星降る七夕の夜に 2009

先日、六道の誕生日にショッピングモールに出かけてからというもの。
機会があればちょくちょく出かけるようになった。

「おや。」
「ん。」

中庭には大きな笹が何本も飾られ、色とりどりの飾りが付けられて風に靡いていた。側に置かれた机には短冊が置いてある。
「恭弥君、これなんです?」
「知らないんだっけ?七夕って言う日本の行事。この短冊に願い事を書いて笹に吊るしておくと願いがかなうって言われてる。」
「また安直な。願いなどそう簡単に叶う物ではありませんよ。」
どこか見下した物言いに、雲雀はむっとする。
「日本の行事だよ?いろいろと深い説と理由があっての謂れなんだから、強ち馬鹿にしたものでもないと思うけど。」
「まあ解らなくもありませんが、幾ら恭弥君が愛する日本でも、それはちょっと…」
くすり。
やはりどこか馬鹿にした含み笑いに雲雀の機嫌はさらに下降する。
六道の手を引いて机に近づき、短冊を手にして差し出した。
「試しに書いてごらんよ。馬鹿らしい、なんて思う前に。」
「恭弥君…」
「僕だって他力本願なんて真っ平ごめんだよ。けれどこういう事は特別なんだ、解るかい?」
何が雲雀にそこまで言わせるのか解らなかったが、六道は諦めてペンを執った。
「……願い事って何を書くんです?」
「君、脳味噌沸いたの?願い事って言ってるじゃない。」
「はあ…」

特に願うことなどは無い。
あるならば。

「…・あのね、それ願い事じゃないんじゃない?」
「良いじゃありませんか。僕にとっては切なる願いですよ?君好みの熱い風呂は辛いんです。」
六道が書いたのは、『熱い風呂に入らずにすみますように』だった。シャワーは好きだが、夏の熱い風呂は耐えられない。
「……今日は特別熱いのに入ろうか。」
「酷いですよ、恭弥君!ああ…それだったら 『温い風呂に入りたい』 って書いた方が叶いそうでしたよね…」
がっかりする六道を尻目に雲雀は自分の書いた短冊をさっさと飾る。
それを覗いて六道は首を傾げた。
「君こそ…また夢物語のようですよ。」
「煩いな。僕の願いだよ。どうせなら硯で墨を摺って筆で書いたほうが叶いそうだよね。」
「クフフ…まあ、叶うといいですねぇ、お互いに。」



「…説明して、哲。」
「へい。それが…基地内のボイラー施設が原因不明の故障のようでして…。修理には明日一日掛かるそうです。」
今すぐ専門の業者をと言えば、誰一人捕まらず、やっと連絡が取れた相手も明日でないと無理だと言う。
「それで微温湯しか出ないなんて…」
「…僕の、願い…ですか?」
「まさか。」
先ほど短冊に願い事を付けて帰って来たばかりなのだ。しかもショッピングモールに客寄せと言うより、便乗イベントして行われているような七夕なのに。
そう易々と願いが聞き届けられるとは思えない。
「…君、ボイラー破壊したんじゃないだろうね。」
「そこまでしませんよ!原因不明って彼も言ってたでしょうが。」
それには渋々納得するも、あまりのタイミングの良さに薄ら寒いものを感じる。
「じゃあ今度は僕の願いでも叶うのかな。」
「あんな絵空事が叶うなら、世の中の神と呼ばれる者たちは失業ですよ。もっと簡単なことを祈っても耳すら貸しもしない神よりも有能のようですしねぇ。」
「それは言えるか…。とりあえずご飯にでもしよう。」



食事の後で、甘い甘い時間を過ごして。
心地良い疲労に身を任せて、カーテンを引くと空には満天の星。
「…綺麗だね。」
「…ええ…そ、ですね…」
まだぼんやりとしている六道に苦笑して髪を撫でた。
「汗もかいたし…お風呂に入るかい?」
「はい…シャワー…浴びてきます…。温いのを、ね。」
「……後で僕も行くよ。」
疲れて気の抜けた返事をするくせに、こういう言葉を忘れない。
ふらりと起き上がり、上着を羽織ってバスルームに消える六道の背中を見送って雲雀は再び布団に転がった。
温いシャワーは余り好きではないが、べた付いた体は洗いたい。背に腹は代えられないか、と起き上がり、六道の後を追ってバスルームへ向かった。



脱衣所のドアノブに手を掛けて雲雀は首を傾げた。
人の気配がしない。
胸騒ぎを覚え、慌ててドアを開けると、そこには六道が先ほど着ていたシャツが落ちていた。
「…骸?」
忽然と消えた姿を探して風呂場のドアを開くも、当然ながら其処に姿はなく。
「骸!どこに行ったの!」
「…や、!」
微かに聞こえたのは間違えるはずの無い声。
「骸!…ッ!」
ぴり、と足首に痛みを感じ、そこを見れば。
「……君、何してんの…?」
「…んぐ。」
雲雀の着物の裾を掴んで、足首に噛み付いている
体長10センチ足らずの六道だった。


「一体どうしたの、それ。」
「解りませんよ…」
手の平サイズになってしまった六道を机の上に乗せて、ハンカチを渡す。小さくなった六道に着せる服なんてありはしないから、代用させるためだ。
器用にくるくると巻きつけて、なにやら満足したらしい六道を改めて観察する。
「ボイラーの件といい、君といい…七夕のせいだろうね、間違いなさそうだよ。」
「やっぱり。全くこんな下らない奇跡なんて起こさなくてもいいのに…」
六道の溜息は重い。
だが雲雀とて思惑外れなのだ。
短冊に書いた本来の願い事は、『骸を思う存分見下ろす』だったのに。
どうあがいてもイタリア人である骸に身長は追いつかなかった。紆余曲折を経て恋人という関係になったがやはりこの身長差は些細であってもコンプレックスで。
叶えばいい、と願いを込めて短冊は書いたが…。
「見下ろせ過ぎでしょ、これじゃ…」
これではハグどころか、キスすら満足に出来そうもない。
「まあ、良いんじゃないですか?七夕の呪いならどうせ今日一日で戻ってしまうでしょうし。君はともかく、僕は願いが叶って満足ですよ?」
「呪いって君ね………ああそうだ、骸。まだお風呂入ってないんだよね?」
「ええ…入ろうとしたらいきなり、でしたから。」
「…そう。」
にやり。
それはそれは人の悪そうな笑みに六道は嫌な予感を覚えてふるりと震える。
「…あの、恭弥君?」
「うん、お風呂に入れてないんでしょ?僕が準備してあげるよ。檜のたらいを持ってくれば豪華な気分が味わえるんじゃない?」
思ったよりもまともな答えに、ほっと胸を撫で下ろそうとしたが。
「……勿論僕好みの熱めにしてあげるからね。ああ、温泉の元も入れようか?」
「い、嫌ですよ!折角願いが叶ったというのに!」
「君だけなんて不公平じゃない。」
「君はこれが願い事だったんでしょう!!」
「…………あんまり騒ぐなら茹でるよ?」
「茹で…っ」
はくりと口を閉じた六道を満足気に見下ろし、雲雀は給湯室へ向かった。





END