言葉は貴方へ僕らから 中編

※ +10雲雀を【雲雀】、現在雲雀を【恭弥】としています。

トンファーを構える恭弥の姿は湯の中であっても一切のブレも違和感もない。
いっそ自分達が場違いのように感じてしまうほどだ。

「おや、恭弥君、今と構えが違いますね。」
「何時までもあんな隙ばっかりの構えじゃ駄目だと思わない?」
「一々煩いね。」

ざっと湯を蹴散らし、大きく踏み込む。
だが六道は悠々と湯に浸かったまま、全く動く気配を見せない。
取った、と大きく振りかぶったトンファーは下ろされることはなかった。
「離して!」
恭弥も気付かぬうちに雲雀は後ろに立ち、振り被ったトンファーを掴んでいた。
「僕は言ったよね。」
荒々しく掴んだトンファーを引き、体勢が崩れたところを容赦なく足払いをする。
「…ッ!!」
大きく飛沫を上げ、恭弥は湯の中に背中から突っ込んだ。雲雀は暴れる恭弥を踏み付けて、無理矢理に靴を脱がして放り投げる。
「靴を脱げってさ。行儀が悪いにも程があるよ。」
「…自分にも容赦ありませんねぇ、君は。……それにしてももう少し隠しませんか。」
足払いをし、片方の靴を手にした雲雀は勿論全裸で、全く隠す様子もない。
「今更だね。」
「まあ君らしいですがね。僕はとても眼福ですよ。」
「…ふ、ぁ!!…ッッ、け、ほ…っ!ごほ、っ!」
恭弥は漸く踏み付ける足を払って、湯の中から脱出した。呼吸をする間もなく湯の中に叩き込まれた恭弥は盛大に咽込む。
「…良く考えたら服もだよね。ほら、さっさと脱いで。」
雲雀は咳き込んで涙目になっている恭弥から、学ランを奪い、シャツまで脱がそうとする。濡れていて脱がせにくかろうがお構い無しに。
恭弥も必死に抵抗するも、全く敵う様はない。
「止め…ッ!いい加減にして!離せよ!」
「湯の中で服を着てるなんて馬鹿じゃない?僕ならおかしなことだって理解してるでしょ。」
「…クフフ、そんなに目くじらを立てなくても直に彼は過去に帰りますよ。脱がしたら可哀相じゃありませんか?」
雲雀が恭弥を脱がすという倒錯的な光景は非常に六道を満足させるが、あと残り数分で消えてしまう彼を脱がす必要は感じなかった。
「その数分ですら嫌。」
「まあ僕は楽しいですから全く構いはしませんけど。」
相も変わらず手厳しい、とは思いつつ。
「じゃあ…っ!脱げばあれを咬み殺してもいい?」
必死に抵抗しながらも恭弥は雲雀を睨みつけた。
「…それは…」
雲雀は即答できない。あれから10年の年月を経た今も正直のところ真っ向勝負をして敵うかどうか解らないのだ。
其れよりも何よりも。

六道が時折みせる変態気質が幼い自分が素っ裸で向かえば起き出しかねない。そんな恭弥に許可など出せようもなかった。

「…大体何を言いたいか解りますけどねぇ、恭弥君。」
「そもそも。過去の彼にすら勝てない君が、あれに敵うはずないでしょ。」
「…ッ、やってみないと解らない!」
六道には一度大敗を喫している。その実力差を読み切ることが出来ずに。
自分が敗因だ。だが悔しさは拭えなかった。ずっと胸に蟠っている。
今こうしていても敵わないだろうことはひしひしと伝わるが、なかなか顔すらみせない六道に一矢報いるチャンスを恭弥は逃したくなかった。
「…じゃあ僕がそちらに行きましょうか。好きにしていいですよ?」
今まで静観していた六道が立ち上がる。
ざぶりざぶり。
歩み寄る六道に恭弥の足が自然と一歩下がった。
とん、と背後に立つ雲雀に当たる。
「何、大口叩いてる割に引いてるじゃない。」
「…っ!煩いよ、貴方!」
「おやおや、震えてるじゃありませんか。そんなことでは僕に咬み付けませんねぇ。」
いざ対峙すれば蘇る屈辱。弄ばれ、無理矢理に体を開かれた苦痛は勝手に怯えを引き出した。
だが恭弥はそれらを奥歯で噛み締め、素早く構え直して六道に向かう。
しかしその潔さは六道にとっては余りにも可愛らしく、また。
「怯える君はなんて…可愛いんでしょう。そして美味しそうなんでしょうね。」

「「変態。」」

「ちょっとなんです失礼しょう。そこはハモるとこじゃないと思いますけど?」
二人の言葉は綺麗に重なって、六道は思わず苦笑する。
「当然でしょ?」
「…貴方って幾つになっても変わらないんだね。」
「…激しく誤解があるようにも思えますが…・・まあ此処は二人のご期待に副おうじゃありませんか。」
一歩踏み出した六道があっという間に恭弥の眼前に迫る。
ほんの一瞬の震えを見逃さず、その腕の中に閉じ込めた。
「ちょ…ッ、離して!」
じたばた暴れる体を難なく抱き締めたまま、恭弥の後ろに立つ雲雀に目を向ける。
「恭弥、少しの間動かないで下さいね。」

赤い右目がきらりと輝いて、雲雀を縛り上げた。
六道は10年前に掛けられた術は解いたという。なのに指一本動かすことも出来なかった。

「…むく、ろ…っ、…解き、なよ…っ!」
「おや、僕は君の術は解いたと言ったじゃありませんか。もう君を縛るものはないはずですよ?」
「どうでもいいから離してって言ってるでしょ!!」
「クフフ、まぁそう言わず。僕も10年前は子供でしたから。余りにも綺麗な君を汚すことばかり考えて優しくしてあげませんでしたからねぇ。」
それが何時の何を指しているのかが解り、恭弥は頬を染める。
「だから汚名挽回させて下さい。それこそ足腰立たなくした上に一回で飛ばしてあげますよ。」
「…〜〜っっ、ふ、ふざけないで!!冗談じゃ…っ!!」
「ええ、冗談じゃありません。」

恭弥の言葉を遮り、六道は唇を奪う。
ちくちくと雲雀の非難の視線を浴びながら。

「んー!…っく、ん、ん!!!」
暴れる体を宥め透かし、噛み付きそうになる顎を押さえて、己の唇で恭弥の唇を隙間なく塞いだ。
喉奥まで舌を入れて絡め、上顎をべろりと舐めて、舌の付け根や敏感な舌先を突いてやる。絡めた舌を時折強く吸ってやると、小さくも甘やかな声が零れた。
何とか逃れようとぎゅうぎゅうと押していた恭弥の手からゆっくりと力が抜け、表情が緩む。
遂に音を立ててトンファーが湯の中に落ちた。
それは大きな飛沫を上げ、雲雀の頬まで飛び散り、濡らす。
「…ふ、ふふ。そうだよね。術、なんて……」
意志の力で押さえ込める。確信を持って雲雀は集中した。
指先が動けばしめたもの。緩慢に動きだした雲雀は落ちたトンファーを拾う。2、3度感触を確かめ、うっそりと笑った。
そして迷いなく六道の頭を狙う。
「…おっと!危ないじゃないですか、恭弥君。」
慌てて身を引いた六道の手から、力を失って倒れそうになる恭弥の体を雲雀は受け止めた。
「…ハ、ァ…っは…も、離し、て…」
「馬鹿だね。今、手を離したら間違いなく溺れるよ……ねえ…もうあれから5分どころか10分以上経たないかい?」
「そういえば…そうですね。」
「帰れない…の?」
不安げに瞳を揺らす恭弥に雲雀は笑う。
「そんな顔しなくても勝手に帰れるよ、多分ね。」
「…ん、ッ?!」
「…ちょっと、恭弥君……僕は止めておいてそれはどうなんです?」

恭弥を確りとその腕に抱きこんで、初っ端から深く濃い口付けを落とす。

「ん、んく!ふ、ぅ、う!…ぅ、ふ…ぅ」
先ほど六道とのキスがあるのを差し引いても、恭弥の力が抜けるのが早い。
裸の雲雀に震える手で必死に縋るようにするので精一杯のよう。
六道は静観するのが苦しいほどだが、最高のシチュエーションを味わうためにぐっと堪える。
「流石はご自分、と言うことですかねぇ…」
「ふ、ァ!…ハ、ァ…ッハ、…ッ」
「…ふ…ん、面白いな。」
興味津々と言わんばかりの顔で、ぐったりとした恭弥を見つめる雲雀。彼の唇も充血して艶めいて、酷く色っぽい。
「何がです?」
「当たり前だけど自分だからね。気持ちが良い場所ぐらい解りすぎるぐらい解るし。こうやってもらえたら凄く気持ち良いだろうと思うとね。」
「ええ、そうでしょうね。是非僕にもその場所を教えて欲しいですよ。頑張って期待には副いたいですし。」
「嫌だよ。」
「はいはい。そう言うとは思いました。まあ、君たち二人はいわば究極の自慰ですからねぇ。良くないはずないんですよ。」
「ハ、ァ…ッ、も…や、だ。早く…離し、て…」
熱めの温泉に半身浸かり、且つ濃厚なキスを二度も噛まされれば動く気力だって失せてしまう。
恭弥は真っ赤な顔で雲雀を見上げて、弱々しく腕を突っぱねた。
「ああ、上せそうだね。一旦上がろうか。」
「そうですね、何時帰れるとも知れませんし。小さい恭弥君を休ませてあげましょうか。」

二人が顔を見合わせ、にまりと笑う。
嫌だ、と小さくごねる恭弥を無視して、露天風呂を後にした。




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