好きだから

「明日時間あります?」

 ロッカーの方を向いて着替えていた俺は、その言葉にぴくっと肩を揺らす。
 声だけで分かるのも変な話だが、神経質そうなあいつの声色はどんなに騒がしい場所でも一番に俺の耳に届く。
 しかもそれがデートのお誘いかも知れないなんて、聞き逃す手はない。

「ぬーが、永四郎……」

「ねぇ、知念クン。明日の日曜日何か用事あります?」

 振り返った瞬間、永四郎は俺の隣の寛くんに声をかけていた。
 寛くんは永四郎の方を見てたけど俺の方に顔と視線を向けて、それから顔だけ残して視線を永四郎の方へ向ける。

「あ、あぁ……うん、別に……用事はねーらん」
「そう?良かった。映画の割引券が二枚あるんだけど、一緒にどうかと思って。確か、君が見たいと言ってた映画だと思うんです」

 永四郎の長い指に摘ままれているチケットがヒラヒラ揺れて、俺は半開きだった口をムッと突き出した。
 隅っこで携帯を弄っていた凛がゲラゲラ笑い出したから、そっちに向かって上着を投げつける。

「ぬーが!裕次郎!わんに八つ当たりすなけ!」
「凛こそ笑わんけ!」
「はぁや!やーが勝手に勘違いしたんばぁ!」

 つい大きな声を出してしまって、慌てて永四郎の方を振り返った。
 呆れた顔をされるか、もしかしたら俺も一緒に誘ってくれるかも知れない。

 微妙な期待をしてみたけど、永四郎はこっちを見て眉を潜めるだけだ。

「いきなりどうしたって言うんですか君たち」
「え?永四郎……」
「油売ってないでさっさと帰りなさいよ」

 俺が勘違いしたことに気付きもしなかったのか、軽く首を傾げてそう言った後永四郎は寛くんと明日の待ち合わせ時間を決め始めてしまった。
 寛くんも、映画に興味を惹かれたのかもうこっちを見ようともしない。

「裕次郎よぉ、やーも苦労するばぁ」
「……うっさい」

 ニヤニヤ笑って肩を組んでくる凛を振り払って、俺は着替えに戻った。
 背後では楽しそうに明日の話をする二人の声が聞こえてきていて、どんどん気分が沈んでくる。

 永四郎は俺の恋人なのに、あんな風だ。



 あんな風って言うのはどんな風かって言うと、つまりはこう言う事だ。
 俺と永四郎は付き合ってるのに、寛くんと映画に行く。
 この前は慧くんと新しくできたらしいレストランのバイキングに行ったとか言ってたし、俺の事を笑っていた凛とだって買い物に行ってた。
 ついでに言えば新垣と不知火も、度々永四郎と遊んでいる。

「永四郎!ぬーでわんを誘ってくれんばぁよ!」
「何言ってるの甲斐クン。ホラー映画なんて君見ないでしょ。見たって隣でギャンギャンうるさいじゃない」
「あらん!映画だけじゃねーらんど!バイキングだって!くぬ前凛と同じブランドのシャツ着てたばぁ!」

 俺は永四郎のカレシなんだから、映画だってご飯だって買物だって一緒に行くのが当たり前だ。
 少なくとも俺はそう思ってるけど、永四郎は違う。
 だから俺がこうやって永四郎が俺意外と遊びに行く事に対して問い詰めると、いつもこう言う。

「だって別に友達と遊びに行くのは構わないでしょ」

 この一言で、俺は何も言えなくなってしまう。
 うん、構わない。
 構わないんだけどそれって違うと思う。

「田仁志クンはバイキング好きだもの。平古場クンとは性格は合わないけど、服の趣味はまぁ合うし、セールだったしね。俺君も誘ったじゃない、でも君行かないって」
「そうやないんばぁよ!わんは永四郎と二人がいいんさぁ!」
「二人って……二人でバイキング行ったら田仁志クン怒るよ。知念クンあの映画見たいって前から言ってたし。それに、甲斐クンと服の趣味合わないじゃない」

 こうなったら、もう唸るしかない。
 
 俺が言いたいのは、永四郎がなぜ俺を最初に誘わないのか、だ。
 どこかへ出かけたいと思った時、誰と行きたいかって考えて一番に上がるのは普通恋人じゃないのか。
 それが好きって事だと思う。
 だから俺はどこへ行くのも永四郎と一緒がいいし、永四郎のためだったら好きでも無いホラー映画も、バイキングも、興味のないブランドの店だって一緒に行ってやるのに。

 だけど永四郎はそうじゃない。

「まぁよー、カチカンの違いってやつだばぁ?」
「……平古場クン、それ漢字で書ける?」
「……、別にいいやんやー。くま教室だばぁ?そういう話題は控えた方がいいんじゃねーの?」

 いきなり話に入ってきた凛に言われて、俺は今自分が教室にいるのを思い出した。
 休み明けの月曜日、永四郎は寛くんと映画に言った事を楽しそうに話してた。
 そこで俺が、いつものごとく爆発してしまったわけだ。
 そっと辺りを見渡したけど、みんな慣れ切ってしまっているのか驚く様子もない。

「裕次郎は、どこに行くにしても永四郎と一緒がいいんばぁ?」
「当たり前さぁ!」
「たとえば裕次郎が興味ねー場所だったとしても、永四郎と一緒なら行きたいんどー?」

 俺は当然とばかりに大きく頷く。
 でも目の前の永四郎は不可解そうな顔をするだけだ。

「やしが、永四郎はあらんわけよ」
「そうですね。こう言っては何ですけど、目的に合った人と行く方がいいと思います」
「つまり、ホラー映画ならホラー映画の好きな知念と、飯なら飯食うのが大好きなあぬデブと、買い物いちゅんなら同じブランドが好きなわんと」

 今度は木手が大きく頷く。
 でも俺は、意味が分からなかった。

「だったら……永四郎はわんとどこに行きたいんばぁよ」
「甲斐クンと?……そうですね……」

 考える素振りをするけど、答えは決まってる。
 俺と永四郎が、同じ物を好きになることなんかほとんどない。
 俺が右と言えば永四郎は左、俺が白と言えば永四郎は決まって黒だ。

「……特にないですねぇ」

 ぬーがそれ、と笑う凛の声がすごく遠くに聞こえる。
 永四郎は俺の事を好きじゃない。
 だって好きなら一緒にいたいと思うはずだし、一緒に色んな所へ行きたいと思うはずだ。
 
 なのに、永四郎は俺と行きたい所はない。

 それは俺にとって、『別れよう』と言われてるのと同じだ。

「……もういいばぁ!永四郎のふらー!」
「ちょっと甲斐クン!?」

 これ以上詰め寄っても言いくるめられるのが分かっているから、みっともない捨て台詞を吐いて教室から逃げ出した。
 背中から追ってくる永四郎の声も無視して自分のクラスに戻ると、置いてあったカバンを引っ掴む。

「…………っあが!」

 駆け出す寸前の速さで歩きながら鞄を背中に背負った俺が廊下の角を曲がった瞬間、誰かとぶつかって弾き飛ばされてしまう。
 尻を硬い廊下へ、鼻を廊下の角から出て来た誰かにぶつけてみっともなくへたり込んだ状態で上を見上げた。

「あいー…痛いばぁ!ちゃんと前見て……ある、け……」
「ならお前は昼休みに鞄を持ってどこへ行くつもりか言ってもらおうじゃねぇか」

 禿げた頭に柄の開襟シャツ、太い首元にギラリと光るゴールドのネックレスなんぞつけている輩はこの比嘉中では一人しかない。
 鬼の監督、晴美だ。

「てめぇまさかさぼるつもりじゃねーだろうな」
「いや、……まさか……そんなわけないさぁ……?」
「ほお……」

 ニヤリ、と笑う顔がまさに本職の人間に見えて、俺は自分の頬っぺたがひきつるのを自覚した。



 さぼろうとした罰、と晴美に職員室まで引きずられて手渡されたのは、びっしりと数学の問題が書かれたプリントだ。
 晴美は別に数学の先生でも無いのに、これを明日までにやってこいとか無茶を言った。
 受け取らなければ殴られるのは分かっている俺は素直に受け取ったけど、やって行く気はさらさらなかった。
 どうせやって行かなくても練習メニューが少しきつくなるぐらいだ。

 なのに……。

「…………」
「ぼーっとしてる暇があればさっさと終わらせなさいよ甲斐クン」

 何で俺は部活が終わった後わざわざ部室に残ってプリントをやらされているんだろう。
 しかも目の前には、何か小難しそうな小説を読んでいる木手が座っている。
 昼休みに捨て台詞を吐いて逃げたはずなのに、永四郎はそんな事無かったかのような涼しい顔で目の前にいた。

「……ここわからん」
「そんな基礎も分からないの?授業でいつも何聞いてるんですか……君の頭は飾りなの?」

 分からない所を指させばそれなりにスパルタな方法で教えてくれる。
 解き方を聞いただけなのに、授業態度への小言とか部活への出席具合とか色々な説教が付いて回る。

「で、これとこれを足すと答えが出ます」
「へー……」
「……ちょっと甲斐クン、分かってますか?」
「あ、わかってるさぁ」

 明らかに疑ってます的な視線で見てくる永四郎から、俺はプリントに視線を落とした。
 とりあえず言われた通りに問題を解いていくと答えが出てきて、そこからいくつかは何の躓きも無く回答欄を埋めていく。

「……ところで甲斐クン」
「んー?」

 三つ目ぐらいまで解き終えたとき、永四郎が口を開いた。
 四つ目の問題は少し捻りを加えた応用問題で、俺は数字の羅列を睨み付けていた。

「今朝の事なんだけど。勘違いしてるみたいだから」
「あ、……うん」

 まさか永四郎の方から触れてくるとは思っていなかったから、ちょっとびっくりする。
 つい問題を解く手が止まったけど、永四郎はその事には何も言わない。
 というか、勘違いって何が。

「別にどこでもいいんですよ」
「ぬーが」
「甲斐クンと行く所」

 ダメ押しかと思うような言葉に、俺はふてくされた顔をした。
 でも永四郎は気付かない。

「もうその話は……」
「君とわざわざどこかへ出かける必要がありますか?」
「…………」
「君がいればそこがどんな場所だって俺は十分満たされてますよ」

 当たり前のような顔をして言うのに、耳だけちょっと赤い。
 こう言う時永四郎の髪形は損だなと何かちょっと違う事を考えながら、俺はプリントに視線を落とした。

「…………」
「…………」

 何となく黙り込んだら永四郎も何も言わなくなって、静まり返った教室の時計の音が聞こえてくる。
 手持無沙汰にそちらを見上げれば、もう5時を回ろうとしていた。

 じわじわ、とだんだん胸が熱くなった。
 教室の椅子に座ってるのがつらい。
 今すぐ体を動かしたいような、大声を上げたいような気持ちになる。

「……ちょっと甲斐クン」
「はぁや?」
「何とか言いなさいよ。恥ずかしいでしょ」

 ここで騒いだら永四郎が絶対怒ると思いながらうずうずしていたら、妙に可愛い事を言い出した。
 恥ずかしいとか、絶対言うような性格じゃないのに。

「永四郎」
「何」
「今度わんと海いちゅんどー!二人で!かんなじ二人で!」
「何、いきなり。うるさいよ甲斐クン。サッサとプリント終わらせなさいよ帰れないでしょ」

 馬鹿じゃないの、みたいな顔をする永四郎は、それでも行かないとは言わない。

 恥ずかしがって必死に話題を反らせようとするのが可愛い。
 先に帰る予定が微塵もないのが可愛い。
 笑って顔を覗き込んでやればちょっと洒落にならない鋭さで睨み返してくるのも、まぁ…可愛い。

 これが俺の恋人だと思ったら、何かもう色々満足した。

「だぁ、日曜にいちゅんど」
「あ、日曜日は駄目」
「約束あるんかやー?」
「新垣君とサーフィンに行くんです」

「……永四郎のふらー!」

 だけど俺はやっぱり、永四郎を独占したい。



 END

2009/06/20:完成
2009/07/19:UP