It's not over 3 -知念-

 入学して一ヶ月経つと、各クラス毎に大体の階級がおぼろげに浮かび上がって行く。
 それは本人が望む望まないに関わらず、完全に客観的な場所から無理やり押し付けられるものだ。

 他人に押し付け、そして押し付けられる「イメージ」。
 それが本人の立ち居振る舞いと行動、他者からの評価と合わせられて階級が決められる。

 無意識のうちに、誰しもがそのぼんやりとした、しかし確固たる階級に振り分けられていく。

 目立つグループ、目立たないグループ、勉強が出来る奴、運動が得意な奴。
 中学生と言う年齢がそうさせるのか、言葉にすれば他愛ない個性にしか見えないその言葉が彼らにとって絶対の判断材料になることがしばしばあった。

 そうして上の階級に位置する人間は、大抵の場合異性から注目される。

「ねぇ、平古場、また先輩と喧嘩したんだって」
「えー、先週もバスケ部の3年生とやってなかった?」
「もちろん勝ったんでしょ?」
「平古場がプールに突き落として、甲斐がホウキで沈めたらしいよ。先輩半泣きだったって二人と仲良い子から聞いた」
「いや、そんなことされたら完泣きでしょ」

 噂話の間に、甲高い笑い声が聞こえる。
 彼女達にとっては噂の信憑性はどうでもいいのか、相手の名前は一切出てこない。
 平古場、甲斐と言う生徒がどれだけ無茶をやったか、そして自分は彼らとどういう繋がりがあるのかを誇示できればいいらしい。
 ただしその信憑性も、怪しいものだったが。

 そんな事より知念の目下の悩みは、自分がトイレに行ってる隙に噂話に花を咲かせる女生徒が自分の机に座ってしまっていると言う事だ。
 平古場と甲斐と言う名前だけは良く聞く顔も知らない男子生徒の武勇伝より、その席を空けて欲しいと思った。

「あ、知念…くん…。ほら、どきなよ」
「あ、うん。ごめん」

 席に近づくと自分に気付いた女子の1人が、目配せをして席を立つよう急かした。
 知念の席に座っていた女子が立つと、知念はその席に座って鞄から次の授業の教科書を出して机に突っ伏そうとした。
 大抵の休み時間、知念はそうして何をするわけでもなく眠っている事が多い。

「そ、そう言えば知念くんも良く上級生に絡まれてるよね」

 後ろの席の女子に言われ、仕方なく振り返ると彼女らはいっせいに目を反らした。
 話しかけておいて目を反らすのはどういうことだと思ったが、指摘するのも面倒になって投げやりに口を開く。

「別に、良くって訳じゃない」
「そう…なんだ」

 今度こそ机に突っ伏して、知念は目を閉じる。
 何で話しかけるのよ、とか後ろでひそひそ聞こえていたが、その話も先ほどの平古場と甲斐の話題にシフトしていって声も大きくなり、眠れない知念は聞くともなしにその話に耳を傾けていた。

 どうやら平古場と甲斐というのは、入学式に見た派手な金髪とオレンジ頭の男子の事らしい。
 記憶の隅に引っかかっていたのを思い出し、ようやく合点がいった。




 その記憶が鮮明に蘇ってきたのは、ほんの数日後の事だった。

「おい知念、見下ろしてんじゃねーよ」
「お前、ちょっとでかすぎ。屈んで歩け」

 昼休みでざわつく渡り廊下で、知念は声をかけられる。
 側をすれ違って行く生徒たちは、皆係わり合いにならないようにチラリと視線をやった後は俯いて足早に歩いて行く生徒ばかりだ。
 片手に持った母親の弁当とお茶のペットボトルはまだ重く、空腹を訴える知念の腹が唸り声を上げそうだった。

「おい、何か喋れよ知念よー」

 最近上級生から絡まれるのは、こうしたからかいの言葉だけになった。
 自分から喧嘩を仕掛けて行かない知念は、喧嘩をするほどは度胸の無いタイプの上級生にとっては良いサンドバックになる。
 この上級生もそういった手合いなんだろうと、知念は思う。

 ただそれでも知念が先輩を恐れる事も媚びる事も無いのが、同時に彼らの敵愾心を煽る事にもなっていた。

「先輩の前通るんだから挨拶ぐらいしていけって」
「なぁ?」

 昼休みは1時間、今は始まって10分ほど経った所だ。
 これからずっと絡まれるのか、面倒だなと思っていると不意に背後から両脇に出てくる影があった。

 金髪と、オレンジの後頭部に、知念は首を捻った。

 知念には友人がいない。
 だからこういう時に割って入ってくる人間はほとんど皆無で、仮にいたとしても教師だけだった。

「せんぱーい、こんにちわー」
「どーもー、制服乾いたんですねぇ」
「掃除する前のプールの水ってぇ、どんな味ですかぁ?」 

 間延びするような口調で二人は上級生に絡み、プールの水、というキーワードに知念はようやく彼らのことを思い出した。

 どうやら平古場と甲斐はこの二人の事で、目の前の上級生はプールに静められ溺れかけて泣き出した生徒らしい。
 あの女生徒たちの噂話は本当だったんだなと、しどろもどろになる上級生を見ながら思う。

「あ、いや…その…」

 彼らがこの上級生の相手をしてくれるというなら、自分がこの場にいる必要は無いと知念は再び廊下を歩き出した。

 さて、今日はどこで飯を食おうか。
 元々知念は自分の後ろの席の女子が騒がしく、静かに食事も取れないと思って人気の無い場所を探すために教室を出たのだった。

「あ、おい。知念知念」
「ちょっと待てって」

 数歩遅れて駆け寄ってきた二人は、先ほどと同じように知念の両脇から顔を見上げてくる。
 親しげに肩を叩かれ、思わず眉を寄せた自分に彼らは気にもせず話しかけてきた。

「お前、知念だろ」
「こないだ3年生ぶちのめしたって」

 この前の上級生は3年生だったのか、と彼らに言われて今更知ったが、知ったといってどうということも無いと知念は思う。
 仮に2年だったとしても1年だったとしても、知念の対応は何一つ変わらないだろう。

「お前強いんだな。骨折したって聞いたぞ。アバラとか手とか」

 自分が喧嘩した3年生のグループが実は学校で一番力を持っているグループだとか、他校のろくでなしと繋がりがあるとか、その後も二人はやかましく騒ぎ立てる。
 その間中茶髪の生徒が自分の肩に手を置いていて、知念は何だかその気安さに苛付いた。

「でさ、…」
「悪いけど」

 肩に置かれたその手を自分の手の甲で軽く払いのけ、突然の事にポカンとこちらを見ている二人を見下ろす。

 騒がしいのは好きじゃない、喧騒はいつだっていつの間にか自分を攻撃するようになる。

「昼飯、まだだから」
「あ、じゃあ一緒に食わねぇ?」
「お前ら煩いから」

 いらない、そう言ったきり背を向けて歩き出した知念の背中に、少し遅れて何だよーと不満げな声が飛んできた。
 その言葉の中に、折角助けてやったのに、という言葉が聞こえて知念は足を止めた。

 ジリッと胸を焼く苛立ちは、先ほどのそれとは違って明確に知念を動かす。
 お前らなんかに、そんな思いが確かにあった。

「別に、助けて欲しいって言ってない」
「なっ…」
「はぁ?」

 二人から立ち上る雰囲気が一気に険悪に変わるのにも構わず、再び歩き出す。 
 けれどそれ以上の罵倒はなく、渡り廊下は再びいつもの昼休みを取り戻した。



 知念がようやく腰を落ち着けたのは、校舎の外に付けられている非常階段だった。
 コンクリートの段差に腰を下ろして膝の上に弁当を乗せ、蓋を開けると箸箱から箸を取り出す。
 両手を合わせてからおかずを口に運ぼうとした途端、頭上から声が聞こえてきて知念は一瞬動きを止めるがすぐに諦めた表情で頬張った。

 生徒がいる学校の中で、静かな場所などはないことぐらい分かっている。

「さっきさー、平古場と甲斐が知念に話しかけてたんだけど」
「へぇ、珍しいね」
「何かあっさり無視されてたよ」
「あー…」
「二人ともすごい不機嫌そうだった」
「うわー」

 何となく話を聞きながらやっぱりあの二人が平古場と甲斐なのかと納得し、お茶の入ったペットボトルに口を付ける。

「知念は静かだからね。ほんとに3年生と喧嘩したのかなぁ」
「したんじゃないの?そう言う噂だし。それに私聞いたんだけど、あいつ小学生のとき1人でクラスの男子全員怪我させたって」

 どうやら階段の踊り場で二人の女子が話をしているらしく、1人がジュースでも飲んだのか一旦言葉を詰まらせて喉を鳴らした。

「っ…え、何で?」
「さぁ…ずっとクラスに馴染めてなかったかららしいけど」

 馴染めない、知念にとってその言葉は何度も聞かされてきた言葉だった。
 まぁ、ここまで1人を貫けばそう言われても仕方がないだろうなと、知念自身もそれには納得している。
 
「えー、すごい危険人物じゃん」
「静かだから余計性質悪いね」
「いつ切れるか分からないって奴か」

 噂は当てにならないなと、弁当を食べながら知念は考えていた。

 武勇伝として語られる平古場と甲斐の所業と、人に避けられる自分の所業。
 余り差はないはずなのに何が違うんだろう。
 仮に分かったとしても、彼らのようになりたいなどとは思わないのだが。

「知念もねー、黙ってれば無害なんだけどねー」

 いつも黙ってるじゃないかと、知念はそう言いたくなったけれどそれは胸の内に収めておいた。



2007/10/09:完成
2007/10/24:UP