深秋にある眼鏡の君との小噺を

見回りをしながら珍しい物を見つけた。
日向で何かをしているアレは間違いなく六道骸。


秋も深まろうかというのに、外で何かをしている。きっと読書だろう。
今の今まで無風であったのに藍色の髪がふわり風に揺れた。


折角見つけたのだ。
相手が何をしていようと関係などない。
自分の存在を誇示するように殺気を漲らせ、足音も高く近づいた。
錆びれたベンチに座って六道はやはり読書をしている。
「…日向で本を読むと目がバカになるって事くらい知らないの?」
揶揄するように言ってやる。
それともあの変な色の目には関係ないのだろうか。
「…また君ですか。僕の目がおかしくなろうと関係ないでしょう?」
顔すら上げず溜息混じりに、さも面倒くさそうに六道は言った。
自分だってこんな手順を踏むのは非常に面倒臭い。いっそ殴りかかれば手っ取り早いか。
「全然関係ないな……ああ、もう馬鹿になってるからそれなんだ。」
本から上げられない顔に見える銀色の縁の眼鏡。それは少し気に掛かった。
だからもう一度挑発してみる。
それで乗ってこないようならもう攻撃してしまおう。
「関係無いんでしたら、話しかけないで下さいませんか?」
苛ついた口調      だがそれはごく微量にしか含まれておらず、聞き逃してしまうほど僅かな苛立ち    で六道が顔を上げた。
指でブリッジを押し上げるのは非常に様になっている。

「…へえ、まともに見える。」

素直な感嘆詞が零れた。
「…ああ、馬鹿は外見でしか人を判断できないんですね。」
どういう言い草だろうか。褒めた気は無いけれど、馬鹿にしたつもりもないのだが。そのつもりならこっちだって気持ちよく厭味を言ってやる。
「僕は南国果実が人間に見えるって言ったんだよ。」
それには自然と笑みも伴った。
六道が微かに眉根を寄せ、本へと視線を戻したのだから。厭味も程よく届いたらしい。
「何度戦えば僕には勝てないと気付くんでしょうかね。」
「僕の相手をまともにする前に逃げるくせによく言う。」
話題を逸らす六道に正論を突きつけた。
「必要に無い戦いをしてどうするんですか?」
ぺらりと長く白い指が頁を捲る。まるでこちらへの興味を無くしてしまった様に。
「……強い相手を咬み殺したいだけ。」
やる気の無い六道を挑発するために取り出したトンファーを首に当てる。
「クフフ。そう言うという事は、君はまだ僕からすると弱者という事ですね。」
「弱い草食動物相手なんかよりよっぽどいいよ。強ければ強いほどいい。弱い相手になんか挑まない。」

強い、と思える相手に挑むのはとても興奮する。
それを叩き伏せた時の快感は言葉にならない。認めたくない気もするがこの目の前の男もそれなりに強い。
叩きのめせばきっと、すっとするだろう。

「まあ、そういって頂けると光栄ですね。取敢えずこの本を読み終わるまで待って貰えませんか?」
早く体を動かしたい。なのに六道は待てと言った。
いっそ本を破いてやろうと思ったが取敢えず止めた。本には一応罪は無い。
「それよりも相手しなよ、良く解らない本なんて読んでないで。」
手を広げて本の上に置いてやる。英語では無さそうな言語で綴られた横書きの書の上に、ぱしんと音を立てて。
「日本語しか読めない君には興味無い本かもしれませんが、今日はこの本を読み終わると決めているんです」
まあ確かに全く興味は無い。
読書は好きだが、話の内容も掴めないような物に時間を割くつもりは毛頭ないし。
もうこれで最後にしよう。自分にしては珍しく待ってやったのだ。
これでまた何か言うならさっさと咬み殺してしまえ、そう思って。
「じゃあその気にさせてあげようか。」
これには一番の笑顔が勝手に付いて来た。
答えなんか待たずに咬み殺せるし。
「いえ、遠慮しましょう。邪魔するなら…」
六道が最後まで言うことなく、霧が漂い始めた。
自分の相手をするつもりはないのだと解る。
「 …それじゃ面白くない。君も武器をだしなよ。」
「武器?ああ……僕の武器はこれですよ?」
六道の声も姿も霧の彼方へ霞む。幻覚など土俵違いも甚だしい。これじゃ楽しめもしない。
いつも巨大フォークを持ってるくせに出し惜しみをするとは。
やっぱり問答無用で一発殴っておけばよかった。

面白くない。

一気に戦意が下がる。
「つまらないな、これじゃ。」
もうこれ以上相手をしても時間の無駄だ。苛々するがその辺の草食動物でも適当に咬み殺してさっぱりするしかないか。
トンファーを仕舞ってさっさと背中を向けた。

その癖に。
「おや?帰りますか?」
本当に腹が立つ。
けれどもう六道相手に武器を振るう気持ちは全く失せていた。

「少しでも認めた僕の方が馬鹿みたいだから帰る。」
この自分相手にまともに拳を交えることが出来る数少ない相手だから考慮してやったのに。
何もかもがどうでも良くて、いっそ声すら聞きたくなくて、出口へと向かう。
霧に囲まれているが方向は間違えていないはず。
「ふふ……どうぞ、帰るなら消して差し上げましょう。」
六道の宣言どおり、綺麗さっぱりと霧は消え失せた。
振り向くことなく公園を後にする。
其処で一つ呟いた。

今度は正々堂々と相手しなよね、と。

それに六道がどう答えたかは知らないが。
今度見つけたら、問答無用で咬み殺そうと決めた。




END