「あのー…恭弥君。」
「ん、何。」
ぱりぱりぽりぽり。
小気味良い音を立てて、恭弥がプリッツを齧る。
今宵は月も美しい。窓を開け、縁側で羽織を肩にかけた姿で少々冷たい夜風に当たりながらグラスを傾けていた。
「珍しいですよねぇ、君がお菓子を食べるなんて。」
縁側に備えた膳の上には焼酎のデカンタに、落ち着いた色合いの焼き物の上に置かれたプリッツが数種類。
恭弥の白い指が細いプリッツを摘んで口へ運ぶ。
「僕だってお菓子くらい食べるよ。」
齧った後にはくっと焼酎を呷った。
「菓子を肴に焼酎ですか。ますます珍しい。」
「プリッツならいいよ。塩気が良く合う。これにチョコがついてると今ひとつ合わないけどね。」
「え、プリッツとポッキーは別物ですし、何より味気ないでしょう?チョコがないと。」
「……プリッツもポッキーも同類だろ。」
「違いますよ!プリッツにはチョコレートが付いてないんです!」
ふうんと気のない返事をして、また一本、かり、と齧った。
「あのですね、今日が何の日かは知ってます?」
「知ってるよ。第一次世界大戦停戦記念日。」
「…ちょっと、恭弥君?」
「じゃあこっちかい?ポーランドの独立記念日。」
「どうしてそう…」
「まだ違うの?だったらモヤシの日。」
「博識ですね…でしたら僕が言いたいことぐらい解っているでしょうに。」
「同じようなこういう食べ物だったらグリッシーニの方が肴にはなるよね。プロシュートを巻いたのが好きだな。まあそのときにはワインの方が良いのかも知れないけど。」
「恭弥君!」
答えを求め、声を荒げた骸をちらりと見遣って。恭弥は機嫌よく笑った。
「ポッキー&プリッツの日でしょ?でもそれが僕と君に何の関係があるのさ。」
正面から言われれば、何とも言いようがない。
まさか付き合って10年、今更ポッキーゲームしましょうなんて言った所で鼻で嗤われてしまうのが目に見えている。
「うー…それはー…」
「じゃあ、これがしたかった?10年前もポッキーの日だって煩かったよね、君は。」
こんがりとした焼き目のついたプリッツを銜え、骸の方へと首だけを傾けた。
そこで骸は漸く気がついた。
恭弥が酒の肴に菓子を選ぶなんて今まで殆どない。貰い物(貢物という方が正しいのかもしれないが)で、甘くない物の時に選ぶことはあっても記憶の中でもほんの数回程度。
彼は今日が何の日か解っていてプリッツを選んだのだ。
「恭弥君…」
「しないの?ああそう。」
言うが早いか。銜えたプリッツをかりかりと一人で齧り始める。
「しますしますって!!ああ僕が食べるとこはもうないじゃないですか!!」
慌てて顔を寄せて最後の一口を奪おうとしたが恭弥の唇に挟み込まれて消えてしまった。
それでも負けたくなくて強引に唇を押し当てたものの、ほんの少しだけが骸の歯に当たっただけ。
「はぁ…結局食べれなかったです。これじゃ勝負になりませんよ。」
「ふふ、勝負は今回も僕の勝ちだね。口を離したのは君が先だ。」
「……そうですねぇ。この勝負は君の勝ちでいいです。なら大人のポッキーゲームとにでも洒落込みますか?」
「大人のポッキーゲーム?」
「ええ、今度は恭弥が下の口で僕のポ「へえ!君、自分でポッキー程度って認めるんだ。まあ確かにひょろひょろ長いよね。」
「誰がポッキーですか!失敬な!」
言葉を遮って恭弥が楽しそうに声を上げて笑うが。
「可愛さ余って憎さ百倍とはこの事ですかねぇ…そのポッキー並と評価するモノを咥え込んで啼きながら腰を振るのは君でしょうが!」
「…ッ!だ、誰が…ッ」
「じゃあ証明して上げますよ。」
「馬鹿!ここは縁側…ッ!」
慌てる恭弥を組み敷いて、骸はさっさと着物を乱し始める。
「ええ、あんまりいい声を誰にでも聞かせないように頑張ってくださいね?ああ尤もポッキー程度の僕のモノじゃ声も出ませんかねぇ。」
にこにこと笑顔のままの骸を見上げて恭弥も諦めて力を抜いた。
ゲームに誘ってこうなることは予測できていたが、ここまで怒らせるつもりはなかったのだが。
怒った骸の顔も嫌いじゃないからいいか、と取り敢えずの声を殺すべく唇を噛み締めた。
END