甲斐が忘れものに気付いたのは、部活が終わってから寄り道したファストフードの店でのことだった。
行くのが面倒で少し悩んだが、明日の授業でどうしても提出しなければいけないプリントだったので仕方なく家に帰る前に学校へと戻ることにしたのだ。
今思えば、明日朝一で部室に寄って教室で誰かに写させてもらえばよかった。
いつもならそうしているのに、どうして今日に限って真面目に取りに帰ったのか。
後々後悔するのを、甲斐はまだ知らない。
夕暮れの光を背中に浴びながら学校へやってきた甲斐は、グラウンドを突っ切ってテニスコートの傍にある部室へ向かう。
しかし部室の傍まで来たときに、もうみんな帰ってしまって鍵がかけられているかも知れないと思い当たり裏手にある窓から中を覗き込んだ。
誰もいないなら、職員室にある鍵を借りてこなければいけないから、その確認のつもりだった。
「………あい?」
もう薄暗い部室の中で、黒い影がもぞもぞ動いている。
暗闇に目が慣れていない甲斐は何度も瞬きをして目を凝らし、その影を見つめた。
「…ゆくし」
その影の正体が分かった瞬間思わず呟いていて、とっさにしゃがみこんだ。
腰ぐらいの高さのところにある窓からは、しゃがみこめばこっちが見えないはずだ。
そのまま部室の壁に凭れながら、甲斐は中の人間に悟られないよう注意深く息を吐き出す。
「…ぬーがや、あり」
口の中で言葉を転がしながら帽子を脱ぎ、窓のサッシに手をかけてそっと体を伸ばした。
薄暗い部室の中に慣れた目は、ほとんどはっきりその姿を浮かび上がらせる。
そこには木手と知念がいた。
二人がいることは何の問題もない。
彼らはテニス部で、レギュラーで、その中でも特に真面目な人間たちだ。
木手は部長だからよく遅くまで残っているし、知念も木手に練習内容や備品の買い足しなんかの相談をよく受けている。
二人がいるなら中に入ればいいが、それはできなかった。
彼らはセックスしていた。
しているんだろう、と甲斐は思う。
知念がこちらに背を向けるような感じで二人は絡み合っているが、完全に背を向けているわけではなく少し斜めになっているので木手の表情もよく見えた。
仰向けで床に押し倒された木手は知念に両手を頭の上で押さえ付けられて、手を離してほしいのか時々身を捩っては肩を浮かせている。
開いた両足を胸につきそうなほど体を折りたたまれている様子は、いくら体の柔らかい木手でも苦しいんじゃないかと思った。
もちろん、ジャージも下着も片足にまとわりついているだけで、ほとんど脱いでいる状態だ。
その足の間に腰を押し付けている知念のジャージと下着もずり下ろされていて、背後から見るにはちょっと滑稽だったが彼らが直に下肢を擦り合わせているのは間違いなかった。
極めつけが、木手の口に押し込まれている比嘉中のジャージ。
「……、無理やりばぁ?」
木手の動作は見ようによっては、逃げようとしているようにも見える。
けれど知念が体を倒して胸の辺りに顔を埋めたり、木手の股の間に手を伸ばしたりするとどうみたって気持ちよくなっている顔をする。
絡んだ衣服やアングルの問題でよくは見えないが、あれは乳首に吸い付いたりペニスを愛撫したりしてるんだろうかと思うと見ているこっちが恥ずかしくなってきた。
それに、知念が木手を、というか誰かを無理矢理に襲うことは考えにくかった。
テニスでは短気な所があるにせよ、知念は概ね穏やかで理性的な人間だ。
甲斐や平古場が性質の悪いいたずらをしても、木手みたいに喧しく怒らない所がいい。
「…げ、ぬーがよ…あり本物かやー」
知念が腰を引くと、木手の中に押し込まれていた物が抜けてくる。
声を上げてしまって自分の口を押さえた甲斐は、もう一度部室の中を凝視した。
およそ中学生とは思えない長さと太さがあるペニスが、また木手の中に押し込まれていく。
呼応するように木手の膝が震え、首を左右に振り立てる動きに合わせてジャージも揺れた。
知念の大きさもだが、それを受け入れられる木手にも驚く。
力が抜けたようにその場に座り込んだ甲斐は、体を反転させて部室の壁に背中を押しつけるとぼんやり遠くを見つめた。
そう言えば、今まで知念が裸になるような場面にはお目にかかったことがなかった。
海では水着にならないし、プールや銭湯はそもそも誘っても何だかんだと理由を付けてこない。
合宿の露天風呂でさえ、時間をずらして入っていた。
「にしてもすげぇな…」
未だ脳内に残る衝撃の映像に、つい自分のスラックスのベルトを緩めて中を覗き込む。
標準のはずだ。小さいとは言えないはず。
けれど知念のペニスを見てしまった後ではどうにも信じられず、もう一度だけと心に念じて窓を覗いた。
揺さぶられる木手の足と、ユニフォームの上着に包まれた知念の背中、開いた足の間で動く引き締まった尻の向こうに見える大きなペニス。
両手の拘束が解けたのか、木手の手が知念の腰に回っているのがわかって甲斐は何となく安心した。
そうしてまた部室の壁に背中を預け、確認のために自分の下着の中を覗き込む。
どう見たって、アレよりは小さい。
でも多分、普通ぐらいのはず。
何とか自分を励まして頷いた甲斐は、脱いだ帽子を被り直した。
しかしその時、背中を付けていた壁を伝って聞いてはいけない声が聞こえてくる。
『ひいっ…んぁ、ああぁっ!や、だ、知念クン!』
ジャージが口から外れたのだろうか、泣きじゃくっているような声で木手が知念の名前を呼んだ。
プレハブの部室は閉め切られているが、防音性が高いとは言えない。
漏れ聞こえてくる声にゴクリと息を呑み、これが最後だと決めて身を伸ばす。
『っは、あ、あ、っー…!』
「…!?」
最早木手は声を堪える事すらできないらしい。
その声が一般的に見て大きいのか小さいのか、甲斐にはわからないが締め切られた窓からも伝わってくるという事は随分大胆だという事だけはわかる。
しかしそれもこれも、原因は今の体位とさっきから甲斐の関心を一気に集める知念のペニスにあるはずだ。
『ち、ね…っ、あっ…う、』
甲斐が覗いた時から、体位は変わっていた。
知念は木手の足を片方だけ肩に引っ掛け、太ももを抱え込むようにしている。
もう片方の足は地面に落ちたまま知念の両足の下を通り、時々床を引っ掻くように動くだけだ。
そのせいで木手の下半身は横向きに寝そべるようになり、腰を捻って上半身は俯せて頬を床に押し付けている。
ご丁寧にも、二人の結合部はこちらに向けて開かれていた。
勃ちっぱなしで放って置かれている木手のペニスが既に精液で濡れているのも、意外と白い内腿にも同じ物が付着しているのもはっきり見えた。
ゴク、と甲斐の喉が鳴る。
隙間なく押し付けられた知念の腰は、先ほど垣間見たアレが根元までギッチリ木手に嵌め込まれている事を示している。
そして甲斐の目の前で、知念の腰が引かれていった。
「…ゆくし」
本日二度目の呆然とした呟きを、甲斐は押さえる事を忘れていた。
『は、あ…ぁあー…っ』
陶然とした喘ぎ混じりの溜息を零しながら、木手が床に額を擦りつける。
大きく肩が上下している所を見ると、ただ抜かれるだけでどれほどの強烈な感覚を木手に与えているのかが分かった。
粘液を纏って引きずり出された知念のそれは、甲斐が見たことのあるどの性器よりも大きかった。
が、ド肝を抜いたのはそれだけでなく長さだ。
二人の下肢を最後まで繋いでいた粘液の糸が切れても、そのペニスは半ばほどまでその姿を見せただけだった。
そしてまた、木手の悲鳴交じりの声と共にその体内へ押し込まれていく。
『っう、ああぁ…、…っ』
木手の背中がくねって上へずり上がろうとするのを、知念がその腰骨を掴んで引き留める。
深さを増して押し進むモノの長さに、木手の声は掠れて消えた。
再び、甲斐はずるずると部室の壁に縋って座り込む。
呆然自失とでも呼べそうな体で、自分のベルトのバックルをただ見下ろした。
それでも何とか大きく深呼吸を繰り返して、とりあえず、と思考を転換させた。
とりあえず、今日の所は帰ろう。
きっともうしばらくは、部室の中に入れないだろうから。
懸命に頭を回転させた甲斐が、部室の壁から離れようとしたその時だった。
『あ、あ、やだ、っ!知念く…っ待って!』
最早プレハブ小屋の壁など、あってないような声が響いてきた。
今の今まで陶酔したような様子だった木手の、慌てたような驚いたような声だった。
『っひ、あぁ、あ、あ、い、いやっ…!』
切れ切れに聞こえるのは恐らく揺さぶられているからか。
先ほどまでとは何となく違うような声色に、甲斐は迷う。
二人が合意の元でしている事なのだから、本来ならさっさと立ち去って今日の事は忘れるのが一番だ。
けれどあの外国人レベルかと思うほどの一物を受け入れている木手の体は、果たして大丈夫なのだろうかと甲斐は思う。
いやいや、でも、と部室の壁から一歩だけ離れると言う中途半端な位置で立ち尽くす甲斐に、一際大きな声が漏れ聞こえる。
『や、やめっ…!っひ、いやぁっ、死んじゃう…!』
聞いた瞬間、甲斐の脳裏でメーターが振り切れるような音がした。
木手がヤリ殺される、甲斐は本気でそう思った。
「木手!!ひーじーか!!」
バァンッ!と鋭い音を立てて開かれた部室の扉に心底驚いたのは、恐らくは知念だけだろう。
堀の深い目を一杯に見開いて、こちらを見ていた。
けれど甲斐はそれに構っていられない、今は人命が何よりも優先だった。
「木手!」
木手は先ほどと同じような体勢で、知念に片足を抱えられた状態で体をひねって俯せている。
ピクリとも動かないその背中を項から汗が垂れていって、甲斐は嫌な予感に襲われて駆け寄った。
「えー、…裕次郎」
「木手!生きてるばぁ!?」
戸惑いがちに知念が声をかけるのにも答えず木手の肩を揺さぶった甲斐は、その体が微かに震えているのに気付いて最悪の状態は脱したと安堵する。
「永四郎、よかっ」
ドン!と低い音が響いたのは、木手が部室の床を自らの拳で殴りつけたからだった。
おかげで、甲斐の発した半泣きの情けない声は、喉の奥底に押し込まれた。
「くぬ、ふらーが…」
「え、えいしろ…?」
ずるり、とまるで一世を風靡したホラー映画の女幽霊のように、木手が腕だけで体を知念の下から引きずり出して起き上がる。
常であれば綺麗にまとめ上げられていた髪の毛が一筋額に落ちているが、それだって今は彼のおどろおどろしい空気に拍車をかけるだけだ。
「甲斐クン、何しに来たの」
「ぬーって…」
「一体、ここに、何を、しにきたの」
ゆっくりと、一言ずつ区切るように言われてようやく、甲斐は理解した。
完全に、自分は邪魔者だと。
次の瞬間、鞭のようにしなやかに伸びてきた木手の左手が、甲斐の両方のこめかみを挟むように握り締めた。
ギリギリと万力のように力を籠められ、凄まじい痛みが頭を突き抜ける。
「いーーーーーーーーー!!」
堪えきれず甲斐が身を攀じるのに合わせて額を押すように突き飛ばされ、甲斐は部室の床に転がってのた打ち回った。
「まったく、この馬鹿犬は何なんでしょうね一体」
「永四郎、わっさん。わんが我慢すればよかったばぁ」
「知念君のせいじゃありませんよ」
何事か二人が話しているのもわかったが、痛みに呻いている自分の声にかき消されて聞こえない。
ようやくこめかみの痛みが引いて上半身を起こした頃には、二人は既に下着を身に付けていた。
涙目の甲斐はこめかみを押さえたまま、二人を座ったまま見上げた。
「永四郎、死なんばぁ?」
「はぁ?何を意味の分からない事を言ってるんですか君は」
「あんせーさっき…!」
素早く振り上げられた拳に頭を両手で守って身を屈めた甲斐は、目を細める木手から視線を落とした。
しかし振り下ろされる拳骨は無く、目の端で白い物が翻ったかと思うと木手がシャツを羽織ってボタンを留め始める。
「甲斐クン」
「ぬー?」
「今日ここで見たことは誰にも言わない事。いいね?言ったら」
「…言ったら?」
勿論いうつもりなどない、けれど好奇心とは恐ろしい物だった。
言葉を不自然に切った木手のその先を聞きたくて鸚鵡返しに問いかけた甲斐は、実に楽しげに吊り上がる木手の唇を見て震え上がった。
「ちょん切るよ」
「…………」
「君のはまぁ、……知念クンのよりは簡単そうだね」
俺は普通だ!心の叫びを言葉にできたかどうかは、定かではない。
2013/03/24:完成
2013/03/24:UP