夜の歓楽街を歩くのは、佐伯克哉にとってはたくさんある苦手な事の一つだったらしい。
午後21時20分。恋人の御堂孝典との待ち合わせに遅れそうになった克哉は店の勧誘をなんとかかわしながら歩いてはいたのだが、その都度克哉は怪しい店の中に引っ張り込まれそうになりがらだったので傍から見ればかなり危なっかしい人物だっただろう。気が弱そうで人柄の良さそうな雰囲気を醸し出している克哉は、店の誘いにはひどく弱そうだった為夜の街では火の中に飛び込むウサギのような存在だった。
街のネオンは煌々としていて、ひどく目には悪そうだ。この往来には風俗店やパブ、バー、カラオケに横道に入ればラブホテルと、治安的には最悪な場所だった。
「あの…オレ急いでて」
昨日出張先のビジネスホテルで一晩を明かした克哉の携帯電話に、御堂から連絡があったのは丁度昼を過ぎた頃だった。結局今日の夕方まで主張先で仕事だった克哉は、16時には新幹線に乗れるようにチケットの手配をした。御堂といえば今日も多忙だったのだが、克哉が帰る時間に合わせて仕事を切り上げるから外で夕食でも取ろうと、新幹線の到着駅とMGNの距離をふまえて中間の場所をとって待ち合わせた場所がこの歓楽街の先にある大きな公園の時計の下。新幹線の停車駅まで迎えに行くという御堂に気を遣った克哉が待ち合わせの場所をそう指定したのだ。
その提案を聞いたときに顔を顰めた御堂は誘惑の多いこの道に克哉を近づけたくなかったのだが、克哉はそんな御堂の心を知らずに、公園までの近道だとこの道路を通ることを選んでしまった。それは新幹線が遅れ、更に繁華街の人波に揉まれて時間を流してしまったからで、決して克哉とて好んでこの道を通っているわけではないのだが。
それは店の勧誘を断るのが億劫だというのもあれば、キャッチセールスにも克哉はよく捕まるからだ。
「お兄さん良く見るといい男だね〜。どう?うちの店で働かない?」
だが、この手の勧誘は初めてだった。まさかホストになれ!とでも言われるのだろうかと、克哉は身体をこわばらせて鞄をぎゅっと握りしめる。
「ね、オニーサン」
「え?いえ…その…」
明らかに風俗のだろう立て看板を持ったスーツ姿の男が一人、克哉の肩を掴んで顔をぐっと近づけてきた。さらりとした薄茶の髪、目立たないが良く見れば一つ一つのパーツが整った顔立ち、滑らかそうな肌質。男には克哉がとても美味しそうに見えた。
反応から伺える気弱そうで従順になりそうな気質も、男の欲をそそる。
「ほら、肌なんて透き通るように綺麗…うち男が好きっていうお客さんも取ってるんですよ。副業なんかに、どうですか?っていうか、俺がお近づきになりたいな〜なんて」
「え?」
突拍子もないことを囁かれて、克哉は脳内でうまく言葉を切りかえられずにしどろもどろと返事を返してしまうが、道の真ん中でキスされそうなほど顔を近づけられてはっと身を逸らした。夜の街の人混みは半端ではないのに、この二人に気を止めるほど、皆暇ではないのだとでもいうように、克哉の側をすり抜けていく。
「あの!困ります…」
み、御堂さんっ!!
と心の中で助けを呼んで俯いて目を瞑った時だった。
掴まれていた肩の腕が誰かの手によってふりほどかれたのだ。「誰だ」と男が言うより先に、克哉がそっと目を開いてみれば、そこには真直に背中を伸ばして立っている仕立ての良いスーツを着た、見慣れた後ろ姿があった。