その日、木手は教室に残って田仁志と二人でミーティングを行っていた。
ミーティング、そういえば聞こえはいいが単なる作戦会議だ。
まだ、木手の求める人材は目の前の田仁志しかいない。
「でね、不知火クンと新垣クンを入れようと思うの」
「新垣は一つ下だろ」
「だけど実力は俺達とそう変わらないよ。それに、今年全国にいけるとは思ってないからね。まずは、テニスの練習だ」
「まぁ、俺達はテニスに関しちゃ素人だからな」
のんびりとコーラを飲んでいる田仁志に頷いて、木手は小さくため息を漏らす。
時間が無い。
3年生になるまでに自分と、そして田仁志を含めた武術以外はさっぱりな彼らを全国レベルのテニスプレーヤーに仕立て上げなければいけない。
テニス部の了解は取り付けた。
顧問はお飾りで、先輩はやる気なし。
1年生が奮起しても邪魔をするような気の強い人間が部内にいないのは、この前の見学で予想が付いた。
後は、人材を集めるだけだ。
「そうそう田仁志クンの練習メニューを組んできたんだけど」
「おぉ」
鞄の中からルーズリーフを挟んだファイルを取り出した瞬間、教室の外が騒がしくなった。
思わず田仁志を顔を見合わせていると、バタバタと数名の足音が廊下を走っていく。
騒ぎの火種に近づくために廊下を歩いている生徒の話を盗み聞きすれば、どうやら平古場と知念が何だか揉み合っているらしい。
「いいのか」
「…………」
「やっぱり合わないんじゃないのか?あの二人」
単なる小競り合いか、平古場が吹っかけただけなら放っておいても勝手に沈静化するだろうと思ったが、ワァ、と歓声が沸くのを聞いているとどうやら知念が応戦してしまっているらしい。
もう少し、思慮深いと思っていたのになと木手はため息をつくと、椅子を引いて立ち上がった。
「……そうかもしれませんね。まぁ、何にせよテニス部員が問題を起こすのは得策ではありません。行きますよ」
「あいつらまだテニス部じゃないだろ」
「入部予定、です」
廊下に出て騒ぎの方へ駆け寄ると、既に幾重にも人の輪が出来ている。
それを掻き分けながら中心へ向かった木手の視界がようやく開けた時、目の前で知念の膝蹴りを平古場が受け止めている所だった。
「田仁志クンは知念クンを」
「おう」
知念と平古場の二人が同時に足を踏み込んだ瞬間を見計らって体を二人の間に割り込ませ、平古場の肩を掴んで押さえ込む。
「やめなさいよ、君たち」
「何だよテメェ!邪魔すんな!!」
ドンとぶつかってきた衝撃が思ったよりも大きくて、軽くずれた眼鏡を片手で直した。
平古場が喚くのをそのままに、木手は背後を振り返る。
後では田仁志に羽交い絞めにされた知念が身を捩ったり振りほどこうとしたりしていたが、木手の視線に気付いてこちらを見返してくる。
どこもひねていないまっすぐな視線に、木手はあぁ、と納得した。
「田仁志クン、ちゃんと押さえておいてくださいよ」
「あぁ」
二人が自分から視線を外してまた睨み合っているのに気付いて、その視線を断ち切ることの出来る場所に移動する。
知念はともかく、平古場の方は興奮して手が付けられない状態になりつつある。
「やめなさいよ。こんな廊下で」
「お前には関係ねーだろ」
「皆さん見てますよ。その内教師が来ます。長ったらしいお説教が聞きたいんですか」
自分の言葉に辺りを見渡す知念は、ようやく自分が注目を集めていたのに気付いたらしく少し沈んだ表情になった。
向こうは田仁志が押さえ込んでいるから心配は無いとして、平古場を抑える方が苦労しそうだと彼のほうを向き直った木手は意外にも大人しくなっているのを見て目を細める。
「わーった、わーったから離せよ」
口調からももう興奮している様子は見て取れないと判断してゆっくり手を離したら、目の前で金髪が煌いた。
平古場が身を翻して自分の横をすり抜けていこうとしていると気付いた瞬間にはもう知念の目の前まで躍り出ていて、咄嗟に叫ぶしかなかった。
「平古場!!」
辺りがしん…と静まり返った。
知念も平古場も目を丸くしてこちらを見ている。
気性の荒い道場の連中をまとめる祖父を真似てやってみたものだったが、どうやら上手くいったらしい。
水を打ったように静かになったのに満足して、木手は大きく息を吸い込んだ後ため息を漏らした。
それからこちらを見たまま固まっている平古場へと歩を進める。
しかし先ほどと同じく平古場は木手の側をすり抜けて自分の鞄を拾い上げ、さっさと廊下を歩き出していってしまった。
「平古場クン、いい加減になさい」
「……、あ〜あ、何か白けた。行こうぜ」
良い機会だから彼にも話しておこうと思ったのだが、既にこちらには興味のかけらも失ってしまったらしい。
金髪の隣に並ぶ帽子の生徒に何か話しかけられ、何事か答えているもののこちらを振り返る様子は無かった。
「離せよ」
「永四郎」
「…大丈夫でしょう」
名前を呼ばれて田仁志と知念を見ると、拘束したままの知念が不服そうにこちらを見ていた。
暴れていた片割れが居なくなってしまったのなら、もう心配は無いだろう。
そう思って頷いた木手は、彼がシャツを掴んでため息を漏らしているのに気付いた。
「ボタン、無くなってしまったんですか」
「…あぁ、まぁ…」
「平古場クンは乱暴ですからね」
青いポリバケツを持ち上げて廊下を歩く知念の側について木手も歩き出した。
考えてみれば、普段から他人を締め出している知念が自分に注意を向けているのは絶好の機会だと思ったのだ。
何も無い時に声をかければ恐らくは一刀両断で断られてしまうはずだ。
このタイミングなら、言い方によれば二つ返事とはいかないものの少しは考えてくれるかもしれない。
階段を降りる頃になって、ようやく知念は木手と田仁志を振り返った。
「なぁ」
「何ですか?」
「もしかして、ついてきてるのか?」
「えぇ」
微笑んで頷いた自分を見て面倒だなという表情を微かに滲ませた知念に、木手はさらに笑みを深くした。
微かにだが表情に出るということは、こちらの存在を無視しているわけではないということ。
更に言えば、踏み込む余地があるということだ。
ほんの指先でも引っかかる隙間さえあれば、強引に開けられる。いや、開けてみせる。
階段を一段一段降りながら、木手は目標に向かってまた一段上がったのを感じていた。
2008/07/08:完成
2008/07/10: