弦一郎くんと国光くん

「何だこの本は」

 ある晴れた春の日のこと、祖父の使いで自宅を訪れた手塚は部屋に入ってくるなりベッドの上に放り出されていた本を手に取って眉を潜めた。
 しかし部屋の主の真田はそれに気付かず、さっきまで読んでいた本を本棚に戻していた。

「あぁ、さっきまでテニス部の連中が来ていたからな。大方忘れていったんだろう。まったく、たるんど……一体なんだその本は!!」
「それは俺が聞いている」

 この場に居ない連中に小言を言いながら振り返ると、上半身裸の女性が両手で乳房を包み込んで映っている写真のページを開いている手塚がいて思わず怒鳴ってしまった。
 しかし至って冷静な手塚の返答にハッと我に返り、そしてまた頭に血が上った。

「ち、違う!俺のではないぞ!仁王が置いていったのだ!!」
「そうか……」
「そ、そんなものまじまじと見るな!恥を知れ恥を!」

 パラパラとページを捲って行く手塚は、本格的に見るつもりなのか床に腰を下ろしてしまう。
 最初こそ顔を真っ赤にして目を背けていた真田だったが、手塚が余りにも冷静に見ているので気になってつい手塚の隣に腰掛けてしまう。
 ヌード写真、コスプレ、盗撮など、ページを捲るたびに内容は過激になっていく。
 過激になるにつれて真田は本を直視することが出来ず、先ほどからはチラチラと視線をやってもすぐに逸らしてぶつぶつと文句を言うに留まっていた。

「こんな…女子のっ、裸など……っけしからん!」
「………む」
「どうした?」

 あるページで手を止めた手塚に気付いて、真田はついそのページを覗き込み咄嗟に顔を手で覆って本から飛び退いた。

「な、なな…何をしてるんだその女は!は、破廉恥な!」
「…………」

 その写真は、全裸の女性が扇情的な表情で両腕を胸に回しその大きな乳房をぎゅっと寄せて強調している写真だった。
 露になる胸の大きさとその表情がちらついて、真田はぶんぶんと大きく首を振った。

 だが手塚は、そのページを捲ろうとしない。 

「……手塚?」

 先ほどまでさして興味も無くパラパラと捲っていた手塚の異変に、真田は四つん這いになって手塚に近づき、その写真を指差す。

「こういう女が、好きなのか…?」

 恐る恐るといった具合に問いかけるが、手塚は全く反応しない。
 ただ、メガネの奥の瞳はじっとその女性を見つめている。
 手塚はこんな女が好みなのか、見慣れた所為かようやく直視できるようになった写真を見下ろしていると、手塚がようやく口を開く。

「違う」
「そ、そうか…そうだな、こんな卑猥な女は…」
「胸が…」
「む、胸!?」

 コクン、と頷く手塚を見やり再び写真を見る。
 豊満な胸を晒している女性の、その大きな胸に手塚は視線をやっているようだった。

「……巨乳が、好きか?」
「あぁ…」
「…そうか」
「…お前は?」

 いつもと同じ凛々しい表情でこちらを見る手塚を、真田は卑猥な写真よりも直視できずにあれほど恥ずかしいと思っていた本のページを捲りだす。
 真田とて年頃の男児、女性の仕草にドキリとしたこともある。
 だが、直接欲を刺激するためだけの本に出ている女性は、見た経験が無かった。

「そ、そうだな……俺は、余り胸は大きくないほうが…」
「ほぅ、貧乳か」
「そうではない、大きくも無く、小さくも無く…だな」

 いくつかページを戻った真田は、その中の一人の女性を指差した。
 方眉を上げてその一連の動作を見ていた手塚は、やがて合点がいったように頷く。

「安産型の尻だな」
「あぁ、いつの時代も子宝に恵まれる女は良い女だ」
「そうか…だがこの女は胸が小さい」
「胸は関係ない」
「………俺は巨乳が好きだ」

 いつしか真田も夢中になって口を開き、手塚も言葉は少ないながらもそれに答えるようになっていった。





「では、またな」
「あぁ」

 夕暮れを辺りが包む頃、手塚は返っていった。
 小脇には、あの本を抱えて。

「……巨乳か」

 小さく呟く真田の背中を、彼の母が見守っていたとかいないとか。


2006/04/01:完成 2008/03/01:UP