ちねきて



 もうずっと前から、俺は知念クンが好きだった。

 彼は普段は寡黙で必要な事さえも言わないような子だけど。
 でもさりげない優しさも、人として大切なものもちゃんと持っていて。

 でも俺は知念クンを好きだと思うことで、ただもうそれだけで満足してしまったから。
 例えば彼が平古場クンたちとふざけて笑ってるところとか、部活でのスパルタにも負けないで練習試合に勝ったときとか。
 知念クンが知念クン自身の人生を謳歌しているのを横で眺めているだけで嬉しくなってしまうから、その世界を壊さないよう一歩離れたところで大切にするのが良かった。

 そんなだから好きだと告げることすら思いつけないまま、見ようによっては一線を引いた場所で、けれど俺にとっては一番自然に彼を好きでいられる距離で。
 呼吸をするように、知念クンを好きでいた。

「永四郎」
「何、知念クン」

 こうして話をするだけで俺は幸福感に満ち溢れて、でも決して表情には出さないけれど。

 その声で俺を指し示す言葉を使ってくれるのが嬉しくて。
 その目で俺を見て、意識を向けて。

 知念クンが、知念クンを象る全てのものが少しでも俺の方に向くだけで、誰よりもきっと幸せだと胸を張れた。

『永四郎、わん…永四郎が好ちど。その…キスしたいとか、そういう…意味で』

 だから俺を見て、知念クンが頬を赤くして緊張して、普段寡黙な彼にしては大胆で破廉恥なことを言ったときも、それどころじゃなくて。
 嬉しくて嬉しくて黙って彼の声に耳を傾けていたけれど。

『え…?何て言ったの?』
『あ、…だ、だから…わん、永四郎ぬくとぅ、好ちなんばぁよ』

 理解できた言葉は、信じられなくて。

 何度も言うけど俺はほんとに知念クンが好きで好きでしょうがなくて。
 箱の中に知念クンを閉じ込めて毎日毎日24時間見ていたいくらい好きなんだけど。



 でも俺には、知念クンに好かれることが出来ない。



 知念クンを好きな気持ちしかなくて、知念クンに好かれることが出来ないなんておかしな話だと思う。
 でもほんとに俺は知念クンが健やかに毎日を過ごしてくれるのが、それだけが俺の望みで。

 知念クンが望むように付き合いたいとか、キスしたいとか、いつかはセックスがしたいとか。
 そんな望みは全く持っていないことに気付かされた。

 俺はただ知念クンが好きで、知念クンが自分の人生を謳歌してくれていれば幸せなのに。
 悲しい事があっても辛い事があってもそれを乗り越えられる強さを持って、成長してもっと魅力的な人間になってくれる事が一番の俺の幸せで。

 その知念クンの望んでいるのが俺なのに、その俺が望みを叶えてあげられないのが悔しくて悲しくて。

「知念クン、あのね…」
「わかってるさ、わかってる」

 知念クンの部屋で二人きりになって、彼の視線が意味ありげに俺へ投げかけられても俺は逃げる言葉を捜していた。

 体だけでもいいなら今すぐにでも全部知念クンにあげるけど、きっと知念クンはそれじゃ駄目で。
 知念クンの望みは単にキスやセックスがしたいだけじゃなくて、俺が知念クンを好きで知念くんとキスやセックスをしたいと思った上でのそういう行為だから。

 嘘でもそう言ってあげればいいかもしれないけど、きっと知念クンは気付いてしまうから。

 だからたぶん永遠に叶えてあげられない望みなんだと思う。

「知念クン、俺も知念クンが好きですよ」
「わかってるさ」
「うん、ごめんなさいね」

 だから、知念クンを悲しませてしまう自分が、俺はほんとに疎ましくて憎らしくて。
 他の人と同じように、それこそ知念くんと同じようにそういう望みをもてたらいいのに。

 知念クンが好き、知念くんとキスがしたい、セックスがしたい。
 そう、自然に思えるようになればいいのに。

 俺なんかいなくなってしまいたいと思うことも何度もあるけど、それは駄目だと知念クンが言うからそれも出来なくて。

「ごめんね、知念クン」
「わかってる、永四郎。わんこそ、わっさんど」

 口先だけの薄っぺらい謝罪なんかで、どうにかなるものじゃないのも分かってるのに言わずにいられない。
 だって知念クンは知っているから。

 大好きな知念クンに望まれた事を、俺は名前も知らない人に強要された。
 それが一回きりじゃなくて、小学校を卒業するまでに数え切れないほどにある事。

 知念クンが望むそれと、俺が経験したあれは行為は同じでも本質が違う事は重々分かっていて。
 分かっているから何度か試して見たこともあったけれど、でもまったく駄目だった。

 俺の体は快感を拾うどころか全く反応しなかった。

 知念クンの節くれだった大きな手に撫でられても、その薄い唇が触れても。
 熱くなる知念クンの体と、全く熱を持たない俺の体。
 心臓ははちきれそうなほどに中から俺の胸を叩くのに、知念クンが俺に触れてくれる事がすごく嬉しいのに。
 俺のペニスは勃起しなかった。

 それは行為の遂行には全く問題無かったのに、知念クンがすごく悲しい顔をしたから結局上手くいかなかった。

 念のためにもう一度言うけど、俺は知念クンが幸せならそれでいいから。
 だから俺の方が駄目でも、知念クンが俺の体を使ってくれるならそれで十分幸せなんだけど。
 でもやっぱりそれじゃ駄目だって他でもない彼が言うので。

 多分俺が知念クンと同じになるには、名前も知らない大人にされたことを認めて乗り越えなければいけない。
 でもそれを乗り越えるには俺も知念クンも子供で、誰かに助けを求めるにはもう大人で。
 もう終わってしまったことだからと、思い出したくないと、思う気持ちも確かにあるから。

 落ち着いているだとか、大人っぽいだとか言われる俺はいつまでも子供のままで。
 素直に大人になろうとする知念クンの気持ちが、いつか薄れてくれる事を願っている。

「知念クン、いつか俺じゃない他の人を好きになって」

 だから、大切な知念クンにこんな酷い事を言える。
 そんな自己中心的な自分が、俺はやっぱり疎ましかった。


end

完成:2007/09/02
UP:2007/12/04