今夜は帰らないで


「じゃあ僕は帰るよ」
アラウディはくるりと背を向ける。


「待って!」
恭弥は思わず手を伸ばし、彼のコートの裾を掴んだ。

「何」
「…ねえ、今夜は、帰らないで」
それには思わず目を瞠る。余り好きだ嫌いだの感情を表に出さないのは己も同じだが、この幼い子供も同じ気質。
その彼がそんな言葉を口にするとは驚きだった。
「寂しいの?お前」
「違…!違うよ!…貴方に、帰って欲しくないって思っただけ」
一人なんてのは慣れてるし群れたくなんかない、潔い彼の言葉を聞きながら、帰るなという言葉を噛み締める。
「帰って欲しくない理由は?」
「…解ってて聞くんだから大人はずるいよね」
「そうだよ、僕はずるい大人なんだ。それなのにいて欲しいってどういう理由さ、ほら言いな」
それでも尚問うと、言葉を選ぼうとする姿に思わず笑んでしまう。

生意気な子供を何時しか可愛く感じ、それが愛情に変わったのは何時だろう。

「仕方ないね。答えが出るまでは待っててあげるよ」
恭弥の横へ改めて腰を下ろした。
「…じゃあ今晩中に考える」
「朝まで答えられないなら明日から来ないよ」
瞬間輝いた顔がまた直ぐに曇る。
「さあ、答えてもらおうかな」
「朝にはちゃんと、答える。だから…」
帰らないで。必死に言い募る心が透けて見えた。
「はいはい」

答えがなくても彼の元を訪ねる事を止められないのは、自分の方だ。

アラウディはそんな心の内はおくびにも出さず。
必死に思考を巡らせて、何とか触れてこようとする恭弥の手を取った。




END