It's not over 2 -平古場-

 入学してからしばらく経つと、思っていたより退屈だった中学校生活に平古場は早々に飽きた。
 目立つ髪の色で何度か上級生にも絡まれたが、たった一年や二年早く生まれただけで先輩面する彼が疎ましく、既に何度か殴り合っていた。

 その日も放課後に掃除当番の甲斐と教室にいた平古場は、数人の上級生に引きずられて教室に入ってくる同じクラスの生徒を見てまたかと思う。
 金を出せと脅されているのだろう、今は持っていないとでも嘘を付いたらしい生徒は教室まで連れてこられて鞄の中を見られていた。

「今時カツアゲなんてなぁバカじゃねえの」
「っていうか貧乏くせーな」

 思わず口を突いて出た言葉に、甲斐がにやりと笑って答える。
 声を潜める気も無かったため聞こえただろうと振り返れば、案の定カツアゲをしていた上級生は机を蹴飛ばしながらこちらへやってきていた。

「お前…もう一回言ってみろ!」
「はぁ?カツアゲなんか今時バカみたいだって言っただけだろうがよ」
「先輩に向かって生意気なんだよ!」
「たった一年や二年先に生まれただけで偉そうにしてんじゃねーって」

 平古場の胸倉を掴んで引きずり上げた上級生は、平古場の膝蹴りを腹に食らった。
 息を詰めて自分を解放する上級生を睨みつけ、よじれたシャツを整える。

「いつまでも物みたいに持ち上げてんじゃねーぞ」
「くっそ…このチビどもが!」

 確かに中学一年生の彼らは上級生からすれば小さい。
 けれどそれが彼らの怒りの火に油を注いだ。

「誰に向かって言ってんだコラァッ!!」
「死ねカスが!」

 平古場が側に置かれていた水の入っているバケツを上級生に向かって蹴飛ばし、それを目晦ましにして懐に入り込むと両手で掌底を相手の胸に叩き付ける。
 拳や手首を痛める心配が無いため渾身の力を込めて繰り出された攻撃は、上級生の体を軽々と吹き飛ばし机と一緒に教室の床へ倒れ込んだ。

 壁に凭れたまま座り込んで噎せ返る上級生に向かって行こうとしたが、後ろから別の上級生によって羽交い絞めにされる。
 そのままぐるりと体を回転させられたかと思えば、もう1人の上級生が殴りかかってきていた。
 体の力を抜いて腰を落とし、前蹴りを繰り出すと自分の足先が相手の腹にめり込む感触が伝わってくる。
 勢いをつけて向こうからこちらへ走ってきていたため、普通の蹴りよりも威力は倍以上のはずだ。

 まさかこの状態で仲間が蹴りを食らうとは思わなかったのか、平古場を拘束している腕が少し緩んだ。
 その隙に腕を振り解き、手身近にあった机を頭の上に持ち上げ上から下へ振り下ろすように投げつける。

「うっ、うわあ!!!」

 ガシャンと言う大きな音共に窓ガラスは空の彼方へ、では無くグラウンドへ吸い込まれていった。
 そして再びけたたましい衝撃音が響く。
 音の大きさに女生徒の驚いた悲鳴が廊下に響き、別の教室から教師がどうした?と声を上げながら出てくるのが聞こえる。

「やっべ、行こうぜ」

 教師の足音に弱気の虫が刺激されたのか、上級生達はお互い目配せをしてバタバタと逃げ出して行く。

『こら!お前らか!!』 

 出て行った上級生に教師が声をかけるのを耳にした甲斐は、平古場へ駆け寄ってくる。

「どうする?」
「あー…逃げる」
「逃げるってどこに」
「ん」

 割れた窓を開けて外を覗くと、壁には50センチほどの足場のようなものがああった。
 窓のサッシに足を掛けた平古場はその足場に降り、壁を伝って隣の教室へ向かう。

「おい、凛」
「いーから、怒られるのも面倒だろ」
「あー…まあ、そうだけどよ」

 戸惑う甲斐を促すように手招きすれば、彼は一瞬だけ後ろを振り返ったあと平古場と同じように足場へ出てくる。
 体を屈めて中からは見えないように隣の教室へ進んだ。

「おや、平古場クン。何してるんですか、そんな所で」
「うわっ…!!」

 不意に頭上から声をかけられて思わず落ちそうになったが、慌てて両手を足場について体を支える。
 バランスが安定してから大きくため息を漏らし、じっとりと背中を濡らす冷や汗に眉を寄せながら上を見上げた。

「何だよ…お前」
「何だよ、と言われましてもね。君の隣のクラスの木手ですが」

 きっちりと纏められた髪と珍しい形の眼鏡に、小馬鹿にするような口調。
 窓のサッシに寄りかかってこちらを見下ろしてくる木手に、平古場は低く威嚇するような声を出した。

「チクってみろ…ただじゃおかねーぞ」
「そんな野暮な事はしませんよ。それより、いくら2階とは言え危ないですから早く教室に入ったらどうですか」

 道を開けるように窓から退く木手を睨みつけながら、平古場は体を起こして窓を乗り越える。
 続いて入ってくる甲斐は、不思議そうに平古場を見やりその向こうの木手に視線を移した。

「ところで、さっき机を投げたのは君ですか?」
「だったら何だよ」
「いえ、随分無粋な方法を取ると思いましてね」

「はぁ…?喧嘩売ってんなら買うぜ」

 唸るような声で言っても、木手は腕を組んで壁に寄りかかったままの体勢から動こうとはしない。
 軽く俯いて左手の甲で右側の眼鏡のレンズを押し上げ、平古場にも甲斐にも聞こえるように鼻で笑い飛ばした。

「結構です。俺は喧嘩はしない主義でね。その代わり…」
「何だよ」

 ようやく壁から離れる木手に平古場は警戒心を露に距離取るが、彼は肩を竦めて机にかけた鞄を持つと教室の扉へ歩き出す。

「試合ならしてあげない事もありませんが…。まぁ、今の君では相手にならないでしょう」
「この野郎、言わせておけば…!!」

 カッとして駆け出した平古場が木手の背中に蹴りを放つが、次の瞬間確かにそこにいたはずの木手は扉の前ではなく教卓に寄りかかって立っていた。

「なっ…」
「ほら、勘が鈍ってますね。そんなんじゃ試合もできない」
「調子に乗るなよ…」
「乗っているのはむしろ平古場クンのほうでしょう。田仁志クン、帰りますよ」

 教室の入り口付近でこちらを見ていた大柄な生徒に声をかけた木手は、平古場の脇をすり抜け振り返ることも無く廊下へ消えて行く。
 彼らがいなくなるのを呆然と見送っていたが、大柄な生徒を見て入学式を思い出し声を上げた。

「あっの野郎…あの時の野郎か」
「木手だっけ、変な野郎だな」
「すげぇむかつく!」

 入学式の時と同じ言葉を呟いた平古場は、もう笑っていなかった。
 取り澄ました態度やあからさまにバカにする言動、何より上から自分を見下ろしてくるその視線に首の後ろがじりじりとするような苛立ちに襲われる。

 対等、そんなものではない、木手の視線は明らかに自分を各下に位置づけた視線だった。

 あいつとは絶対友達にはなれない、なりたくない、平古場は苛立ちをぶつける矛先も無くただ拳を握り締める。

「凛、いつまでもここにいたら先生に見つかるぞ」
「あぁ」

 ポンと肩を叩かれて何とか怒りを腹に収めた平古場は、甲斐の言う通りだと足早に教室を出た。
 廊下には既に木手たちの姿は無く、自分たちのクラスからは騒がしい人の声が聞こえるがそれ以外の教室はみんな帰宅したのか静かなものだった。

 階段を下りて靴を履き替えようとローファーを下駄箱から床に放り投げた時、甲斐が何か考えるような状態のまま口を開いた。

「あいつ、試合とか言ってたな」
「はぁ?」
「ほら、木手だよ」
「あぁ…」
「何の試合?」

 試合と聞いて二人が思い出すのは幼い頃習っていた沖縄武術だけだ。
 だがルール無用の喧嘩に慣れ切った二人には、型とルールに縛られた武術は窮屈で退屈なものに思えた。

「あいつ道場通ってんのかな」
「だろ、だからあんな自信満々なんだよ。ばっかじゃねー、喧嘩の方が強いに決まってら」
「だよな」

 ジャリ、と砂を踏みしめる音と共にローファーを履き、熱くなった頭を冷やすように大きな口を開けて欠伸を漏らす。
 隣を歩く甲斐は、ポケットから小銭を取り出して数えていた。

「あ〜ぁ、ようやく終わった」 
「中学もあんがいつまんねーもんな。お、五百円」
「よし、それでなんか食いに行こうぜ」
「おごらねーぞ」

 数え終わった小銭を隠すようにポケットへしまう甲斐に頷きながら、平古場は尻のポケットにさした財布を取り出す。

「わーってるって、俺はいくらあるかな……」

 札入れの部分を開くと、そこには千円札が一枚入っている。
 しかし数週間前の小遣い日にもらった一ヶ月の小遣い五千円をすっかり使い果たしていた平古場の財布に、札などあるはずも無いのだが。
 不思議には思ったが、まぁ残っていたんだろうとあっさり納得した平古場は、その札を甲斐に見せ付ける。

「お!千円!何でお前そんな大金持ってんだよ!小遣い日月初めだろ?」
「おう、わかんねーけどはいってた。いーだろ」
「おぉ!凛様!平古場様!おごってー!」
「いや、お前500円あるじゃん」
「えー!じゃ、俺が半分の250円おごるから、凛も半分の500円」
「あぁ、それなら…って俺損してんじゃん!」

 二人して弾けるように笑い声を上げ、だらだらと帰路に着く。
 つまらない中学生活も、こうやって慣れて行くんだろうと漠然とした思いを抱きつつ、平古場は今日も比嘉中の門をくぐった。

 今朝、母親から醤油と味噌を買って帰れと言われたのも忘れて。


2007/08/20:完成