It's not over 1 -知念-

 知念は、背が高くて体格も良い父親に似て幼い頃から背が高かった。
 目元が窪み、口が大きくて唇は薄く、栄養を全て身長に取られてしまったのか子供の頃は骨と皮の痩せた体つきをしていた。
 元々無口で愛想の無い性格のため滅多に笑うことも無く、どちらかと言うと1人遊びが好きな子供だったと自分でも記憶している。

 近所の子供と遊ぶと体格の事や無口な事、顔の事をからかわれ、最後には仲間外れにされてしまう。 
 知念は無口ではあったが気が弱くは無かったため、からかわれるために仲間に入れてもらおうとは思っていなかった。
 しかしそれがさらに子供達を煽るのか、しばしば彼らはわざわざ自宅へ迎えに来てまで彼をからかった。

 その所為で幼い知念の外の世界は、自分と自分を苛める少年達のその2極しかなかった。
 自分以外は、みんな自分をからかう少年の仲間だと半ば本気でそう思っていた。

『お前なんでそんなにでかいんだよ。全然喋らないし』
『喋れねー病気じゃねーの』

 幼い子供の言葉は残酷で、執拗だ。

 知念が覚えている限りで最後に同年代の子供とまともに話したのは、まだ小学校にも上がらない頃だった。

 それもまともかと聞かれれば首を傾げてしまうような、一方的に言葉を投げかけられるだけの会話。
 何度も繰り返される揶揄と悪意の塊に、ついカッとして自分を囲んでいた少年のうちの1人を突き飛ばした。

 今思えばその少年は名前も知らない、顔もその日初めて見た少年だったような気がする。
 けれど自分をからかう少年達と一緒にいるのであれば、それは幼い知念にとって彼もまた自分を苛める人間の1人でしかなかった。

 結果、突き飛ばされた少年は、転んだ所にあった石で頭を切った。
 頭部と言うのは血管が多く、少し切っただけで多量の血が出やすい場所でもある。
 けれど幼い子供にはそんな事が分からず、転んだ少年は血を流したまま顔を真っ青にして座り込んでいた。
 少年の仲間は殺されると泣きながら喚き立て、知念の記憶はそこで一度途切れる。

 次に覚えているのは、何度も頭を下げる自分の両親と吊り上った目と真っ赤な顔で喚き立てる女性。
 それから、バツが悪そうな、申し訳なさそうな顔をした少年の姿。

 名前も覚えていない少年だが、その事件を皮切りに知念には完全に同年代の友人がいなくなった。
 閉鎖気味の田舎は、噂が回るのも拗れるのも早い。


 いつの間にか知念は、何もしていない少年をいきなり石で殴ったことになっていた。


 それから数年経った現在、知念は中学へ入学する年になった。
 地元の公立中学なので、どちらにしろ小学校からの持ち上がりの生徒が多く目新しい出会いも無ければ、あったとしても自分には関係ない。
 入学式に付き添うと言った母親の申し出を断り、知念は中学校までの道のりを歩く。


 真新しい制服に身を包んだかつての同級生、そしてこれからも同級生の新一年生達が自分が通るのに気付いて表情を強張らせる。
 ほんの2ヶ月ほど前の出来事を、彼らはまだ鮮明に記憶しているのだ。
 そしてこれからも、その記憶は薄れないだろうと知念は知っている。


 小学校の六年間、知念は友人を作らなかった。
 いなかったというわけではない、幼い頃と違って背が高いのは長所になる。
 遊ぼうと誘われる事も多かったが、知念は首を横に振ってばかりだった。

 幼い頃にはアレだけ苛めていたくせに、そう思うほどには我の強い性格に育ってしまっていたからだ。
 いくら知念が無抵抗だったからと言って、謝罪も無しに水に流せることでもない。

 その内に知念は付き合いの悪い奴と言われるようになり、無口な奴だからと再び生徒の嫌がらせの対象になった。
 ランドセルの中に入れられた大量の泥に気付いた母親が、彼を校区の違う場所にある道場に連れて行ったのは2年生の頃だった。
 週三日、月水金の夕方3時間。

 その噂が誰からかクラスに流れたらしく、苛めは急速になりを潜めた。
 仕返しを恐れたのだろうと知念は知っていたが、別に仕返しをする気など無かった。

 確かにランドセルの中に泥を入れられるのはショックだったが、幼い頃からそういったことに慣れきっていた知念には大したことではなくなっていた。
 それよりもむしろ母親が連れて行ってくれた校区外にある道場の方が楽しく、知念の中で小学校と言うカテゴリは極端に薄れていった。

 自分がやればやるほど強くなれるのを実感するのが、何よりも嬉しかった。
 道場では喋らなくても何も言われないし、練習熱心だと誉められる事もある。
 強さが全ての世界だから、集団で誰かをいじめるなんて事も滅多に無い。
 時折からかわれても、気付いた師範が諌めてくれる。
  
 暴力と武術は違う。
 本当に強い人間は、心が強い人間のことを言う。

 教えられたその言葉は、けれど知念の役には立たなかった。

 六年生になって卒業をあと少しに控えたある日、知念はクラスの男子に囲まれた。
 これまで知念を空気のように扱ってきたと思っていたが、どうやら違ったらしい。
 間近に迫った卒業に表向きは仲直りを口にしていた男子達の本音は、多勢である自分達に媚びへつらえと言うものだった。

 勿論あっさりと要求を却下した知念に男子達は怒り、リンチ、私刑にかけようとした。
 師範の教えを守り武術を知らない少年達に反撃する意思は無かった、始めは。
 だが誰かが口にした言葉が、知念を変えた。

『道場なんて、大した事無いんだろ。苛められてるからって逃げてんじゃねーよ』

 唯一自分が一生懸命になっていたものを貶されて、初めて能動的に叩き潰してやりたいと思った。
 思ったら自然と体が動いていて、それはほんの短い時間で終わった。

 武術を習っている知念と、そうでない男子達の力の差はあまりに大きかった。

 結果的に知念は二人の男子の腕を折り、四人の歯を折った。
 だが知念自身も体中に痣を作り、唇を切っていた。

 クラスの男子のほぼ全員が知念を囲んでいる所を見られていたため喧嘩両成敗ということでお咎めは無かったが、知念は自分から道場をやめた。

 自責の念もあったが、その中に芽生えてはいけない思いがあったのも確かだ。

 自分は言葉で伝えられないから、殴って黙らせる。
 それが一番簡単で手っ取り早い方法だと、そう思った。

 知念の世界が閉じたのは、この時だ。




 中学に入っても、どうせ同じことの繰り返し。
 道場がない分、楽しいことは少ないだろう。

 これから自分が通うことになる比嘉中学校の正門の前で校舎を見上げていた知念は、そんな事を考えながら欠伸をかみ殺してため息を漏らす。

 そんな知念の横を、キラリと光る金色が通り過ぎた。
 太陽の光を反射させるその色は、知念の視界に強引に入り込み一瞬だけ意識を浚っていく。

 しかしすぐにそれが金色の長い髪をした少年だと気付いた。
 そしてその少年がバタバタと走って校門前に立てかけられている『比嘉中学校入学式式場』と書かれた看板の前に立ち、ポーズを決めて何事か言う頃にはすっかり興味を薄れさせていた。

「裕次郎!裕次郎!写真撮れって!」
「はぁやぁ、カメラなんか持って来てねーさ」
「はぁ〜?お前…まぁいいや俺が持ってきてるから」
「持って来てんのかよ!」

 後から駆けて来た帽子をかぶった少年に、金髪の少年が鞄の中からカメラを取り出して手渡す。

 その横を、知念は歩いていった。
 自分達の目線の位置に肩がくる知念を、二人が気付いて見送る。

「すげぇ、でけえな。あいつ」
「おー。ま、いいからいいから。ほら撮れよ。はい、シーサー!」
「シーサーって、お前」

 何事か騒ぐ声は聞こえていたが、自分には関係の無い事だと知念はそれを記憶に留めることすらしなかった。
 そうして彼は校門をくぐってすぐ右側にある体育館の中へ入って行く。

 そこで大柄の少年とぶつかりかけ、思わず道を開けると少年がチラリとこっちを見た。
 身長は自分より少し小さいものの、中学生にすれば十分大きく珍しいなと知念は思う。

「田仁志クン、トイレくらいさっさと済ませなさいよ」
「あいー、悪い悪い」

 けれどその後ろから出てきた少年を見ることも無く、知念は体育館へ入って行く。
 二人は知念が体育館に入って行くのを見送った後、入れ替わりに体育館から外で出てトイレを探しに校舎へ向かった。




 知念は未だ気付かない。
 すれ違うだけの人の中に、自分をどれほど変える人間がいるのかを。 

 


2007/08/08:完成