しっかり筋肉の付いた褐色の肌をした男は、もっさりした茶髪の間から似た色をした布のようなものを二つ垂らしている。
「で、君の名前は」
「甲斐!前の飼い主は甲斐って言ってた」
「甲斐クンですか。俺は木手永四郎です」
尻の辺りからは髪と同じ色の尻尾が生えていて緩く左右に振られていたが、木手が彼に気付いた途端に勢いを増した。
それから木手が事情を問いただしている間中、フリフリ振られ続けている。
「……つまり君は、あの子犬だと?」
「うん!」
「馬鹿言うんじゃないですよ。犬が人間になる訳ないでしょう」
「なれるんだから仕方ねーばぁ?うり、耳もあるんど」
だからどうしてそうなるんだと聞いても、この犬だった全裸男は首を傾げるばかり。
全裸では具合が悪いだろうとバスタオルを腰に巻かせて床に座らせてはいるが、木手にとっては変質者ギリギリ手前の全裸男だ。
頭に垂れ下がった布を持ち上げて中を見せられて、木手はあれが耳だったんだとようやく気付く。
けれど顔の横にもちゃんと人間の耳があり、そっちが飾りなのかとつい引っ張ってみた。
「あがががっ!痛いばぁよ!」
「だって頭のが耳なんでしょ。こっちは本物?」
「くりも本物さぁ!」
だったらと犬の耳の方も引っ張っても、やっぱり全裸男は痛がった。
どうやら両方共が本物の耳らしく、そうなると尻尾も本物だと信じざるを得なかった。
「耳4つあるの?」
「そうさぁ、だからわん耳はいいんど」
誇らしげに胸を張る甲斐の眼は、確かにさっきの子犬と同じく黒々とした大きな丸い瞳をしている。
彼の髪は子犬の全身を覆っていた茶色いカールした毛と同じくボリュームがありカールしていた。
けれど、だからと言って犬が人間になりましたなんていきなり言われて簡単に信じるわけにはいかない。
例え犬の耳と人間の耳が4つあり、尻から尻尾が生えていようとも。
「とにかく、明日には貰い手を探しますからね」
「えー!」
「この部屋はペット禁止なんですよ」
「わんただのペットやあらんばぁよ!」
ただのペットじゃないなら尚更だ。
面倒な事になってしまったと心底思いながら、さっき落としたビールの缶を手に取る。
プルタブを開けると案の定猛烈な勢いで泡が立ち慌てて口を付けた。
「永四郎!それビール!?」
「っ…そうですが?」
「わんにもちょーだい!」
「犬にビールはあげません」
溢れ出した分を何とか飲んた木手は、床から見上げてくる甲斐に目を眇めて睨みつける。
しかし彼は怯むことなくにじり寄ってくると、木手の持っている缶を掴んだ。
奪われるのを阻止するために抵抗すれば、缶が揺すられて中の液体が零れる。
「ちょっとぐらいいーあんに!前の飼い主は一緒に飲ませてくれたばぁ!」
「ロクでも無い飼い主ですね!ちょっと、こぼれてるでしょう!離しなさいよ!」
「ちょーっとだけ!」
奪い合いを制したのは木手だった。
がっちりと缶を掴んでいる木手とその外側から引っ張っている甲斐では勝負は目に見えていたが、問題はその甲斐の手が滑って唐突に缶から手を離した所だ。
「わっ…!!」
反動で背後に倒れそうになって木手は咄嗟に片手をついて倒れることだけは避けたが、手に持った缶からビールが零れて胸元を濡らす。
「…ちょっと甲斐クン…」
「ごめんちゃい。ちゃんとわんが拭き取ってやるさぁ」
「何言って…止めなさいよ甲斐クン!」
甲斐が持っているのは腰に巻いたバスタオルだけじゃないかと思いながら体勢を整えようとしたが、それよりも先に両肩を押されてベッドに押し付けられた。
驚いて抵抗しようにも片手は缶を持っていて、手の届く範囲で置ける場所は無い。
もう片方の手で甲斐を押し返しても大した力にはならず、犬の癖に人間の姿では甲斐にも結構な腕力があるのか木手の腹の上に跨ってシャツをまくり上げてきた。
「あ〜あ、ベタベタ」
「誰のせいですか!いいから退きなさい!」
「あんせー、わんが拭いてやるって言っちゃさに」
「遠慮しま…っ!?」
ベロリ、と頬を舐め上げられて至近距離で黒い瞳が見つめてくる。
人間と同じ瞳のようで、その目はどこか違った。
ガラス玉のように透き通った瞳の奥には、人間であれば誰もが持つしがらみが一切なく純粋な衝動が透けて見える。
その目に魅入られたまま固まっていた木手は、首筋に顔を埋められてようやく身を捩った。
「じっとしれー」
「か、甲斐クン…」
ざらざらした柔らかい舌が首筋を這ってはビールを舐め取っていき、その度に木手の背中に冷たい恐怖とゾクリとした何かが這い上がっていく。
這いあがったそれは体内を一周して下腹部に熱を灯し、触れられた場所には疼くような感覚を残した。
「痛い事せんばぁ。ビール舐めるだけ」
「そ、んな…っ…」
筋肉の付いた胸板も舌が這い、ピチャピチャと上がる水音に鳥肌が立つ。
時折吸い付かれて体が強張るのを堪え切れないでいると、舌先が周辺への刺激に立ち上がりかけていた乳首を掠めた。
望むものが与えられたような強い快楽につい声を漏らしてしまった木手に、キョトンとした甲斐の声が聞こえて一気に羞恥が高まる。
「っ…ぁう…」
「えいしろう?」
「な、何でもありません!」
「……何でもなくないばぁ?わん、犬やさ鼻もきくんどー」
にやりと笑う甲斐の手が、今度は明確に乳首を押しつぶす。
びりびりと駆け上がる快感に身を竦めた木手の首筋に顔を埋めて匂いを嗅ぐような仕草を見せた。
「っは、ぁ…あ…っ」
「永四郎、発情してる…」
「違っ…あ!」
加えられた刺激によって完全に立ち上がった乳首を摘み上げられ、否定する言葉はかき消える。
例え違うとはっきり言えたとしても、上気し始めた体や口から洩れる色を帯びた声だとかで信憑性は皆無だが。
身を屈めて胸元に頬を押し付けていた甲斐が、鼻を鳴らしながら既に下からジーンズを押し上げている下腹部へ下がっていく。
言葉通り自分の興奮している匂いを嗅がれていると思ったら、木手の体がかぁっと熱く火照った。
「っ甲斐クン…や…」
「ここからいい匂いがする」
「あ、待って…ほら!ビール欲しいんでしょ!これあげるから」
金属の触れ合う音と共にベルトが外されて、慌てた木手が苦肉の策で差し出したビールは伸びてきた手に受け取られる。
しかしホッとしたのもつかの間、あれだけ欲しがっていたとは思えないほどあっさりと缶をテーブルの上に置いた甲斐は、尻の方から木手のジーンズのウエスト部分に手をかけて下着ごとずり下ろした。
「ビールはもういらんさぁさっき飲んだ。わんこっちがいい」
「飲んだって、舐めただけじゃ…」
まとめて膝まで下ろされたジーンズと下着ごと足を持ち上げられ、胸に押し付けられる。
下肢は剥き出しになっているが、自分からはジーンズが邪魔をして甲斐の頭がかろうじて覗いていた。
「えいしろう、ここ勃ってる」
「ん、ん…甲斐く、はぁ…っ」
勃起している自身では無く太ももの裏側を舐められ、はぐらかされたような感触に思わず吐息が漏れる。
ふと顔を上げて木手の表情を見つめた甲斐がにやりと笑ったかと思ったら、待ち侘びていたペニスを握りこまれて腰が浮き上がった。
大きく節ばった男の手に扱き上げられて、グズグズと木手の理性が崩壊していく。
「っあぁ…あ、は…ぅ…」
元々この男が犬だとか、なら今しているこの行為はバター犬のようなものじゃないかという考えも、一瞬浮かんでは込み上げてくる快楽に四散していった。
先端から溢れる先走りで滑りが良くなると、快楽はさらに加速していく。
「っは、んん…!」
「やっぱり発情してるさぁ永四郎」
「はぁ…っや、ぁ…」
靴下を履いた自分の足の向こうに見える天井が視界には入っていたが、既に頭にまでは届いていなかった。
「永四郎、こっち」
その足をいきなり横に倒されたかと思うと、強引に腰を引き上げられて四つん這いの格好にされる。
するならするで服ぐらい脱がせてほしかったが、相手は気にもせずに木手の尻を両手で掴むと片方の山に歯を立てた。
柔らかい部分に硬い歯を突き立てられて、微かな痛みがそのまま快感として木手の背筋を撓ませる。
「ん、…っ」
噛み付いた口がいったん離れて同じ場所に口づけを落とし、伸ばされた舌先が肌の上を滑って尾てい骨の辺りへ向かっていった。
辿り着いた舌先に臀部の割れ目の始まりを擽られ、そこから走る思いもかけない快楽にベッドに額を擦り付けてしまう。
「ぁ…う、ぅ…んっ」
「永四郎尻尾もないのにここ気持ちイイさぁ?」
「ん、ん…っ、はぁ…ぁ…」
痺れるような刺激に身を捩っていた木手は、ベッドが軋んだ音を立てたすぐ後に自分へ甲斐のいきり立ったペニスが押し付けられたのに驚いた。
まさかそこへ一度も触れないままにいきなり突っ込もうとしているのかと背後を振り返るのと同時に体重をかけられ、文字通り身を裂かれる痛みに呻いて体をずり上げる。
「痛っ…甲斐クンやめて!」
「えー…、ぬーがよ」
「何の準備もなくて入る訳ないでしょ!馬鹿じゃないの!」
「やしがメスは入るばぁ?」
この際自分がこの男を受け入れることに対して抵抗を感じていないのは横に置いて、現段階で無茶をしそうな甲斐を怒鳴りつける。
本気で分かっていないらしい彼がきょとんとしているのにため息をつくと、木手は体を伸ばしてベッドの傍の引き出しからローションを取り出した。
と同時に、背後から聞こえた声に何となく苛付く。
雌犬とならしたことがあると言う意味なのか、本能でそれが分かっているのかは知らないが。
「人間は雌犬とは違います。それに俺は人間の男ですから、ちゃんと準備しないと駄目なんですよ」
「へぇ、で、どーやるんかや?」
「……そこで見てなさいよ」
左手にローションを垂らして手の中で温めると、ベッドに肩を突き四つん這いを崩した状態で足の間から背後に手を回す。
狭間にぬめった指先を滑らせて、何度か往復した後中指を中へ押し込んだ。
締め付ける括約筋を押し広げた指先で抜き差しを繰り返し、浅い部分で円を描くように掻き回す。
「ん…、ぅ…」
「…………」
「っふ、あ…あぅ…ん…」
背後にいる甲斐に見せ付けるようにして自分の後に指を入れている状況が、木手の興奮を煽った。
犬に入れてもらうために自分で準備をしていると言う背徳感も、その高揚の誘発剤になる。
知らず焦った手付きになり中指だけでなく人差し指も添えて差し入れると、押し広げられているのが分かる明確なその太さにジワリと視界が滲んだ。
「っ…永四郎、わんにもやらせて」
「あっ、ちょっと甲斐クン…っん、あ、っあ!」
木手の手首を掴んで指を引き抜かせた甲斐が、一気に二本の指を突き入れる。
自分のそれとは違う感触にゾワリと背筋が泡立ち、慣らしていた指はそのまま下へ落ちてベッドのシーツを握り締めた。
甲斐の指が締め付けてくる内壁の感触を楽しんで、指を曲げたり広げたりする度木手の腰がくねって踊る。
決して準備でも愛撫でもなくただ遊ばれているだけの動きにさえ感じて、その先をねだるように腰を突き出して身を捩っている羞恥が木手を煽り続ける。
「ァう、…ん…ぁあ…か、いクン…っ」
「中がぐにぐに動いてる」
「ん、んっ…、っく…ぅ…」
内部の一番感じる場所を掠めるだけで直接触れてくれない指先に焦れ、つい自分からそこへ押し当てようと腰を揺すってしまう。
けれど甲斐の意識は指をしゃぶる内壁ともっと大きい物を欲しがって食い締める縁の部分にあるらしく、そこばかりを弄って結果的に木手の欲しい物を与えてはくれなかった。
「あ、あ…甲斐ク…ねぇっ…」
膝で止まっているジーンズと下着から片足を抜いて足を広げ、上体を完全にベッドへ落して振り返ると木手の動きをじっと見ている甲斐と眼が合う。
ガラス玉の目に映っているのは興奮した自分の顔と、甲斐自身の欲情。
「もういいから、ね…」
「えいしろう…っ」
切羽詰まった声と共に木手の腰に甲斐の手が添えられ、再びペニスを押し付けられる。
ぐぐっと体重が掛けられて縁の部分が押し広げられる最中、ふとコンドームの存在を思い出したが背中を這い上がってくる熱の衝撃にすぐ霧散してしまった。
「っは、ああぁ…あ、あ…っ」
指よりももっと太い感触が奥を広げていくと、腰が抜けそうな甘い衝動を感じる。
きつく目を閉じれば体中の感覚が入り込んで来る他人の熱に集中し、わずかな快楽さえも拾い上げようと内壁が蠢いた。
粘膜同士が擦れ合う感触に、眩暈を起こしそうだった。
「ん…ぅあ…」
「んん…あ、…あぁ…」
背後から聞こえる溜息のような声と、尻に触れる下腹の感触とで根元まで押し込まれたのに気付く。
服も脱がせてもらえないまま、自室で見知らぬ他人とセックスしている。
それも元は犬だとか言う尻尾と耳の付いた変わった男と、まさに犬の交尾のような体勢で。
自嘲のような心地で思ったのに、口から漏れる吐息は興奮しきっていた。
「えいしろうの中きもちい…」
「甲斐ク…んんっ…あ、あっ…」
ズルリと引き抜かれた塊が、ローションの泡立つ音を立ててすぐに奥まで突き上げてくる。
少し強引なその動きにも、木手の体は痛みを感じる事なく甲斐の動きに応えた。
「っひ、い…ッあ、んん…ん、っ」
「はっ…ぁ、う…」
一心不乱に腰を打ちつけられ、シングル用のベッドがぎしぎしと不安な音を立てる。
ずり上がってベッドヘッドにぶつけないよう手を付いたら、体勢が安定してより深くまで突き進んできたペニスに奥を開かれ焼けるような快感に背筋が反り返った。
途端に縁の部分がきつく窄まって、咥え込んでいる甲斐を締め上げる。
「うう、えいしろ…きつ…」
「っは、あぁっ…あ、あ、だって…激し…っん、あ!」
締め上げられて勢いの弱まった突き上げに不服な体が、刺激を求めて腰をくねらせた。
自ら体を揺すって内壁で熱の塊を擦り上げ、締め付けたり緩めたりを繰り返して甲斐を促す。
「んん…ん、ぁ…あ、甲斐クン、んん…動い、…て…ぇ」
腰が揺らめく度に背後から微かに粘着質な音が響く。
甲斐から見れば自分のペニスが木手に咥え込まれている場所も、どんなふうに出し入れしているかもすべて見えているはずだ。
その証拠に、興奮気味に息を呑んだ甲斐が木手の腰を掴んでいた手に力が込め突然強く突き上げてきた。
「あぁ…!あ、あ、…あぅ、うっ…」
腰から頭の先までものすごい勢いで駆け上がってくる感覚に木手が身を竦ませても、甲斐の動きは気遣う様子も見せずに突っ走る。
ベッドに頬を沈ませた所為でただでさえずれていた眼鏡が振動で外れるほど激しく突き上げられて、視力の所為だけでは無く視界が滲んでぼやけた。
「ぁ…あっ…あァっ、そこっ、あ…っ!」
腰を抱え込まれて角度が変わり、先端が木手の弱い所を擦り上げていく。
胸をべたりとベッドに押し付けたまま揺すられる所為で、勃起した乳首がシーツに押し潰され擦られる感触すら気持ちが良かった。
「あぁっあ…あ、ア…あ、あ…!」
「えいしろっ…もぅ、出る…っ」
「や、駄目…待って!っあ…あぁっ…待っ…!」
自分の体内で暴れていた物が更に膨れ上がったかと思うと、甲斐の手が木手の肩に伸びて後方に引き寄せられる。
同時に激しさはなくなったものの、深さのある腰の動きに変わる。
「あ、出る…ぅう…っ!」
「っ、ん…あ…っ…」
内壁越しに脈動しているのが伝わって、甲斐が木手の制止を聞かずに自分の中で射精しているのが分かった。
もう?と言う思いは少し浮かんだが、普通であればすぐに終わるはずの逐情が長い事に気付いて背後を振り返る。
「か、いクン…まだ…ぁ、あ…」
「…んっ…まだ…っ」
「だって…あ、あ…ぅんん…」
何度も抜き差しをしながら精を吐き出すために、木手は甲斐の精液が溢れて自分の内股から膝の方まで流れていくのを感じた。
そこまでいってようやく満足したのか大きく息をつく背後の男は、まだ硬度を保っているペニスで中を掻き回すように腰を動かす。
グチュリと中の精液が音を立て溢れる勢いが更に増すと、粗相をしているような気になって必死に後孔を締め付けた。
「っん、あ…あ…っ」
「永四郎、わん犬やさ。いっぱい出るんど、まだ終わりじゃねーさぁ」
「…そんな…っ、ああぁ…!」
「っ…もう一回、な?」
ベッドの軋む音と共に突き上げられる衝撃が、再び木手を支配した。
粗相を嫌がって締め付ける場所を押し開き、未だ熱を上げてペニスをしゃぶる内壁を突いては擦り上げていく。
達しかけていた体は疲れを見せない甲斐の動きに飛びついて享受し、瞬く間に絶頂まで駆け上がった。
「っは、あぁ、あ、あっ…!ああぁァっ…!」
「ん…っく、ぅ…!」
「ああぁ…っ、待っ、…あ、あぁあ…!」
ガクガクと身を震わせて体内からだけの刺激で射精に至った木手を、容赦なく更に揺すり上げられる。
二度目の懇願も、やはり甲斐は聞いてくれなかった。
結局、甲斐が満足するまで5回、人間離れした量の精液を体内に注がれた。
もともと人間では無いのだから人間離れも何もあったものじゃないのかもしれないが、それにしたって姿形が人間に近くなっているのだからもう少し人間に合わせてもいいと木手は思う。
うつ伏せのままベッドに沈む自分の隣で、甲斐はすっきりした顔で寝転んで犬の癖にテレビなんか見ている。
どうにか文句を言ってやりたいが、これまでの経験の中で一番気持ち良かったと認めざるを得ないためにそれもできない。
「前の飼い主にもこんなことしてたんじゃないでしょうね…」
「はぁ?わん人間になったの初めてやさ」
「……ビール……」
「永四郎焼きもちばぁ?犬の時に皿に出して飲ませてくれたんどー」
悔し紛れについた悪態は、ケロッとした顔にあっさり一蹴された。
だったら何で自分には人間になって見せたんだ、と独り言のように呟くと振りかえった犬が満面の笑みで笑う。
「わん、永四郎の犬になりたいんどー」
「は…?」
「抱っこされたの嬉しかったさぁ。あったかくていい匂いした」
「……だけどうちは……」
「あんせー、わんが犬じゃなかったら大丈夫あんに」
そう言う問題じゃない、単身用のマンションに男が二人住める訳が無いし、第一ここは木手の名義ではなく親の名義で借りたマンションだ。
大家から親に連絡が行けば、東京での暮らしを疑われる。
甲斐との関係がばれなくとも、友人が長い間居座っているだけでも普通の保護者は顔を顰めるだろう。
「……駄目?」
「だ……」
「永四郎…」
「っく…好きにしなさい」
じっと見つめられて断れるわけが無い。
初めからペットが駄目だと分かっていて子犬の甲斐を拾ったのも、彼の黒々とした大きな瞳のせいなのだから。
喜んで飛びついてくる甲斐の頭を撫でながら、木手はどうやればこの犬だか男だかを誰にも見つからずに飼えるのかを考え始めていた。
END
2008/11/02:完成
2008/11/02:UP