君の温もりは鎮痛剤

「要らない、といったのは聞こえたのかな、沢田綱吉。」
雲雀の声に凄味が増す。

過去から来た幼い自分達が白蘭との決着をつけ、漸く白い装置の中から出ることができた。
その中にいる間は分子分解されて、小さなポットの中に収まっていたのだ。

「だ、だけどヒバリさんは装置の中に入る前に幻騎士から相当の手傷を負ってるじゃないですか!」
「……それで?今はなんともないって言ってるでしょ?」
「あの装置も一応の安全性は保障されてましたけど、完全じゃないかもしれないんです。だからあれに入っていた人は全員検査を受けて…」
どう言っても引くつもりはないらしい沢田が面倒になった雲雀はトンファーを出そうとして、戦いの最中に切り刻まれて失くしたことを思い出した。
ならば蹴り飛ばしてやればいいか、と低めに構える。
「いらない。」
「ヒバリさん!」


「やれやれ。あの時君は大層な傷を負っていたじゃありませんか。」


突然割り込んだ声に雲雀はますます眉根を寄せた。
沢田も男の登場に目を瞠る。
「君は居なかっただろ、あの場に。」
「クロームの意識を通してみてましたよ、ちゃんと。」
「論外だね、失せろ。」
「そういうわけにはいかないでしょう。」
六道の手が雲雀の右肩を掴んだ。
「…ッ!」
「ほら、痛い。」
ぐっと力を入れて掴み六道は綺麗に笑う。
「いい加減に…、」
「おや、随分と汚れましたよ?これでよく普通に動きますね。」
雲雀の肘打ちを食らう前に身を引いた六道の手の平はべったりと鮮血に濡れていた。
「これくらい動ける。」
「動ける動けないの問題じゃないでしょうに…。ホントに君は…」
六道の手が雲雀の顔の前に差し出された。その手に不穏を感じ引こうとすると。
ふわり、と六道の手には一輪の花が咲いた。
「幻覚?花とはまた随分と無駄だね。」
雲雀は嘲笑して花を手で払う。
まるで本物の花のように花弁が散り、甘い香りだけが残った。
「ふふ、まあそうですが…ただの幻覚性の花ではありませんよ?」
「君の戯言に付き合う気は…ッ、」
「幻覚のお勉強なさったんじゃなかったでしたっけ?こんな簡単な仕掛けに引っ掛からないでくださいよ。」
今度は六道が嘲笑する番だった。
ぐらりと傾いだ雲雀を六道は受け止める。
「は、なし、て…っ」
「幻覚は視覚だけではなく、聴覚も触覚も嗅覚、味覚五感全てを支配するのが幻覚です。視覚だけに捕らわれた君の落ち度ですね。」
「…ぅ、」
「花に眠りを誘う香りを仕込んでおきました。ゆっくりとお眠りなさい。」
「…、…」
雲雀が何事か小さく呟いた。
六度は顔を寄せてみる。

「…死、ね…」

はっきりと一言残して、そのまま意識を失った。


*******


装置から出てみたそこには骸が居た。
見間違うはずがない。あれは本体の骸だ。

10年間。
待って、
待って待って待ち続けた。
手の届かない場所にいるのが悔しかった。
時折ふらりとやってきては僕を乱して消えていく。
それが有幻覚でも何でもいいくらいには溺れていた。
悔しいけれどそれが事実。

やっと本人に会えたのに、僕の口から出るのは憎まれ口ばかり。
其処にいなかったら探せばいい、けれど…また見失って探すなんて。
そんな寂寥、耐えられるだろうか。

会いたかった、と
言えればよかったの?


********


「…く、ろ、…」
ふ、と目が覚めた。

彼の名前をはっきりと声にできなかった。いらえがなかったらどうしよう。そんな不安に駆られて。
弱々しい自分こそ咬み殺したかったが、紛れもない事実から目を逸らしたいだけだと冷静に分析する自分もいた。

「おや、起きましたか。よく眠ってましたね。」
「…っ!!君、何でいるの。」
「それは恭弥に会いたかったからに他なりませんよ。話をしたかった。ゆっくりと君の顔を見たかった。」
立ち上がった六道が雲雀のベッドサイドに腰掛けて顔を寄せた。
「起きたばかりで君の顔を見るなんて…最悪だね。」
勝手に零れる憎まれ口を自分で塞いでやりたかったがどうしようもない。
「クフフ、そんな顔して言われましても…。説得力のせの字もありませんよ、恭弥。何年君を見てきたと思ってるんです?」
「幻覚で、でしょ?」
「ええ。だからこそ僕自身の手で君に触れて、君を見たかった。10年振りなんです、堪能させてください。」
「何度同じことを…」
「何度でも。何度でも繰り返しますよ。君に届くまで。」

包帯と絆創膏だらけの体が六道の腕の中に納まる。
温かい手が背中を撫でると雲雀の体から強張りが消えた。

「骸、」
「会いたかった…会いたかったです、恭弥。」
「殆ど毎日会ってなかったっけ。」
「だからそれは僕の意識体であって生身の体では…」
「…まあいいよ、僕も君に会いたかった。」
素直な雲雀の言葉に六道は固まる。
「あの、」
「僕も偶には素直になるよ。逃がしたくない獲物の前ならね。」
「クフフ、獲物ですか。それもいいですね。」
「そうだよ。逃がさないから。」
六道はゆっくりとベッドに上がる。
入院用のベッドは大人二人分の体重を受けて酷い軋みを響かせた。

「じゃあ確り捕まえていて下さい。」
「勿論。」
じっくりと掛けられる体重を楽しみながら、雲雀はゆっくりと目を閉じた。





END