知念が利き手を怪我したのは昨日のことだ。
崖から岩を転がして避ける練習中に、斜面の凹凸で跳ねた岩がたまたま側にいた永四郎の方へ向かっていった。
それを知念が庇って倒れ込んだ時に手首と手の甲を痛めてしまった。
病院の診断は軽い捻挫とサッカショウ(擦過傷?)らしい。
「はい、知念クン。あーん」
「…………」
「どうしたの?お腹空いてない?」
「いや…空いてる…けど」
軽い捻挫と怪我なのに何で木手が知念に飯を食べさせようとしているのか、甲斐は全く持って理解できないと顔に書いてある。
もちろん知念も分かってない。
だから、木手の顔と彼の持つ箸の先のゴーヤーチャンプルーと甲斐の顔を順番に見ている。
知念はゴーヤー嫌いではないし木手が好きなので、罰ゲーム的な意味合いは無い。
場所が学食で、多くの生徒がこちらを好奇の目で見ていて、正面には同じく木手に惚れている(らしい)甲斐がじっとりした目で見ているこの状況こそが罰ゲームでないと言えるなら。
ちなみに木手は、知念の隣に寄り添って箸で摘まんだものをテーブルや床に落とさないよう下に手を添えて知念が食べるのを待っている。
「えー、永四郎」
「何ですか甲斐クン」
「寛の怪我って軽い捻挫と擦り傷だばぁ?飯ぐらい食えるさぁ」
戸惑いながら知念も頷く。
木手は邪魔するなよと言う目で甲斐を睨んでいたが、まるで過保護な母親のような口調で彼に言い放った。
「捻挫を甘く見てはいけませんよ。軽い捻挫でも癖になったらどうするんですか。動かさない方がいいんです」
「あぁ、あんせー腕吊れっていゆったんか」
朝突然白い布を手に現れた木手が、怪我をしてしまったことの謝罪とともに問答無用で知念の腕を吊ったのだ。
大したこと無いからと外そうとしても、駄目ですの一点張りで外させてはくれなかった。
知念の言葉で、彼の右腕が三角巾で大袈裟に吊られている理由を理解したらしい甲斐が木手の過保護ぶりにますます不機嫌になる。
「そうです。それに俺を助けたせいでこうなったでしょう?治るまで俺が利き腕代わりになります」
「そこまでしなくても…」
「いいんです。ささやかなお礼ですから。はい、あーんしてくださいな」
ズイッと口許に差し出されて、知念はチラチラと周りを気にしながらもそれを食べた。
何となくホッとしたような周りの雰囲気とは逆に、甲斐はテーブルを叩いて立ち上がる。
「永四郎!いい加減にしれ!」
「うるさいよ、甲斐クン」
「そんなのいつものことだろ!今のやーよりマシさぁ!大体!わんが怪我したときなんか唾つけてりゃ治るって放っておいただろ!」
何で知念ばっかり!最後に張り上げた声は半ば涙声で、荒々しく椅子に座り直した甲斐は木手から顔を背けてグズリと鼻を啜る。
完全に拗ねてしまった甲斐を見かねた知念が木手に視線を巡らせると、同時にため息を漏らした彼が箸でゴーヤーを摘みながら言った。
「わかりました」
「永四郎」
「じゃぁ、後で甲斐クンにもやってあげますよ」
「しんけん!?」
「えぇ、ゴーヤーチャンプルーでよければね」
一瞬心底嬉しそうに輝いた甲斐の表情が、見る見る内に苦悩に変わる。
それを見ながらまたあーん、と木手の差し出す箸を口に含む知念は、この状況に実は少し喜んでいると甲斐が知ったらどうなるのかと不穏なことを考えていた。
「美味しいですか?知念クン」
「うん」
甲斐が嫌いなわけでは無いし余計な争いごとは避けたいのが本音だが、目の前で木手が掻っ攫われるのを指を咥えてみている道理は無い。
とりあえずはゴーヤー嫌いでなくて良かったと、木手に向かって頷いた。
2008/06/29:完成
2008/06/29:UP