少年8

「っは、はぁっ……ぁ、あっ!」

 永四郎の若く滑らかな肌を余す所なく撫で回して、好きなだけ舐めつくした。
 どこもかしこもピンと張ってしなやかなその肢体は、どれほど触っても飽きることなく違う表情を見せた。
 その性器すら、私は撫で擦るだけでは飽き足らず口に含んで慈しんだ。
 私から与えられる快感に身を捩って声を上げる彼を、心から愛おしいと感じる。

 常日頃から私を咥え込んで愛撫する肉壁に指を差し込み、ゆっくりと掻き回せばそれだけで溶けた悲鳴が耳を焼く。
 私に向かってあられもなく足を開く永四郎は、いつもと同じ淫らで愛らしかった。

 とっくの昔に、私は夢の中の永四郎を愛していた。
 永遠に私の傍にいる彼を。
 
「あ、あ……っ、気持ちい、ぃ……っ」

 更なる快楽を求め素直に腰を振り立て、普段の凛々しい表情から快楽に染まった顔をして求めてくる。

「ね、指より……もう入れてください……」

 私を強請って腕を伸ばすその仕草に抗えようはずもなく、彼の膝を折り畳んで体を密着させる。
 自然と触れ合う範囲の広がった永四郎の体は、どこもかしこもしっとりと汗ばんで私に吸い付いてきた。
 
 包み込む内壁の感触を味わいながら少しずつ、猛る陰茎で永四郎の体内を犯していく。
 堪えるように眉を寄せているその顔は、挿入が深くなるにつれて満足げな色を乗せる。
 年齢に不相応なその変化は、寒気がするほどに扇情的だった。

「っ、ぁ、は……っ、あー……」

 遂に根元まで咥え込ませた時、大きく胸を喘がせた彼が溜息と共に声を漏らす。
 腹の奥から込み上げてくるものに抑えられず律動を開始すると、それに呼応して引き締まった腰が振られる。
 絞り込むように包み込む内壁は濡れて熱く絡みつき、永四郎が息を継いで堪える度にきつく締まった。

「あ……、あ、あ、っ……」
「ッ永四郎……」

 開いた唇から覗く真っ赤な舌に誘惑され、私は彼の足を更に深く折り畳んで唇の端を舐め上げる。
 すぐに唇同士が触れ合い、それだけでは足りずに深く合わせて舌を絡ませた。

「ん、ぅん、んっ」

 舌が擦れ合うのと同じ間隔で私が突き上げる肉が締まり、この触れ合いが彼の性感を刺激しているのだと分かる。
 私の背中を撫で上げる彼の手が戯れに柔く爪を立てるのもまた、絡まる舌と同じく私の興奮を高めた。

 けれども突然身体が横に振られ、私が面食らって顔を離すと同時に立場は逆転していた。
 組み敷いていたはずの永四郎に組み敷かれ、慣れ親しんだベッドを背にして天井を眺める事になった。

「いつもみたいに、気持ち良くしてあげます……」

 首に回されたままの手が言葉と共に耳朶をくすぐって、密着していた身体が起き上っていった。

 情欲に塗れた目を細めて唇を舐める永四郎が、膝を立てて私の腰の上で踊る。
 それはいつもと同じ、私の待ち望んでいた快楽だ。
 けれど欲深い私はそれだけでは足りず、無暗に手を伸ばしてはその瑞々しい肌に触れたがった。

 筋肉の乗った張りのある内腿を撫で、その奥へ。
 擦り付けるように腰を動かす彼の袋を揉みしだき、反対の手では自ら零した滴と私の唾液に塗れた若い幹を扱き上げた。

「ぁは、っは……あ、ぁ……」
「……っ、ん……!」

 不意に根元を強く締め上げられてだらしなく声を漏らした事に、彼はとても大きな満足感を得たようだった。
 唇を吊り上げ、一方で私から与えられる性器への愛撫に身悶えながら上体を倒し腰を弾ませて私の陰茎を刺激した。

「あっ、……あ、っぁ、」
「っ、ぁ……っう……っ」

 きつい締め付けが根元から先端を何度も往復し、彼の臀部と私の腰が叩きつけられる音がベッドの軋みの陰で微かに響く。

「ここ、っ……、触ってくださ……っ」

 柔らかい袋を弄ぶ私の手を掴んで引き出した永四郎は、頬を上気させて目を伏せながらも大胆に卑猥な要求を押し付けた。

 吐息の合間に零された言葉と共に触れさせられた胸元では、立ち上がった肉芽が色を変えて主張している。
 乞われるままそれを指先で挟み、押し潰して擦る。
 途端に陰茎の先から露が滴り落ちて、どこまでも淫蕩に従順な体を持つ永四郎に私は目を細めた。

「っひ、あ、あぁ!」

 戯れに滴を零す先端を弄くって強く擦ると、それが堪らないのか体を痙攣させて一層卑猥な声で鳴いた。
 跳ね上がった腰は壊れたように激しく振り立てられ、私と同じように彼もまた浅ましく息を荒げて絶頂へと駆け上がっていく。

「あ、あっ、ぅあ、あっ」

 そうだ、私と彼は同じ場所へ落ちていく。
 欲に塗れ、欲に突き動かされて背徳的な性交に耽るのだ。
 例えそれが真実は私一人で、目を開ければ消えてしまう霞だったとしてもだ。

「永四郎っ、」

 突き上げる射精の欲求に逆らえるわけもなく、私は恍惚と昇りつめている少年の中へと吐き出した。
 反射的に動く私に下から押し上げられて腰をうねらせる永四郎は、無防備に喉元を晒して喘ぎその肢体を震わせる。
 吐き出す間にも彼が律動を止めない所為で、私と永四郎を結ぶ場所から溢れて音を立てた。
 内壁が放った汚濁に塗れあたかも内へ擦り込まれるような錯覚に、目が眩まんばかりの興奮を覚える。
 常日頃ほぼ射精と同時に目を覚ましていた私は、その先を体感した事に場違いな達成感を感じる程に没頭していた。

「ッ……ぁ、は、あ……あぁ……っ」

 やがて永四郎の腰が沈み込んで微かに跳ねるだけになり、内壁が飲み込むような深い動きをし始める。
 同時に私が掴んだままの陰茎が粘り気のある濃い精液が溢れさせ、手の甲を撫でて腹の上にゆっくりと落ちていった。
 その生々しい感触に私はふと違和感を感じたが、それよりも先に頂から転がり落ちた永四郎が私の方へ倒れ込んで来る。

「先生……」
「っ……!」

 呟かれた言葉に、私の体は硬直して永四郎が唇を吊り上げるのが触れている首筋から感じられる。

「やっと、やっと会えました……知念先生。何を犠牲にしても貴方に会いたかったんです。貴方の傍にいられるのなら、誰を騙すのも厭いません」
「な、んで……」

 柔らかく歌うような口調で、私の胸元に熱い手を這わせながら永四郎が言った。
 渇いた喉から絞り出した声に、夢を見る様な視線で顔を覗き込んでくる。

「貴方の親戚の転校生、俺に自慢して来たんですよ。親戚に小説家がいるって。今度遊びに行くんだって。何て身の程知らずなんでしょうねぇ先生」
「…………」

 恐ろしい現実は、私を開放してはくれなかった。
 夢に逃げ込む事は出来なかったのだ。

 逃げ込んだ夢に、現実が追い付いてしまった。


「だから言ったでしょう、先生」


「先生と俺は運命で繋がってるんだって」



 私は奇しくも、以前の薄情な自分が望んだ通り、手紙の主の結末をこうして書き起こす事になってしまった。
 幼いあの日に私が殺せなかった蛇のように、悪夢は暗闇で目を光らせて私を待っていたのだ。
 私は無防備にも驕りを覚え、その悪夢に身を委ねて喉元を晒してしまった。
 足元を絡め取られてから抵抗をしても、それは彼にとって楽しめる遊戯でしかなかったのだろう。

 けれども、私はもうこの悪夢から逃げる事はしない。
 それは立ち向かうなどと言う勇猛果敢な精神からでは到底なく、すでに陥落させられ這い上がる気力すら奪われているからだ。
 死すら私と彼を分かつ原因となり得ないと断言するであろう少年に、私は完膚なきまでに平伏している。
 私に執着する永四郎と言う少年は、私自身があの手紙で作り上げてしまった悪夢だ。

 けれど。
 私は一人、永四郎も一人。

 互いに相手を愛し、慈しむ愛情を私も永四郎も持ち合わせてはいなかった。
 夢で彼を汚し続けた私も、手紙の中の私を憧憬し追い求めてきた永四郎も、虚像の相手を求めているだけに過ぎない。
 全て承知の上で、悪夢から逃げ出す事を放棄した。

 それでもこの感情を言い表すならば、言葉はただ一つしかない。



 私は永四郎を愛しているし、永四郎もまた私を愛している。』




 ぽたり、と目の前の紙に汗が落ちた事に気づいて新垣は顔を上げた。
 長い間読み耽っていたらしく、窓から落ちる光は赤みを強くしていた。

「…………」

 これが事実だと言うのだろうか。
 登場人物の『私』は明らかに知念だ。
 名前からも、描写からもそれは理解できる。
 家の間取りもこの辺りの風景も、そして自分も登場しているのでその事実は揺るぎ難い。

 そして確かに、何度も連絡する内の一度だけ新垣は年若い少年に知念への電話を取り次いでもらった事があった。
 声が若い割に丁寧な対応を受けて、その少年を褒めたのも覚えている。

 けれど、この『永四郎』と言う少年。
 果たしてあのストーカーが、たった15歳の少年だと言うのか。

「読んだばぁ?」
「っひいいい!!」

 突然背後から低い声を掛けられ、新垣は飛び上がるほどに驚いた。
 事実、ギシリと椅子が軋んだ音がしたので本当に飛び上がったのだろう。
 慌てて振り返ると、とても楽しそうに口の端を薄く持ち上げる知念が立っていた。

「せ、先生……本物、ですか」
「……わんは一人しかおらんどー」
「っですよね!ですよねぇ!」

 自分の記憶に残るのと同じ彼の姿に、安堵の息を大きく吐き出した。
 それから握り締めていた紙を置いて椅子から立ち上がると、凝り固まった体を伸ばすために腕を頭上に上げる。

「あ、勝手に入ってすみません」
「構わんさぁ、そろそろ連絡しようと思ってた」
「嫌でもびっくりしましたよ。誰もいないし、何か変だし」

 自分の感じた異変を知念に話すと、彼は肩を竦めて笑った。

 たまたま近所の人がくれた花をただ枯らすのは勿体ないと思って飾った事、家に誰もいなかったのは買い物へ行っていたからだと言う事。
 手紙も、留守番電話も、今日新垣が来る事を分かっていて驚かせるために少年と共に小説に合わせてやったものなのだと言う。
 自分の疑問に答えるように訥々と知念が口を動かす度に、新垣は自分の中で安心感が深くなっていくのが分かった。

 やはり、あの小説はフィクションだ。
 恐らく夏にやってきた親戚の少年との生活をヒントに、いつもとは作風の違うものを書いてみたくなっただけなのだろう。
 一歩間違えば倫理的に非難されかねない内容の件は、この際彼の特異な思考に免じて触れない事にする。

 あるいは、こんな悪戯を考えるようになるほど少年と打ち解けられたならそれは新垣にとても嬉しい事だ。
 この作家の人付き合いの細さは、常々心配していた事でもあったから。

「それで、その少年は?永四郎君って言いました?」
「あぁ、もう親戚の家へ帰った」
「そうなんですか。何だ、会ってみたかったのに」

 特に考えもせず口走った言葉に、知念は机の上の紙の束を持ち上げる手を止めて振り返った。
 思わず新垣は彼の表情を伺ったが、そこにはいつもと同じ無表情気味の知念の顔があるだけだ。

「先生?」
「……人見知りするから」

 ふと視線を落として引き出しから取り出した書類袋の中に紙を入れた知念の言葉が、永四郎と言う親戚の少年の事を指しているのに気付いたのは少し時間が経ってからだった。

「……、そ、そうですか」

 何とも言えない気分になって辺りを見渡すと、本棚の本が少なくなっている事に気づく。

 知念は元々読書好きな人間だ。
 資料以外にも自分が楽しんで読むだけの本も集めている。
 そしてそれを、捨てる事が出来ない。

 だからいつかこの部屋は本で埋まってしまうと新垣は思っていたのだが、本棚から溢れかえり床に塔を作っていた本たちが軽く視線を流しただけでも分かるくらい減っているのだ。

「先生、ここにあった本は……」
「あぁ、使わないやつは全部処分したさぁ。残しておいても、必要無いあんに」

 その違和感は、妙に新垣の心を突いた。
 本を大切にする彼が、処分するとは思えなかったからだ。
 しかし、実際に本は減っている。

「新垣」
「はい?」

 本棚をいぶかしげに眺めていた新垣に知念が声をかけて、振り返った途端書類袋を押し付けられた。
 それは、先程まで自分が読んでいたあの小説が入った袋だ。

「いや、……知念先生、うちはホラーなので」
「分かってる」
「少年愛の話はちょっと」
「分かってるさぁ。やしが置いてても意味ない。これは、新垣が好きにしてくれたらいい」
「……一応、上に聞いてみますね」

 受け取ったそれは、なぜか重みを感じさせた。



 これから少年に会いに親戚の家へ行くと知念が言い出したので、新垣は手早く連絡事項を告げこれからは生存確認だけでもちゃんとできるようにして欲しいと念を押してから家を出た。

「あれ……」

 門扉の前に停まるタクシーを見つけ、怪訝に思っていると背後から読んでおいたと知念の声。
 そんなに早く親戚の少年に会いに行きたいのかと皮肉じみた思いを浮かべながら、だったらもっとハートフルな作品を書いてほしかったものだと考える。

 もっとこう、親戚の少年と一緒に恐怖の館へ閉じ込められ脱出するために色々な危機を乗り越えるとか。
 ありふれた話を考えついて首を横に振り、知念の作風ではないなと思う。

「それじゃあ先生。失礼します」

 軽く頭を下げ、タクシーの座席に先に荷物を放りこんでから自分も乗り込む。
 冷房の効いた冷たい車内にほっと息をついて、扉の傍に立った知念を見上げた。

「扉閉めますね」
「はい」

 運転手が一声かけるのと同時に、音もなくタクシーの扉が動く。
 大きな音を立てて閉まる瞬間、知念の薄い唇が微かに動いて音を発した。

「え?」

 驚いて聞き返す前に、車は走り出していた。
 すぐに遠くなる長身の人影を振り返れば、無愛想な彼には珍しくこちらに手を振っている。
 それが先程の言葉と重なって、新垣は酷い不安感に苛まれた。

「どういう意味……?」

 車が角を曲った瞬間、人影とすれ違った。
 人里離れたこの場所に誰かが通りかかるのは珍しく、新垣はその人影に思考を奪われる。
 角を曲がりきった車がすぐにスピードを上げ始めた所為で、その人影を完全に視界に留める事は出来なかった。

「いや、……まさか」

 けれどその人影は、少年だったような気がした。

 背の高い、大人びた少年だったような。




 新垣が作家の知念寛を見たのは、これが最後になる。
 色々な手を尽くして捜索したのだが、終ぞ見つかる事はなかった。

 そしてあの少年もまた、二度と姿を現す事はなかった。


 あの原稿は、今でも新垣の机の中に眠っている。









2010/08/02:完成
2010/08/05:UP