遠き逢瀬の彼方にて

気がつけば10年後の未来だった。
それが本当かどうか解らないけれど、目の前にいる六道が覚えのある身長よりもかなり高くなっていたことが、それを裏付けた。
……何だかイラっとする。
しかも機嫌が良いようで鼻歌なんかも歌ってる。
更に苛々とした。



そうかと思えば、センチなことを聞いてくる。
「君たち守護者にとって良い世界と言えない今を君は変えたいと思いますか?」
などと。
下らない。決められた未来なんて興味は無い。
それを伝えたら
「やっぱり君は昔の方が可愛いですね。」
なんて言った。
でも『未来結末 』だけが良ければイイなんて、馬鹿げてると思わない?



10年前の六道、つまりは自分が知る彼と、目の前にいる六道とは大分変わった。
何に対してももう少し貪欲であったと思えるが。
穏かになったのか丸くなったのか。何とも言葉にし難いが、どうやら生きていくために苦労したらしい、彼は。

      察するところに君を変えたのは未来の『僕』、ってことでいいの?」

六道の肩が大仰に震えた。
これは是非とも顔を拝んでおきたい所だ。
「ちょっと、こっち向きなよ。」
伸ばされた尻尾のような後ろ髪をぴんぴんと引いてやるも断固として拒否する。
もう少し突いてやればもっと楽しそう。
だが六道は、あ、と声をあげ。
「もう終わりですね。」
と言った。



やっと顔を見せた六道はもっと余裕がないのかと思えば穏かな笑みを浮かべていて。
「君に会えて良かった。君は過去に還りますがどうか忘れないで。」
一旦言葉を区切って、黙瞳する。
「君は君の思う道を歩めばいい。」
何度言えば解るのだろうか。
「だから。解…っ」
もう一度言葉を連ねようにも、それ以上は言えなかった。

「!!…ッッ、ン、ンッ!」

肩を掴まれ、唇を塞がれてしまったから。
頭の上に止まっていた黄色い小鳥が飛び立つ。
慌てて身を引こうにも思ったよりも強い力で拘束されていた。しかも顎まで確りと掴まれて。
微かに頭を振って、僅かに隙が生じた間に罵倒してやろうとした時に、ぬるりと滑り込んできた生暖かいそれは。
舌なんだろうと認識するまでもなく、無遠慮に侵入を果たし。追い出そうと動く舌にぬるぬると絡みついた。
「ん、ンンッ!!…ん、ぅ、んん!!」
六道の胸に手をついて距離を取りたかった。思い切り咬み付いてやれるならば、どれだけスッとするか!
だが遠慮なしに動き回る舌が咥内を擽り、時折ぬちゃり、と耳障りな水音がした。その度に手からも足からも力が削げ落ちる。
特に上顎に六道の舌が触れると、背筋に電気が走るよう。ひくりと勝手に体が震えた。
「…ハッ、はァッ…っん、ん、く…っ」
呼吸も満足に出来なくて、ぐらりと眩暈がした。でもそれが酸欠のせいだけじゃなく、快楽に蝕まれていることも解る。
頭の芯まで痺れるようなそれは、今までに経験したことがなかった。



なんとも腹が立つけれど六道に腰を抱き支えられていたお陰で、震える足が体重を支えきれなくなっても倒れることはなかった。
けれど何時唇が開放されていたかも解らない。
只々息を乱し、罵倒することも出来なかった。
「クフフ…本当に可愛い。キスだけでこれほど腰砕けになってくれるとはね。」
「ハァッ…ハッ…は…、う、るさ…っ、い…っ」
「そんな顔で睨んで凄んで見せても誘っているようにしか見えませんよ?恭弥君。」
睨んでも余裕の笑みを浮かべる六道に一矢も報いることが出来ない。
…本当に悔しい。
みっともなく震える足に力を入れて何とか体を離そうとしたら、視界が煙に包まれた。

「Tu sei cosi` speciale... 」(君は特別だから…)

耳に届いたのは六道から紡がれる異国の言葉。
「ん、何…っ?!」
「Ci vediamo. Posso cambio la mia vita.」(また何時かお会いしましょう。僕は運命を変えることが出来るでしょうから)
「…聞、こえない…っ、げほっ!」
どう目を凝らしても、耳を澄ましても。
もう背の高い六道の姿は見えなかった。



気がつけば見慣れた風景の見慣れた場所で。

しかし体の奥にはキスの名残か。
燻るような熱が残っていた。





END