思いっきり応接室のドアを開け放った途端。六道の顔を狙って何かが猛スピードで投げつけられた。
それは六道の目でも追いきれず。何とか避けてみたものの、壁には無数の穴。
見た目は弾痕によく似ていた。
「…なんです、これ。瞬間オレンジ色しか見えませんでしたよ…」
「それ、壁から掘り出してさっさと帰りなよね。」
六道は指先で突いてみるも、それは壁にめり込んだまま出てこない。
投げた物体が六道に当たらなかった事が雲雀には不満だったようだが、椅子に座りなおし、書類に目を落としたまま顔も上げずに言い放った。
「全く…なんです、人が折角楽しくハロウィンを演出して上げようと…」
「ああ、やっぱりそれで間違いないんだね。聞いたことも無い言葉だから違うのかと思ったよ。」

ゆらり。
雲雀が再び立ち上がる。
からリ、と音がして、六道が目をやれば雲雀の手の中にはドロップの缶。
蓋を指先で弾いて幾つか手の上に転がした。

「きょ、恭弥、君?」
「お菓子を寄越さなかったら悪戯するって言うんでしょ?じゃあ、さっさと受け取りなよね!」
細身だが恐るべき膂力を秘めたその腕を撓らせて。手から放たれたのは先ほどのドロップだった。
キラキラ色とりどりの光を放つ甘い甘い礫。
しかし弾丸も真っ青なスピードのそれは一粒でも食らおうものなら甘味を感じる前に天国のドアを叩けそうだ。

「ちょ…ッ?!」
全て顔を狙ってきているから何とか避けられる。だが、小さい分そのスピードはとんでもない。
雲雀は避けたと解ればまた手に転がして振り被る。
「ほら、受け止めなよ!ちゃんと口でね!」
「じょ、だんじゃ…ありません、よ!」
口で受け止めたら歯が折れるどころかそのまま延髄まで撃ち抜かれかねない。

きりが無いことを悟った六道は、皮手袋をした手を翳し。
一か八かの賭けに出た。
たかがドロップ。されど当たり所が悪ければ本気で死ねる。
未だ巡りたくは無いし、何より雲雀の側を離れたくない。

ぱしぃ、と乾いた音がして。
六道は顔を顰めた。
痛い。
かなり痛い。
「…ッ、」
「口じゃないと駄目。次、行くよ?」
「初めはそんなこと言ってなかったでしょう!」
「ふん、僕がルールだ。」
ふふ、と楽しそうに弧を描いた唇が愛らしい、なんて思う暇も無い。
幾度か攻防を繰り返す間に、雲雀の手の中の缶から何もでなくなった。
「やれやれ、やっと終わりですか。」
「まだ。」
言うが早いか、飛んできたのはドロップの空き缶。中身よりもスピードは無いが、当たればこれも痛そうだ。
これは難なく避ける。
「ちょっと、避けないでよ。」
「…ホントに君は無理ばかりを言うんですから。」
びくりと雲雀の肩が震える。真後ろから聞こえたのは六道の溜息。
缶を避けた六道は雲雀の後ろに回りこんでいた。それこそ目にも止まらない速さで。
「君…ッ」
「お菓子を頂けたようですが、僕の口には入りませんでしたので無効ですよね。悪戯しますよ?」
「食べれなかったのは君の落ち度だよ。」
六道の腕から逃れようともがく雲雀の腕ごと抱き締めて、耳元で囁く。
「僕はキャンディよりチョコレートの方が好みなんです。」
「ふうん、でもチョコじゃ当たっても痛くない。」
「……痛い痛くないの問題じゃないでしょう。」
クフ、と呆れ半分、溜息半分の笑みを零し。
脱出を諦めない雲雀の顎を掬って。離せ、と雄弁に語る黒曜石の瞳を見つめたまま唇を重ねた。

「ん、…、ッんん!!」

ますますもがく体を上手く抱き、眉根を寄せつつも、きつく睨み返してくる瞳を愛しく思いながら。
何度かの口付けで覚えた雲雀の弱い部分をべろりと舐め上げてやる。
途端に緩む体の力と瞳の力。
丁寧に上顎の裏を擽ってやり、時には痛いほど舌を絡めて吸い上げてやれば甘い吐息が零れた。
暫くそうしていれば体重が掛かって来るのが伝わる。そろそろか、とそっと唇を離し、抱き締めていた腕を緩めた。
「恭弥君。」
「…ん、」
「え、恭弥…ッ」
薄く涙の膜が張った目は思ったよりもまだ力強くあって。自由を取り戻した腕は六道の頭を掴んで引き寄せた。
驚きに固まった六道の咥内にするりと滑り込んだのは雲雀の舌。
先程まで好きにさせていたのが嘘のように自由に動き回り、性感を暴き立てる。少しでも反応があれば執拗に攻めて来た。
しかしここで好き勝手にさせて負けるのも癪に障る。
キスに興じてくれるなら、もっとお互いに気持ちが良いのは解り切っていること。ならばと、遠慮なく今までに無い濃厚な口付けを交わした。


「ん…ふ、ァ!・・ッ、ハ、は、ァ…ッ」
やはり先に根負けしたのは雲雀の方。震える足を労わって、そっと椅子に座らせてやった。
「ふ…どうした、んです…いきなり、こんな…」
「少し、は…驚いた、かい?」
六道も息を切らせながら、それには頷いて答える。
「…ん。そ、う…。なら、いい…」
潤みきった瞳に灯りかかった欲情の炎を見せて、紅い唇で雲雀が笑う。

今までも学校で、こと応接室でキスどころか抱擁しようとしただけでも風紀が乱れると激しく反発されていたのに、今日はどうだろう。何だか押せばその先までさせてくれそうな気がする。
その証拠に、熱くなった頬に触れても気持ち良さそうに目を閉じるだけで何の抵抗すらない。
これは正にハロウィンの奇跡か。

「ねぇ、恭弥君…」
「ん、君を驚かすために努力して良かったよ。習った甲斐がある。」
「………・は?習った?」
「そうだよ。」
事も無げに、満足そうに答える雲雀に青褪めたのは六道。
「誰に習ったんですか!!」
「優秀な教師。」
「えええ?!」



ハロウィンの悪戯に成功したのは雲雀。乗せられてしまったのは六道。
いつも上手を行く六道を驚愕させたことに非常に満足した雲雀だが、それ以上のことをこの場で許すつもりは無い。
しかし六道もここで引くわけには行かない。優秀な教師とやらを聞き出さねばならないのだから。

再び攻防が始まるまで、あと少し。





END