ぼんやりと目を覚ますと見慣れた部屋。
ぐらつく頭を小さく振るとガンガンと痛んで苦しいくらい。ちらりと時計を見れば見回りに行く時間だった。
ソファからゆっくりと立ち上がると見覚えのあるパイナップルが転がっている。見付かると煩そうなので、気配を消して執務室を後にした。
その筈なのに。
直ぐ其処にはパイナップルが立っていて。
何だか無相に苛々して殴ってやりたいと心底思った。
「其処、退いてくれる?」
「君こそ部屋に帰りなさい。大体その熱でよく動けますね」
…確かに目の前の南国果物が幾つかにぶれてみえるけど。
「見廻り、行くんだよ」
「そんなに風紀は大事ですか?」
こくりと頷くだけでもクラクラした。
「君には心底呆れますね」
その声は酷く近くて驚いてしまう。いつの間にこんなに接近を許してしまったのか。
距離を開けようと足を引いたら無様にも足が絡んでよろめく。
あ、倒れる。と思ったのに確りとそいつに抱き締められていた。
「離して」
「服越しからでも熱いのが解りますよ?それに…」
「…?」
「しがみついてるのは君の方でしょう?」
言われてカッとするも、体が動いてくれない。
まるで息を吐き出す度に力も抜けるようで、どうしようもなかった。
「兎に角、もう少し寝ていなさい。見回り位あのリーゼントの彼に任せれば良いでしょう ?」
けれど言われ思いだす。草壁も風邪を引いて休んでいる事を。
「草壁は、今日、休…み、っ」
喋るのも億劫になってきたけど。
行かなくてはならないのだ、見回りに。
「そうですか。ともあれ、早く部屋に戻りましょう」
言うと同時にそっと抱き上げられた。妙に丁寧に抱かれて、居心地が悪いことこの上ない。こんなに壊れ物を扱うようにされる覚えも無い。
「や、だ…。見回り、行ってない…」
「…呆れるを通り越して、いっそ感心しますね。自分の体よりも大事なんですか?」
そろそろ、彼が何を言ってるのか考えるのも面倒になってきた。答えるのも、目を開けているのさえも。
「見回りが必要なら僕が行きましょうか。」
ソファーにそっと下ろされて声を掛けられる。
「馬鹿…言わないで、っ!」
それは大事な自分の仕事。本当は草壁にだって任せたくないのだから。睨み付けてやっても軽く笑って流された。
「見回りして、風紀を守って居ないと思ったら君がする様にしたら良いんでしょう?」
「……違、う」
「何が違うんですか。じゃあ咬み殺す?」
クフフと笑われると腹が立った。
「兎に角、ダ、メだよ。君、並盛の生徒ですらないん、だか、ら」
そいつは顎に手を当て、如何にも思案しています、と言った様相をみせ。
さも良い案を思いついたと言わんばかりに手を打った。すると。
「ならばこれで良いでしょう?」
そこに立っていたのは紛れもなく自分。但し瞳の色は禍禍しいオッドアイだったが。
「は…?」
「ほら、これならば問題ないでしょう?並盛の生徒どころか君自身ですよ。」
「……僕の顔でその笑い方しないでよ。」
それでも彼は 楽しそうにクフフと笑った。
「さぁ、これで安心して眠れるでしょう?君の秩序は守ってあげますよ。」
伸ばされた手が髪を撫でる。
冷たすぎない手は温かくて気持ちがいい。
ふと目を閉じてしまうともう開けることは叶わなかった。
そのまま立ち去ろうとする気配を感じ、何とか手を伸ばして彼の服の裾を捕まえる。
「…ねぇ」
ひりひりと痛む喉から絞るように出す声は掠れて自分でも聞き取りにくい。
でもこれだけは伝えておかなくてはいけなかった。
「フォーク位……置いて、行きなよ、ね」
自分の姿であんなものを持っていかれたら堪らない。
絶対に譲れないそれだけを伝えた後の記憶はぷつりと途切れている。
それから。
あの襤褸屋にもあの男は帰ってこなかった。どれだけ待ち構えても帰ってこない。
苛々は増すばかり。
借りと言うほどの物でもないけれど、何時までもそんな物があるなんて許せなかった。
手を尽くし、これ以上の捜索のしようも無いというところまで来た時、手に入ったほんの小さな手懸り。
それを手繰り寄せた先には。
「……やっと見つけた。」
その時、自身を満たしていたのは間違いなく歓喜。
あらゆる喜び。
「思ったより早かったですね。」
飄々とした態度に苛つきもしたが、ここで全ての借りが返せるならそれは些細なことだった。
「何であの襤褸屋に居ないの。」
「だってあそこに居たらバレバレじゃないですか。」
でも楽しそうに笑う彼を見て、あっという間に怒りは体を満たした。
「咬み殺す。」
やっぱり腹が立つ!
トンファーを抜いて、余裕で座るパイナップルを打ちのめしたと思ったらゆらりと掻き消え。
幻と気付いて構えなおす間もなく、流れたトンファーを掴れて引かれた。よろめいた体を支えられ、顎を掬われ。
まさか、と考えるよりも早く。
唇は塞がれていた。
「…ン、ンッ!」
押さえられた顎では噛み付くことすら儘ならず、柔らかく拘束されているのに腕は殆ど動かせない。
無遠慮に、且つ好き勝手に咥内を蹂躙していく舌に情けなくも思考が蕩けていく。
「ふ…ぅん、ンン、ッ…」
まるで頭の中まで舐められてるようだ、とどこか他人事のように感じた。
一体どれくらい好きにされていたのか。
足からは力は失せて、そいつに確りと支えられていた。
「クフフ。中々良かったでしょう?」
満足そうに笑うそいつから一歩でも離れたかったが、萎えた足ではそれすら出来ない。
「……ッ、はッ……馬鹿、言わないで、ッ」
せめて、と睨み付けるが、笑みを浮かべたままのそいつが目尻にキスをする。
「バイト代は、頂きましたよ、恭弥君」
楽しそうなそいつの顔をみて。
体に積もるのは怒りの熱だけではないような気がして。
もう一度確かめたくて見上げれば、またも唇が塞がれる。
……明日唇が腫れたら彼のせいだ。
END