桜花咲き乱れ舞うは吹雪の如く

一人ぼんやりと立ち尽くす。
小さな花弁の舞う大木の下で。




「また夢か。」
雲雀は溜息をついた。
初めて骸の夢に紛れてから5年の月日が経とうとしていた。
それからは極偶に、何の前触れもなくこうして呼ばれる。
「…勝手に呼ばないで欲しいよ。」
風が吹いて、雲雀の黒髪を乱した。
少し伸びた髪が顔に掛かる。
そろそろ切り時かな。
鬱陶しそうに掻き揚げた手を白い手が掴んだ。
「折角綺麗な髪を切らないでくださいよ。」
「心の中を読まないでくれるかな。」
毒気付く雲雀に六道は薄っすらと笑みで返した。


「それで?今日は何の用事?」
「いえ、別に。桜が綺麗でしたので。」
「へえ、何処の桜だい?君が見てる桜は。」


「クフフ、何処だと思いますか?」
「…脱獄しておいて会いに来るのは夢の中だけなの?」

先日。
復讐者の最下層の、最も堅牢な深淵から脱獄した者がいた。
真正面から手引きをした者がいるというが、真相は闇の中。そのような事実はないと復讐者インディチェは発表した。

「頼んでもいないのに色々と手引きした人間がいるみたいでしてねぇ。」
「そうらしいね。僕はとても楽しかったけど。」
その時を思い出して雲雀は笑う。
「ボンゴレもお可哀想に。就任した初仕事がまさかの脱獄の手引きに隠蔽。しかし思ったよりずっと有能ですね。いっそ僕の存在を無かった事にするとは。」
「別にしなくてよかったんだけどね。」
「…それじゃあまた追われるでしょう。」
「それのほうが面白いのに。退屈しなくてすみそうなのにさ。」
「君、折角作った財団が潰れますよ?」
呆れたように言う六道に雲雀はむっとした表情で返す。
「僕がそんなくだらない失敗すると思ってんの?君じゃあるまいし。」

匣の奇跡が見出され、且つ匣と指輪が綿密な関係にあると裏世界が知った途端。
裏世界のバランスは一気に崩れた。
弱小なファミリーが強大な武器を手にして戦争が起き、またそれを動かすためのリングを激しく奪い合った。
そして雲雀も匣に魅入られた一人。
秘密を暴きたかった訳じゃない。だがより強いものを求めて、其処の根源を求めて世界を飛び回った。

「…会いに行ったらいなかったのは誰です。」
「何時何処に来たの。知らないよ。」
行き先なんて誰にも告げない雲雀の足取りを追うのは至難の業だった。
匣の情報が入れば迷い無く飛ぶ。
そうしながら世界のあちこちでは商談をし、強気な交渉術を駆使しては風紀財団を見る間に大きくしていった。
「本当に鳥のようなんですから…」
六道は溜息をついた。
「捕まえられない君が悪い。」
つんと顎を反らす雲雀に 『早く会いに来い』 と催促されているよう。
「取り敢えずは此処での逢瀬で許してください。近いうちにこの身を持って会いに行きますから。」
「そんなの当てにならないよ。」
雲雀は触れようとした手をぱしりと弾いた。
「恭弥君、触らせてください。」
「嫌だって言った。」
「……なら僕が直接会いに行ったら触れてもいいですか?」
「うん、いいよ。」
あまりにもあっさりと肯定されて肩透かしを食らったよう。
六道は大きく目を見開いたまま、雲雀をじっと見詰めた。
「…ふふ、なんて顔してるの。間抜け面にも程があるよ?」
「いえ、その…君がそんな風に言ってくれるとは思いもしなくて…」
「へえ、じゃあこうしたらどうなるのかな。」

雲雀は一歩踏み出して。
少し縮んだ身長差に小さく笑って背伸びをした。
ちゅ、と可愛らしい音が響く。
「…ッ、恭弥君!」
「おっと。まだ捕まってやらないと言ったでしょ。」

伸ばされる手をするりと交わし、雲雀が笑った。
それは六道を魅入るには充分すぎる純粋な笑み。

「必ず!必ず会いに行きます!最短の時間で!!」
「そう、じゃあ来れば?僕がいるところも桜が綺麗だよ。やっぱり並盛はいい。」
「並盛ですね…、解りました。」
「…明日発つけど。」
「えええええ?!」
「次は秘密。」
先程から柔らかく笑みを浮かべた唇が魅惑的で。六道は触れたくて堪らない。
「恭弥君…お願いです、キスだけさて下さい。」
「キスだけで君、済まさないじゃない。」
そういう顔も柔らかで。
今まで見たこともない穏やかな雲雀に眩暈がしそうだ。
「じゃあどうすればいいんです?僕は君に触れたい。」
「だから早く会いにおいで……骸。」

ざぁ、と強い風が吹いて桜が舞う。
六道は手を伸ばし、雲雀の名を叫んだ。
「恭弥君!…って、ええ?どうして…」
誘ったはずの夢から弾き出されたのか。
六道はベッドの中で暗闇に手を伸ばし。雲雀を呼ばわる己の声で目が覚めた。
「僕の操る夢から追い出されるなんてありえませんけど…」
あまりにも雲雀のほうへ心が傾いてしまったために術が途切れたのだろう。
目が醒めたついでに旅支度を始める。どうせ持ち物など殆どないのだ。

「今度こそ捕まえに行きますからね、恭弥…」





END