「永四郎、デコの傷舐めてもいい?」
全校大会が終わっても、俺は永四郎の足に触らせてもらっていた。
正直な所、触りたい所は足だけじゃなくて永四郎の全部に変わっていたけど、まだ永四郎には言ってない。
「……足じゃありませんよ」
「わかってるんどー」
しばらくはダメともイイとも言わない永四郎を見上げてたけど、答えが無いのはそれが了承と同じだと勝手に判断して立ち上がる。
額の傷は永四郎の敗北の証だ。
青学の手塚と戦って負った傷。
額の左隅に貼られた大きなバンソーコーに手をかけると、ゆっくりそれを剥がしていく。
薄い皮膚を引っ張られる痛みに眉を寄せてたけど、やっぱり何も言わなかった。
傷口は、できかけている瘡蓋と未だ血の滲んでる部分とに分かれている。
永四郎の頭を両手で掴んでそこへ唇を寄せようとした一瞬、頭を引くような仕草をされたので動きを止めた。
「ぬー?」
「……別に」
こうする時、永四郎は無口になった。
初めこそ俺の性癖を揶揄したり、ここぞとばかりに生活態度や部活の不満をぶつけたりしていたけど、今では大人しいものだ。
ただ黙って、好きなようにさせてくれている。
傅かれる快楽に浸っているのか、それを堪えているのか俺には分からない。
けれどもその感覚を嫌がっていないのだけは確かだった。
「っ……」
できるだけそっと舌先で傷口に触れたつもりだったけど、やはりむき出しの部分に触れると痛みが走るみたいだった。
体を強張らせた永四郎が、喉の奥で何かを堪えるような動きを見せる。
「痛いばぁ?永四郎」
「まぁ……」
もう一度、ザラリ、とかさぶたの固い感触と同時に、柔らかい肉の部分も一緒に舐め上げる。
誰でも見える、誰にでも触れられる皮膚の部分ではない。
その下にある、生の永四郎。
血の味と一緒に広がるその感触に、俺は途方もない満足感を覚えた。
同時に、更なる飢餓感も芽生える。
もっと奥の、もっと深い所に触れたい。
永四郎は、自分が頬を薄赤く染めているのにも気づかないまま、吊り上がったその眼を伏せてただじっとしている。
俺が永四郎の足以外にも興味を持っている事を永四郎が知ったのは、あいつにとっては突然だったかも知れない。
放課後、テニス部の残務処理に追われている永四郎に手伝えと半ば強制的に部室へ連れてこられた俺は、言われるまま資料や日誌なんかを集めて箱に詰めていた。
研究熱心でまじめな永四郎は、色々な資料を集めてはファイリングしている。
部活ではいつも自分が先に理解して、ある程度分かりやすく噛み砕いて部員に伝えてきた。
もちろん俺にも同じだったと思う。
段ボール箱に詰めていく資料の中には、一見しただけではテニスには関係ない裏手に関する書籍がいくつか出てきた。
興味を持って捲ってみたものの、一行だって理解できなかったのは永四郎には言わなかったけど。
「甲斐クン、そっちは終わりましたか?」
「あいー、これで終わりさぁ」
ちょうどガムテープで蓋を閉じた時に永四郎から声がかかって、床に座っていた俺は答えながら頷いた。
永四郎の方は事務机の上で未だ何やら熱心に書き込んでいる。
俺の目線は、ちょうど木手の座っているパイプ椅子より少し高いくらいだ。
腰を降ろした永四郎の太ももが目の高さにあって、何となく手を伸ばす。
ガタン、と大きな音を立てて身じろいだ永四郎に構わず触れた太ももから膝まで撫で下ろすと、叱咤するような声が聞こえてきた。
「ちょっと甲斐クン、やめなさいよ」
「ぬーが、たーもおらんばぁ?」
「部室でしょ」
別に学校では触らないと約束した覚えはないが、暗黙の了解だったとは思う。
男の足に魅力を感じる自分の異常な性癖を暴露するつもりは俺にも無いから、自然と永四郎の足に触れるのはあいつの家か自分の家しかなかっただけだけど。
「たーも来んさぁ。ちょっとだけ」
「やめなさいって言ってるでしょ」
机の下に潜り込んで、上履きを脱がして靴下に手をかける。
次の瞬間、永四郎が嫌がって足を蹴り上げた。
俺が咄嗟に身体をずらして避けなかったら、蹴りは確実に顎に当たっていた。
「危ないあんに」
「誰のせいですか、誰の」
「ちょっとだけ。すぐやめるさぁ」
「嫌だって……っ」
靴下の上から足の裏を指先で辿ると、再び足が蹴り上がる。
けれどさっきみたいに永四郎が動かしたんじゃなく、たぶん反射的なものだと思う。
くすぐったいだけじゃないのは、きっと永四郎も分かってるはず。
「洗ってないから嫌ばぁ?」
「っ、……離しなさいよ、っ甲斐クン」
「わん別に平気さぁ」
少しだけ湿った指先の部分を掴んで、靴下を脱がせていく。
永四郎の素足を見下ろすと、筋張った足の甲をゆっくり指先で爪先の方へ辿っていく。
居た堪れない様に足の親指が少し身じろぐのと、俺の指がその親指と人差し指の間に差し込まれるのは同時だった。
するりとそこを撫でてから、足首を掴んで持ち上げて身を屈め踝に唇を押し付ける。
「っ、…」
丸いそれを舌で撫でてから、長ジャージを捲り上げながら脛の内側を舐め上げ脹脛に歯を立てる。
柔らかい皮膚の下にある筋肉が突っ張って歯を押し返し、力を抜いたのかまたすぐに柔らかく歯が沈むのが分かった。
「も、甲斐クン…、終わりにして」
「………」
永四郎は分かってるんだろうか。
今放った声が、どんな声か。
声に乗った熱が、どんな色をしているのか。
乗せた言葉が、どんな意味を掻き立てるのか。
はぁ、とため息をついた瞬間に木手の膝頭が跳ね上がり、俺は膝裏に手を突っ込んで自分の肩に引っ掛けて永四郎の太ももに顔を近づけた。
まるで机の下から永四郎の股座に顔を突っ込むような体勢になって、そこでようやく、やっと気付いた。
俺の目を見下ろして、ハッとしたように目を見開いた後、咄嗟に距離を取ろうとしてまだ床についている反対側の足に力を込める。
永四郎は、当然俺からの反発があると思ったんだろう。
込めた力は、割と強かった。
だから俺がその力に逆らわずに体を起こし、永四郎の体ごとパイプ椅子を押せばその体はすぐに後ろへ傾いだ。
そこからは瞬く間の出来事だった。
「う、わ…っ!!」
ガシャン、と大きな音が部室に響く。
けれどその衝撃がまだ体に残っている間に、永四郎は身を翻して上になった俺の下から抜け出そうとした。
俺に背を向けて床を這い、椅子から逃れた永四郎が床に膝をついた瞬間に俺はその膝裏を踏み付けた。思い切り体重をかけて、だ。
ぐ、と苦痛の声が漏れるのに構わず、その襟首を掴んで引き起こし膝裏から足を退けるのと同時に背後へ引っ張り倒す。
首が締まった永四郎が自分から起き上がる方へ動いてくれたせいか、重みは余り感じなかった。
それでも全力をかけて引っ張ったおかげで、流石の永四郎も体勢を崩して尻もちをつきその場に転がる。
「永四郎」
黙っていたのは時間にしてほんの数瞬だったはずなのに、俺の声はものすごく掠れていた。
そして、まるでその声に棘でもあって、それが永四郎に突き刺さったかのように永四郎の肩が震える。
「なぁ、永四郎」
「…………」
ゆっくり、すごくゆっくり永四郎に近づいて目の前で膝をつく。
それでも永四郎は、こっちを見なかった。
軽く開いた足の間に俺の体を割り込ませて、体全体が密着しても大きく息を吐き出すだけでこっちを見ない。
けれど、俺が言おうとした言葉だけは強く遮った。
「わん、」
「言わないで」
そんな事、俺が聞いてやる義理はない。
「わん、永四郎が勃起してるの知っちょんさぁ」
息を呑んだそのむき出しの肩に噛みついたら、少し汗の味がした。
END
2013/10/10:完成
2007/10/10:UP