一人ぼんやりと立ち尽くす。
小さな花弁の舞う大木の下で。
「捕まえましたよ。」
「へえ、意外と早い。という事は今迄は本気出してなかったんだね。最悪だよ、君。」
大きな桜の木下に立つ黒髪の彼を見て。
逸る心抑えきれずに後ろから抱きしめた。
勿論、手を伸ばす寸前まで気配は消していたのに。驚くどころか返ってきたのは手厳しい一言。
「そんな積もりありませんよ。どれだけ君を追うのが大変だったか…」
「へえ、どうやったの?」
「聞きたいですか?」
雲雀の肩越しに見えるオッドアイは楽しげな色を浮かべ上機嫌だ。
「…いや、いい。何だか凄くいやな予感がするから。」
「それは残念です。……ねえ、恭弥君。」
何、と小さく応える雲雀はの瞳は、はらりはらりと散る花びらを追っている。
「約束、覚えているでしょう?」
「触らせて下さい、だっけ。」
「はい。」
「うん、いいよ。」
夢の逢瀬と同じように雲雀の答えに淀みは無い。六道の望みはただ触れるだけでなくそれ以上だ。
雲雀とてそれは解っているはず。
「それでいいんですか?」
「…あのね、何が不満なのさ。もういい、僕に触るな。」
ぱしっと乾いた音がして雲雀に回されていた六道の手は叩き落とされた。
短気な雲雀らしい。一度は自分が是としたことに疑いを持たれ、臍を曲げてしまった。
「すみません。もう言いませんから…どうか僕に君を下さい。」
「……何、そのプロポーズみたいな言葉。」
「おや。そう聞こえませんでしたか?僕はそのつもりですよ。」
六道の声音に何時もと変わりは無い。
また冗談か、と腹立ち紛れにトンファーで殴ってやろうとその手に取って振り向いて。
真剣な表情の六道に言葉を失った。
「むく…」
「お願いです。それとも日本式に土下座でもすればいいですか?」
「そんなことしたら二度と会わないよ。僕は君を対等と認めたんだ。そんな君が土下座?それは僕にとっても酷い侮辱だね。」
真っ直ぐな。
真っ直ぐな雲雀の言葉は六道を打ち抜く。
「君には…本当に君には何一つとして敵いません。恭弥、お願いです、どうか君に 」
「まだるっこしいんだよ、君は。」
がっと胸倉を捕まれて引き寄せられて。
ぶつかるほどの勢いで触れ合わせた唇。柔らかくて熱くて、堪らなくて。六道は迷わず舌を伸ばした。
それには何の抵抗も無く開けられた雲雀の咥内に誘い込まれる。
夢や幻でなく。現実に触れた雲雀の舌は食い千切ってしまいたくなるほどに甘かった。
「…ハッ、むく、ろ…、も…い、いでしょ…っ」
舌の感覚がなくなりそうだ、と雲雀は思う。あれから飽きることなく口付けを求め続けられ舌を絡められ、体の熱は溜まるばかり。
力の抜けた手で六道の胸を弱く押し、やっと開放してもらった。
「…いえ、まだ…」
その一言の、その一呼吸だけ離された唇は再び塞がれてしまう。
雲雀の体を桜の幹に押し付ける様にしながら合わせる唇。完全に力が抜け、膝が笑うも両足の間に差し込まれた六道の膝が座る事すら許さない。
「・・ぅ、く、…っん」
「…クフフ、もうきつそうですね。」
間近で囁かれる言葉にかっと顔が赤らむ。六道の膝にキスで猛った己が当たっているのだ。誤魔化し様も無い。
「あたり、前…でしょ・・・君とこんな、キスして…なんとも無いなんてありえ、ない…っ!」
「恭弥、君…、それって…」
「ふ…信じ、られない…まだ疑う、気かい?」
熱を帯び、欲情に濡れた瞳が見る間に殺気に彩られる。
雲雀は 『君が相手だからこそ興奮するんだ』 と言葉裏に隠して。
「ごめんなさい。そういう訳ではないんです…僕は…」
「もういい。言い訳、なんて…後で、聞いてあげる……続き、しないの?」
息切れしながら、六道に半分縋りながらの愛しい誘い文句に是もなく乗る事にした。
後で頑張って納得させなければ、と思いながら。
「ア、ア…ぅ、これ、で終る、の…ッ?」
「こんな、とこで…最後までする、訳にいかないでしょう?取り敢えず、です、…ん、」
立ったまま2人、体を密着させて。
前だけを寛げて猛り切った自身を互いに摺り合わせる。雲雀の手も引いて、二人で二つの屹立を刺激した。
たったそれだけの事だ。
だが互いの手が触れていると感じるだけで腰が抜けそうなほどに善い。
人気の無い夜桜の下、見る間に先走りに塗れ、ぬちぬちと耳を覆いたくなるよな音が響いた。
「は、ぁ…ッく…ッ」
「ふ…、恭弥…」
「ッッ!!、ア、馬鹿…ッ!、ぅあ!」
「え…?どうした、んです?」
六道の肩に顔を伏せ、逐情した息の乱れを整える。
雲雀とて自分が信じられなかった。
まさか名前を呼び捨てられただけで達してしまうなんて。
「ねえ。恭弥君?どうしたんです?」
折角2人同時に束の間の頂点を味わおうと思っていたのに、雲雀は先に達してしまった。
それには答えず、ただただ頭を振るばかり。
それでもやはり気になって、もう一度問うと口を開こうとしたとき。
雲雀が不意に六道から体を離して膝を付いた。
「あ、の…?」
「……もう何も言わないでいいから。」
雲雀が吐き出した精でしとどに濡れ、今にも達しそうな六道の屹立は震えている。
手で軽く擦り。
迷わず咥内へ誘い込んだ。
「は、ぁ?!ちょ、ちょっと恭弥、君!…ぅ、くっ!」
先程性器に手を触れるのも戸惑っていたのが嘘のような淫猥な行動。
それが些細なことで達してしまったことへの照れ隠しだったのだと気が付くには暫く掛かったけれども
も
確りと喉元まで呑み込むようにして、舌でねっとりと裏筋を撫でる。
「ん…ん、く…」
苦しげに眉を顰め、目をきつく閉じ。偶にこみ上げるのだろう小さく嘔吐きながらも懸命に頭を動かした。
「も…いいです、よ。恭弥君…」
元から限界も近かったせいもあるし、こんな行為を迷いなく、それも雲雀の方からなんて。
あっという間の限界は来て、我慢なんてとても出来そうも無い。
だが、もっと雲雀の柔らかい咥内を味わいたい。いっそ荒く動いて喉の奥まで犯してやりたい。
そんな願望を何とか押し込んで。六道は雲雀の髪を優しく引いて、口を離すように促した。
小さく頭を振って拒絶されるその動きにすら煽られる。
「…駄目、ですって!」
「…ん、ぅ!」
どうにか雲雀の咥内から引き抜くのは成功したが、最後まで諦めなかった雲雀の前歯が軽く先端を掠め。
小さな痛みが引き金になって、そのままぶちまけてしまった。
ぽたり、と。
黒髪に掛かった重い液体が、形の良い鼻梁の横を垂れて落ちる。
「…咬み殺すよ?」
欲に濡れた黒い瞳が強く強く六道を睨みつけ。口の側を濡らす精液を舐め取った。
それは恐ろしく淫猥で、淫靡で。
また頭を擡げそうな自身を叱咤して、詫びる。
「すみません…」
「ふざけすぎだよ、全く…。誰が顔に掛けろって言ったの。」
ぺろりと舐め取る仕草はまるで黒猫を連想させる、と六道は思った。
しかし。
自分の知る雲雀はこれ程に性に対して大っ平だっただろうか。
もっと恥じらい深く、何も知らない晩生で純情で…といったイメージしかない。
「大体言いたい事は君の顔を見てれば解るけどね。5年も経ってて10代半ばと全く変わらないほうが気持悪いでしょ?そもそも放置してた君が悪い。」
尤も誰彼構わずこの体を明け渡したりはしないけどね、と笑う顔に湧き上がるのは果てない嫉妬。
一体誰が彼の体に触れ、暴いたのだろうか。考えるだけで頭が滾り上がりそうだ。
「良いでしょう…。僕なしでは駄目になるほど色々教えてあげようじゃありませんか。」
「ふふ、逆に僕から教えられないようにしなよね。」
手に入れたいと望んだ彼はもうこの手の中。
会えなかった時間はこれからじっくり埋めればいい。
ただ甘やかに共に過ごすだけの間柄になんて興味は無い。この緊張感こそが求めていたものだ。
そしてもっと互いのことを知り、己を知らしめたい。
全てがやっと満たされる気がして六道は雲雀を抱きしめた。
ふわりと香る雲雀の黒髪に鼻先を埋め、搾り出すように呟く。
「恭弥君…ありがとう、ございました。」
色々な感謝を込めて。
「お帰り、骸。」
それにいらえる雲雀の声も穏やかだった。
END
「また夢か。」
雲雀は溜息をついた。
初めて骸の夢に紛れてから5年の月日が経とうとしていた。
それからは極偶に、何の前触れもなくこうして呼ばれる。
「…勝手に呼ばないで欲しいよ。」
風が吹いて、雲雀の黒髪を乱した。
少し伸びた髪が顔に掛かる。
そろそろ切り時かな。
鬱陶しそうに掻き揚げた手を白い手が掴んだ。
「折角綺麗な髪を切らないでくださいよ。」
「心の中を読まないでくれるかな。」
毒気付く雲雀に六道は薄っすらと笑みで返した。
「それで?今日は何の用事?」
「いえ、別に。桜が綺麗でしたので。」
「へえ、何処の桜だい?君が見てる桜は。」
「クフフ、何処だと思いますか?」
「…脱獄しておいて会いに来るのは夢の中だけなの?」
先日。
復讐者の最下層の、最も堅牢な深淵から脱獄した者がいた。
真正面から手引きをした者がいるというが、真相は闇の中。そのような事実はないと復讐者
「頼んでもいないのに色々と手引きした人間がいるみたいでしてねぇ。」
「そうらしいね。僕はとても楽しかったけど。」
その時を思い出して雲雀は笑う。
「ボンゴレもお可哀想に。就任した初仕事がまさかの脱獄の手引きに隠蔽。しかし思ったよりずっと有能ですね。いっそ僕の存在を無かった事にするとは。」
「別にしなくてよかったんだけどね。」
「…それじゃあまた追われるでしょう。」
「それのほうが面白いのに。退屈しなくてすみそうなのにさ。」
「君、折角作った財団が潰れますよ?」
呆れたように言う六道に雲雀はむっとした表情で返す。
「僕がそんなくだらない失敗すると思ってんの?君じゃあるまいし。」
匣の奇跡が見出され、且つ匣と指輪が綿密な関係にあると裏世界が知った途端。
裏世界のバランスは一気に崩れた。
弱小なファミリーが強大な武器を手にして戦争が起き、またそれを動かすためのリングを激しく奪い合った。
そして雲雀も匣に魅入られた一人。
秘密を暴きたかった訳じゃない。だがより強いものを求めて、其処の根源を求めて世界を飛び回った。
「…会いに行ったらいなかったのは誰です。」
「何時何処に来たの。知らないよ。」
行き先なんて誰にも告げない雲雀の足取りを追うのは至難の業だった。
匣の情報が入れば迷い無く飛ぶ。
そうしながら世界のあちこちでは商談をし、強気な交渉術を駆使しては風紀財団を見る間に大きくしていった。
「本当に鳥のようなんですから…」
六道は溜息をついた。
「捕まえられない君が悪い。」
つんと顎を反らす雲雀に 『早く会いに来い』 と催促されているよう。
「取り敢えずは此処での逢瀬で許してください。近いうちにこの身を持って会いに行きますから。」
「そんなの当てにならないよ。」
雲雀は触れようとした手をぱしりと弾いた。
「恭弥君、触らせてください。」
「嫌だって言った。」
「……なら僕が直接会いに行ったら触れてもいいですか?」
「うん、いいよ。」
あまりにもあっさりと肯定されて肩透かしを食らったよう。
六道は大きく目を見開いたまま、雲雀をじっと見詰めた。
「…ふふ、なんて顔してるの。間抜け面にも程があるよ?」
「いえ、その…君がそんな風に言ってくれるとは思いもしなくて…」
「へえ、じゃあこうしたらどうなるのかな。」
雲雀は一歩踏み出して。
少し縮んだ身長差に小さく笑って背伸びをした。
ちゅ、と可愛らしい音が響く。
「…ッ、恭弥君!」
「おっと。まだ捕まってやらないと言ったでしょ。」
伸ばされる手をするりと交わし、雲雀が笑った。
それは六道を魅入るには充分すぎる純粋な笑み。
「必ず!必ず会いに行きます!最短の時間で!!」
「そう、じゃあ来れば?僕がいるところも桜が綺麗だよ。やっぱり並盛はいい。」
「並盛ですね…、解りました。」
「…明日発つけど。」
「えええええ?!」
「次は秘密。」
先程から柔らかく笑みを浮かべた唇が魅惑的で。六道は触れたくて堪らない。
「恭弥君…お願いです、キスだけさて下さい。」
「キスだけで君、済まさないじゃない。」
そういう顔も柔らかで。
今まで見たこともない穏やかな雲雀に眩暈がしそうだ。
「じゃあどうすればいいんです?僕は君に触れたい。」
「だから早く会いにおいで……骸。」
ざぁ、と強い風が吹いて桜が舞う。
六道は手を伸ばし、雲雀の名を叫んだ。
「恭弥君!…って、ええ?どうして…」
誘ったはずの夢から弾き出されたのか。
六道はベッドの中で暗闇に手を伸ばし。雲雀を呼ばわる己の声で目が覚めた。
「僕の操る夢から追い出されるなんてありえませんけど…」
あまりにも雲雀のほうへ心が傾いてしまったために術が途切れたのだろう。
目が醒めたついでに旅支度を始める。どうせ持ち物など殆どないのだ。
「今度こそ捕まえに行きますからね、恭弥…」
END