09:フォルス



そのとき、ひかりが満ち満ちた。 
 
 
砂漠では、水は命よりも重い。 
人は1週間ものを食べなくても生きていけるが、水を飲まなければ3日で死ねる。 
そして辺りは全てを焦がすかのような、灼熱。 
水を巡る争いなど、もはや日常茶飯事。 
人は皆、生きる事に必死だった。 
 
一人の青年が、がっかりとした調子で店から出てくる。 
年のころは17、8といったところであろうか。 
自由に伸びた緑の髪を、額の金冠で押し上げた、野性的な青年だ。 
青年は、いまだ我が物顔で世を照らす太陽を仰ぎ見て、そして睨みつけ、またすぐに下を向いて大地を覆う砂を睨みつける。 
今現在、青年の最大の敵は太陽と砂であった。 
 
「………はあ〜。」 
 
ついに堪えきれずにため息をつく。 
青年の額からは絶えず汗がにじみ出て、輪郭をなぞって顎から落ち、瞬くまもなく砂に吸い取られた。 
 
「どう、すっかな………」 
「あんた、旅人か?」 
 
すると困り果てた青年の後ろから、突然声がかかった。 
驚いて振り向けば、青年よりも少し背の高い人間が立っている。 
顔は、日よけのフードに隠れて見えない。 
凛としたその声から、その人間が男である事が知れた。 
 
「…ああ、旅人ってやつさ。ま、旅に出れない旅人を、旅人と言うならな」 
 
青年は、目の前の人物を警戒しつつも、半ば自棄になって答える。 
そうなのだ。 
青年は旅人だったが、今さっき出てきた店を初めとする町中の様々な店で水を売ってもらえず、旅に出られないのだ。 
どうやらこの町では例年以上に火照りが続き、水をよそ者に分け与えるほどの余裕がないらしい。 
町人の間に漂うぴりぴりとした空気が、何よりその余裕のなさを伝えている。 
常の青年ならついてない、とでも言って気長に雨を待ったのであろうが、今回はそうしていられない事情がある。 
もう一度、青年は先程より大きいため息を落とした。 
 
「急ぎなのか」 
 
そんな青年の心を読んだかのように、目深にフードを被った男が訊く。 
 
「ああ、急ぎだ」 
 
青年は、覇気なく答える。 
すると、目の前の男が何かを考え込む仕草を見せた。 
日よけのフードを押さえている頭の飾りが、しゃら、と音を立てる。 
それをぼうっと聞いていた青年は、目前の男が呟いた言葉を聞き逃した。 
そして暫しの沈黙の後、今度は青年にも聞こえる声で男が囁いた。 
 
「………おまえ、何故、急いでいるんだ?」 
「え?あ、ああ。姉貴がよ、流行病にかかっちまったらしいんだ」 
 
どうして初対面の、しかも顔すら見えない男にこんなことを話しているのか。 
青年自身も不思議に思ったが、どうせ他にやる事もないので何となく話し続けた。 
 
「ついさっき馴染みから手紙をもらって、命に別状はないって書いてあったんだが、そうと聞いたらいても立ってもいられなくなっちまってよ。いろんな店を回ってみたんだが、何処に行っても水が手に入らなくてなあ……」 
 
青年はつい先ほどまでの苦労を思い出し、またひとつ特大のため息をつく。 
その答えを聞いた目前の男は、又しても考え込んだ後、奇妙なことを訊いてきた。 
 
「おまえ……ピーチパイはすきか?」 
「はあ?」 
 
ピーチパイ。 
何故、ここに話が出てくるのか。 
大きく首を傾げつつも、まあ好きか嫌いかと訊かれれば。 
 
「すき、だけど……」 
「よし」 
 
なにが良しなのか。 
青年は首を直角に傾け、怪訝そうな顔をする。 
すると唐突に、目の前の男に腕を引っぱられた。 
 
「ぅえっ?!お、おいっ!ちょっ、と……!」 
 
疲れ果てていた青年は、転がるように路地裏の細くて暗い道に引き込まれる。 
ようやっと青年が男の手を振り解けたのは、元居た場所への帰り道が分からない程奥地へきてからだった。 
 
「おいって!いきなり何すんだよっ!」 
「ピーチパイをすきなやつに悪人はいない」 
「はあ?!」 
 
訳が分からない。 
青年は、ようやっと目前の男を強く警戒し、戦闘態勢をとろうとした。 
だが、それは目の前の信じられない光景で半端なものとなる。 
 
そのとき、ひかりが満ち満ちた。 
 
男の周りを、青い焔のような揺らぎが包む。 
男はおもむろに胸の前で手を握り、唐突に開いた。 
そこからは無慈悲な熱さをばら撒く太陽とは違う、柔らかで、涼やかなひかりがあふれ出た。 
そしてまた唐突にひかりが止み、男の手からは、――信じられない事に、水が泉のように湧き出したのだ。 
青年は、息をする事も忘れ、呆然と、ただその奇跡のような光景に魅入った。 
 
この地には、誰もが知る御伽噺がある。 
 
水の神は気まぐれで、普通の人間にはときどきしか雨を下さらない。 
そして水の神は気まぐれだから、気に入った人間へは永遠の水の加護を与える。 
加護を受けた人間は、髪の色が青銀、瞳の色が蒼色なのだそうだ。 
 
走り回ってもぴくりとも動かなかった男の日よけが、不可思議な力によって捲れ上がる。 
そこから覗いたのは、美しい顔に美しい髪に美しい瞳。 
神に愛された人間が、そこにはいた。 
 
「俺は、この町から出たい」 
 
ふいに、男の声で青年が我に帰る。 
目の前の男は、青年とそう歳は変わらないようだ。 
だが、背はわずかに高く、全体的に華奢。 
 
「俺は、何故か氷を操れる」 
 
この地では、すぐに溶けて水となるけれど。 
 
「俺を、一緒に連れて行かないか?」 
 
青年は、考える間もなく答えていた。 
 
「俺はティトレイ、ティトレイ・クロウだ。よろしく頼んだぜっ!」 
「……交渉成立だな。俺はヴェイグだ」 
 
そうして、旅は始まる。





・・・ティトレイの金冠描き間違い(汗)