岐路4

 それはほんの偶然からだった。

 今日は家族が出払っているので、平古場クンたちと皆で外食にしませんか。
 昼間そう言われていたのを思い出し、日吉は服を着て髪の毛を乾かした後離れを出て母屋へ向かった。
 他意などなく、単純に何時頃でかけるのかを問うためだ。

 今思えばメールか電話で聞けば良かったのだと思う。
 けれど日吉は余りメールも電話もしない性質であったし、何より歩いてすぐの場所にいると知っている相手に携帯を使う気はしなかった。

 しかし慣れない他人の家で、離れに泊めてもらっているとは言え母屋の方へ勝手に入って良いという事にはならない。
 だから一度玄関へ回ってインターホンを押してしばらく待ってみたものの、居るはずの木手は全く出てこない。

「どこかへ行ったのか…?」

 妙に静まり返った木手の自宅は、いつもと違って何処か湿り気を含んだ重たい印象を受けた。
 不思議に思いながらも木手に連絡を入れてみようかと携帯を取りに離れへ戻るため母屋を回りこんだとき、ふとリビングの窓から何かが見えた気がして足を止める。

 木手の家のリビングには窓を開けて外へ出られるように、庭に面した壁が一面窓になっている。
 今は薄いレースのカーテンがかけられていて外からの目隠しにされているが、その奥に置かれたソファの方で人影のようなものが見えた気がしたのだ。

 窓から少し離れたところに立っていた日吉は、木手ならば声をかけようと思い近づいて行く。
 レースとは言え離れると中の様子が分からないように作られているカーテンは、距離が縮まるに連れて家具などの輪郭が鮮明になっていった。

「っ…!!」

 声を上げなかったのは、最早ラッキーだったとしか思えない。
 手を伸ばせば窓に触れると言うその時、完全に焦点を結んだ部屋の中の景色は日吉にとって驚くべきもの以外の何物でもなかった。

 コの字型になるようにして配置された大きなソファと2脚の一人用ソファ。
 真ん中にローテーブルが置かれたリビングは、いたって普通の一般家庭だ。

 その一般家庭のリビングルームで、木手はセックスしていた。

 テーブルが不自然に歪んでいるのに気付いた次の瞬間にはもう焼き込んだ肌の色が見えていて、瞬く間に全てを理解する。
 投げ出されたように木手の眼鏡がテーブルの上に置かれて、それだけが妙に記憶に残った。

 1人用のソファへうつ伏せに上半身を預け、肘掛けを強く握り締めている手。
 床に膝を付いて尻を高く上げ、背後から足の間に男を受け入れていた。
 男の手が木手の腰を掴んで揺さぶるたび、誘うように身をくねらせては捩る。
 ソファに臥せっているため肘掛に隠れて顔は見えないが、片足に絡み付いている黒いジャージは木手が練習中に着用しているものだった。

「なんっ…」

 思わず出掛かった声を片手で塞いだのは、中の彼らに気を使っての事ではない。
 自分の声に被さって中の声が微かに聞こえてきたからだ。

 木手の、声が。

『ぁ…あ…っん…っ、ん…』

 逃げればいい、こんなところ見たくも無い、そう思っているのに足は硬直して動かなかった。

 窓ガラスに遮られ途切れがちなそれが鼓膜に響いた途端、辺りの空気がぐっと重くなったように感じる。
 まるで蜂蜜のように粘り気を帯び、甘ったるく喉を焼くような木手の声。
 声変わりを終えた低い声が濡れて上擦り、熱を多分に孕んで蕩けていた。

 不意に腰を撫で回していた男の手が木手の股間へ伸びると、弾かれたように体を仰け反らせる。
 背凭れを握り締めていた手をソファにつき、緩慢な動きでうつ伏せていた体を起こした。
 何かに耐えるように閉じられた目と、高潮した頬がいつもの彼とは全く違っている。
 横顔だけでも十分に分かる悦楽の表情に、知らずゴクリと息を呑んだ。

 体を起こす際に浮き出た肩甲骨にある一際目立つ鬱血の跡は、最早赤を通り越して紫色に変色している。

『っぁう…ぁあ…あ、っ…』

 愛撫する男の手に腰を擦り付けようとしてかそれとも身の内に咥え込んだ男を感じさせようとしてか、木手の腰が明確な意思を持って動き始めた。
 腰を振る木手の肩を男が空いた逆の手で掴んだ時になってようやく、自分が無自覚のまま木手に見入っているのに気付いた日吉は相手が誰かを知るため手から腕、肩へと視線を移す。

「っ…!」

 喉から悲鳴が出そうになるのを押さえ込むのは二度目だった。

 肩にかかるほどの金髪、見知ったユニフォームを半端に乱れさせただけの平古場が、薄く笑みを浮かべて日吉を見ていた。
 興奮を隠しもしない顔で自らの唇を舌で舐め濡らし、驚愕に動けない自分へ視線を貼り付けたまま見せ付けるように木手を揺さぶる。

『あっ、ぁ…っん、ぅ…』

 乱れた髪が平古場の動きに合わせて揺れ、木手の唇が何か言葉を象ったのが見える。
 平古場は日吉から視線を外して木手を見下ろし、掴んでいた肩をグイッと引き起こした。
 不審そうに彼が振り返ったため、日吉から木手の顔がはっきりと見えるようになる。

 頬だけでなく目元までうっすらと赤く染まり、唇は唾液か体液か分からないもので濡れて艶めいていた。
 普段は冷たささえ感じられる視線が甘く解けていて、はしたない淫らさを露にしていた。

 その彼に何事か声をかけた平古場がゆっくりと離れていく。
 何か答えるように小さく言って肩を大きく上下させた木手は、どうやらため息をついているらしかった。
 それから体を起こしてソファに座り、口元に笑みを浮かべながら軽く足を開いてみせる。

 平らな胸、薄くだが筋肉の見える腹、そこに散る快楽の残滓も立ち上がって雫を垂らすそれも何もかも男のものなのに、彼は自ら男を受けいれるために足を開く。
 木手の片足を平古場が抱えあげると、背凭れに凭れた体が少しずり下がり腰を突き出すような体勢になった。
 自分の体を支えようと頭の上の背凭れを掴んだ彼が逆の足を自分で肘掛に引っ掛け、あられもない格好を見せるのと同時に平古場が再び木手の体内に身を沈ませる。

『ん…っぁ、…あぁ…!』

 体勢が変わった所為で身の内深くまで押し入ったのか、痙攣して体を硬直させた木手が感極まったような声を上げる。
 肩を上下させて荒い呼吸を繰り返しているのがこちらからでもわかった。

 すぐに突き上げられ、襲い来る快楽に眉を寄せて惜しみなく声を上げる木手の唇を体を密着させた平古場が奪う。
 動きを止めないままに舌を絡め合い、まるでそうするのが当然のように平古場の首へ腕を回した。

 その様子を見た瞬間焼け付くような胸やけを感じて我に返り、日吉は所在無くあたりを見渡す。
 そしてようやくもつれる足を無理やりに動かして離れに飛び込み、とっさに鍵をかけて扉にもたれかかった。

 そのままずるずるとしゃがみ込んで、膝の上に置いた腕の中に顔を埋める。
 頭の中を整理するのに、時間が必要だった。

 木手と平古場がセックスしていた。
 この際男同士なのはどうでもいい、重要なところは別にある。

 彼らが恋人のような素振りは一回だって見せたことが無く、むしろ木手は平古場を少し鬱陶しそうにあしらっている風でさえあった。
 だが恋人だったとしても知り合って2、3日しか経っていない自分が知らなくても無理は無いだろう、日吉はそう無理やりに納得させた。

 問題は少しでも減らさないと、これから考える事に発狂してしまいそうだった。

 何故自分は、彼らのセックスを変質者のように覗いていたのか。
 正確にはセックスではない、乱れた木手の姿を、だった。
 現に今思い出そうとしても浮かぶのは平古場ではなく木手の表情や体、そしてあの声だった。
 まるで幻聴のように聞こえてくる声に怯えて咄嗟に耳を塞ぐが、頭の中で響く声は消えてくれない。
 平古場に見つかった後でさえ、離れがたくその場に立ち竦んでいた。
 
 雑誌やビデオのように暈しが入っているわけでもない生々しい光景を、食い入るように見つめていた自分に嫌悪感が募る。
 これでは平古場が木手にしたことを自分もしたいと思っているようだ。

「っ…ぐ…!!」

 思った途端に強烈な吐き気が込み上げてきて、日吉は玄関のすぐ側にあるトイレに駆け込んだ。
 昼食を食べてから大分時間が経っているので大したものは出てこないが、苦しさに咳き込んでその場に座り込む。

 木手にあんな事をしたいのか、自分は。
 苦しさにぼんやりとする頭でそう考え、怖気に身を震わせた。

 中学に入ってから強豪の氷帝学園で何とか上に這い上がるため、日吉はわき目も降らずにテニスへ打ち込んできた。
 元々キャアキャア騒いでやかましい女子は余り好きではなかったし、それよりはテニスで強い人間に勝つ事の方が楽しかったし精神的な快楽も得られていた。
 勿論年相応に知識も興味も性欲もあるが、日吉にとってそれはまだ自発的な欲求と繋がるものではなくむしろ排泄に近い感覚だった。

 自分の中であまり大きな位置にない物がいきなり膨張して弾けたように感じた。
 最初に感じたのは覗きなどをした浅ましい自分への嫌悪感、次に来たのは木手への欲望を自覚した途方も無い絶望感だ。
 よろよろとトイレから出た時、今更になってジーンズを内から押し上げる自身に気付いたのに気付いて日吉は泣きたくなる。
 ああだから、逃げるときに足がもつれたのか、やけに冷静な頭の隅でそう思った。




「日吉クン、いないの?……何だ、いるじゃない。御飯食べに行くでしょ」

 声をかけられたのは辺りがもう薄暗くなった頃で、玄関で声をかけていた木手が部屋にまで入ってきて電気をつけているのが目に入った。
 その時になってようやく自分が電気も付けずに部屋の真ん中に座り込んでいたのだと気付いて、日吉はゆっくりと立ち上がった。

「木手さん…」
「どうしたの?具合でも悪い?」

 目の前で首を傾げる木手は、先ほどの情事など無かったかのようにいつもと同じ表情をしていた。
 しかし夢だと思いたかった日吉を嘲笑うようにわざとらしくシャンプーの香りを身に纏っていて、更に現実を突きつける。

「永四郎ー、わん腹減ったんどー。さっさとしれー」
「わかったから、ちょっと待ちなさいよ」

 バタバタと乱暴な足音で平古場が部屋に入ってきて、日吉を見た瞬間意味ありげに笑みを浮かべた。
 夢じゃないと言われた気がして咄嗟に目を反らした自分に、木手が覗き込むような体勢で問いかけてくる。

「具合、悪いの?辛いなら無理しなくてもいいけど」
「あ…いえ…大丈夫です。行きます」
「そう」
「えー、早くするさぁ。もうみんな待ってるんどー」

 二人と連れ立って外に出ると、平古場が言ったとおり甲斐と知念、田仁志が待っていた。
 みな私服だったが日吉のようにジャケットは着ておらず、東京の冬とは全く違う服装だった。

「えー、でーじはばーな服着てるやっし日吉」(すげぇ格好いい服)
「でも暑そうだな」

 しげしげとこちらを眺めてくる甲斐と知念の無邪気な様子に何だか酷くホッとさせられて、日吉は口元に薄い笑みを浮かべた。

「東京じゃこれでも寒いんです。こっちが暑いくらいですよ」
「あいー…だからよー、寛くん。やっぱりあれが良いってわんいゆったばぁ?」
「やしがしちしかんがあるば?特にあにひゃー好みに煩いやっし」(でも好き嫌いがあるだろ?)
「だーるなー」(そうだな)

 自分を置いて会話を始めた二人から視線を外すと、先に歩いて行く木手と平古場が見える。
 紺色のシャツに身を包んだ木手の背中に、うっすらと隆起する肩甲骨に残されたキスマークを思い出して思わず眉を顰めた。

 服に身を包み、いつもの眼鏡をかけて涼しい顔をしている木手を、服を剥いてまで押し倒してやりたいとはどうしても思えなかった。
 ビデオや本を見たときと同じ、単に性的欲求を刺激されただけなのかと日吉は少しだけ安心する。

 そんな事を考えていたら不意に平古場が振り返って、日吉はギクリと身を強張らせる。

「えー、日吉。やーぬーがしかんもんあるんどー?」(お前何か嫌いなものあるか?)
「……は?」
「嫌いなものはありますか、って聞いてるんですよ」

 平古場の言葉に意味が分からないでいると、肩越しにこちらを振り返った木手が言葉を付け足してくれた。
 その顔を見ないように平古場へ視線を貼り付け、日吉は答える。

「あぁ、…別に何も無いです」
「じゃあ日吉はゴーヤー食ってみれ、人生初のしかんもんやっし」
「まだそうと決まったわけじゃないでしょ。美味しいと思うかもしれないじゃない」
「あいー、あんな苦いもん旨いと思うのは永四郎だけさー」

「永四郎は苦いもん好きやっし」

 隣で甲斐がニヤニヤするのを、今日の昼間までの日吉ならば首を傾げていただろう。
 甲斐に他意は無いのかも知れないが、あの木手を見た日吉は自分の思考がどうしてもさっきの行為を思い出してしまうのを止められなかった。

 再び前を向いて歩き出す木手と平古場を眺めながら、日吉は彼らが恋人関係にあるのかと考えた。
 平古場が執拗に木手に絡めば彼は露骨に嫌な顔をして嗜める事もあるが、こうして歩いている今は二人とも柔らかい表情を見せて笑い合っている。
 それは付き合っている恋人の様でもあったし、単に心を許した仲の良い友人のようにも見えた。

 例えば木手が女なら、腕を組んだり手を繋いだりするから一目で分かるだろう。
 しかし木手も平古場も男であり、まさか部活の仲間がいる前であからさまな接触をするはずが無い。
 結局、身近に男同士のカップルなどがいない日吉には、二人が付き合ってるかどうかなど分かりはしなかった。

 国道沿いにあるファミリーレストランは平日の夕方という事もあってか閑散としていて、6人にしては広い席に案内された。

 窓に背を向けるような形でテーブルを囲むコの字型に作られたソファに腰掛けたとき、日吉は自分の隣に木手が座っていることに舌打ちしたくなった。
 日吉は木手の家に泊まっているし、縮地法だ試合だと木手と親しくしているように見えるからこの席順は妥当なんだろう。

 だが、一番端に座った日吉の向かい側に座った平古場が、自分に視線を送ってくるのが居た堪れない。

 薄く浮かべた笑みが、一体忍足とどう似ているかなど今ではもうはっきりわかってしまった。
 日吉が嫌がる話題、特に性的な揶揄を投げかけるときに忍足は決まってこの笑顔を見せる。
 眉を寄せて木手とは反対の方向へ顔を向けても、平古場は頬杖を付いて顔を傾け覗き込んできた。

「えー、元気ないばぁ。やー、やっぱ具合悪いんどー?」
「そんなことは…ないです」
「ならいいけどやぁ」

 肩を揺すって笑う様が憎くて、日吉は唇を噛み締める。
 けれどふと、こういう場合平古場は怒るべきなんじゃないだろうかと思った。

 自分の恋人が乱れている姿を見られるのは、乱しているのが自分ならばそう深刻ではないにしろいい気はしないのではないか。
 だが目の前で笑っている平古場は不快な思いさえ感じていないようで、かと言って今ここで事を明らかにする気も無いようだ。

「日吉よー、やーにんぐるいるんばぁ?」
「にんぐる?」
「恋人の事ですよ」

 一体何を言い出すんだと平古場を睨みつければ、彼は肩を竦めて更に問うてくる。 

「東京の中学生は進んでるんばぁ?やーにもにんぐるぐらいいるやっし」
「…いません」
「あい?」
「だから、恋人なんていません。テニスが忙しくてそんな暇ありませんから」

 アンタ達と違って、いつもの調子で皮肉が出そうになるのをごくりと飲み込んで、日吉は少し俯いて答えた。
 俺達を覗いていたくせに、そう平古場に思われるのが怖かった。

 しかし平古場はあっさりと別の話題を持ち出し、日吉は心の中でホッとため息を漏らす。
 そんな心境で食べた食事の味など、全く覚えていなかった。



「じゃ、明日な」
「明日遅れさんけー」
「誰に言ってるの、甲斐クンのほうこそ遅れないでよ」
「あいー!」

 時計が九時を回った頃、店の前で解散になった。

 皆方向が違うのか、ばらばらとばらけて帰って行くのをぼんやり見送っていると自分の隣で木手が踵を返すのが見えた。
 それを追いかけようと日吉が足を踏み出した途端、後ろから声をかけられる。

「えー、日吉」
「…平古場さん?」

 すっかり帰ったものだと思っていた平古場が目の前に立っていた事にも驚いたが、彼が自分の耳に顔を寄せて囁いた言葉にも驚いた。

「やー、溜まってんなら木手使えよ。言えばヤらしてくれるぜ」
「え…?」

 平古場が日吉に何か言っているのに気付いた木手が振り返って怪訝そうな顔をしていたが、日吉はそれに意識をやる余裕も無かった。

「じゃ、また明日な」
「あ…は、い」
「永四郎、じゃぁな」
「ええ、さようなら平古場クン」

 トン、と平古場に背中を押されて歩き出した日吉は、そのまま覚束ない足取りで木手の隣に並ぶ。

「日吉クン、平古場クンに何か言われたの?」
「あ…えぇ、まぁ…」
「大方また変な事いったんだろうけど、気にしなくていいからね」

 木手は少し上を向いて空を見やり、厚く空を覆う雲に雨が降りそうだと呟いた。
 少し反らした喉元を見つめていた日吉は、少し歩調を緩めて木手と距離を取る。

「明日雨が降ったら、練習は休みになるね」
「…そうですね」

 木手は気付いていないのか、のんびりとした歩調で歩きながらポケットに手をやり携帯を取り出した。
 薄暗い歩道で木手の手元だけが明るくなって、肩越しに横顔が照らされるのが見える。

 頼めばセックスさせてくれると平古場は言った。
 この3日、面倒見が良く細やかな気遣いを見せた木手が、誰にでも足を開くような男だと言うのか。
 自分なんかよりよっぽど親しいはずの平古場が。

「氷帝ではそんな事無いんでしょう。雨が降っても屋内練習場があるって」
「…ええ」

 あの声も表情も、恋人だけに見せる顔じゃなく頼めば誰にでも見せるような簡単なものか。
 そう思ったら、自分も見てみたいと思った。

「日吉クン、やっぱり具合が悪かったんじゃないの」

 不意に木手が振り返って、日吉は上の空で彼と話していたのに気付く。
 探るような視線で見つめられ、思いはいっそう強いものになった。

「木手さん、男が好きなんですか?」

 つい問うた言葉は思った以上に辺りに響いて、言った日吉がビクリとした。
 だが木手は表情も変えず、体ごと日吉の方を向いて微かに首を傾げるだけだった。

「見たの?」
「偶然」

 短く聞き返してくる彼に自分も短く返したら、顔を背けてため息をつき俯いてこめかみを揉み解した。

「だから家では嫌だって言ったのに」
「本当に…」

 言葉が途切れたのはその先を言い淀んだからではなく、顔を上げた木手の様相が今まで見てきた彼と全く違っていたからだ。

 自分を抱きしめるように腕を回し、片方の手を頬に当てる。
 微かに潤んだ目はいつもの鋭くも見えるものとは違い、しかし相手を挑発するようなあざとさが垣間見える。
 ゆっくり一度だけ瞬きをして日吉の足元から頭の先まで這い上がってくる視線が、空港で会った時を思い出させた。
 熱の篭った吸い付くような視線の意味がようやく分かって、日吉はゾクリと身を震わせる。

 匂い立つような色気に、寒気のような興奮が日吉を襲った。
 脳裏では平古場に組み敷かれていた木手がチラついて、カッと頭に血が上る。

 ぶれていた木手のピントが、そこで焦点を結んだように感じた。

「したいの?日吉クンも」
「あ…」
「そんな訳ないよね。君にはまだ早い」

 人差し指で下唇を撫で、薄く開いた口の間から舌を覗かせる。
 平古場が食らい付いていたそこを注視する日吉は、木手の言葉に眼光を鋭くした。

 たった一年先に生まれたぐらいで、子ども扱いされるのが癪に障る。
 それは、自分に対して本気のテニスをしてくれない木手に対しての当て付けのようなものだった。
 テニスじゃなくとも、日吉が何か彼を動揺させる事が出来そうだったからだ。

 やってやる、こぶしを握って彼を見据えたが、不意に目の前を落下して行く影に気付いた。

「雨降ってきたね」

 木手がそう言った途端、まるで引き寄せられたように雨足は勢いを増しすぐに土砂降りになった。

「日吉クン、帰ろうか」

 自分の腕を掴んできた木手の手は濡れて熱く、手を引かれるまま歩き出す事しか出来ない。
 頭から降り注ぐ雨があるいは自分の熱を発散させてくれないかとも思ったが、全く引いてはくれなかった。

 帰ろうといった割に木手は急ぐ様子も無く歩いて家まで帰り、そのまま離れへ直行した。
 木手が自分の服のポケットから鍵を出すのを見ながら、日吉は合鍵の存在を意識する。

 そしてその時になって初めて、夕方鍵を閉めたはずなのに木手が部屋に入ってくることが出来たのは何故か知った。

 毛先から水を滴らせたまま玄関で突っ立っている日吉に、背後から扉の鍵をかける音が大きく響く。
 思わず背を引きつらせたのに気付かない振りをしたのか、木手は携帯を靴箱の上に置きながら何でも無いことの様に告げた。

「シャワー、一緒に浴びる?」

2009/04/13:完成
2009/04/14:UP