水がタイルを叩く音が、壁越しに聞こえてくるのを日吉は身体を包む熱でボーっとした頭のまま聞いていた。
一緒にシャワーを浴びるのは断ったものの、自分が先に浴びている間に敷かれていた布団に目を丸くする。
だって背中痛いじゃないと言った彼が風呂場に消えるのを呆然と眺めて、それから今まで日吉は腰にバスタオルを巻いただけの間抜けな格好のままただ布団の上に座って呆然としていた。
服を着ようかとも思ったが、それはそれでわざとらしいのではないかと思ってしまったからだ。
シャワーを止める気配がして、風呂場の扉が開く音がする。
少しの床の軋みと、バスタオルの擦れる音、木手の動きの一つ一つに自分が集中していると分かっていても気を散らせなかった。
床を裸足で歩く小さな足音がして、木手も腰にタオルを巻いたままの別のタオルで髪を拭きながら現れる。
そのタオルの隙間からこちらを見た素顔の彼は、小さく笑って顔を反らした。
「何ですか…?」
馬鹿みたいに震える声が、緊張なのか興奮なのか日吉にはもう分からない。
全身綺麗に日焼けした褐色の肌を滑り落ちる水滴を目線で追いかけては、その滑らかな肌に触れたがる手を押さえるので精一杯だった。
髪を拭いていたタオルを放り投げると、いつも丁寧にセットされた髪がぱらぱらと落ちて木手の額を隠す。
何が服を剥いてまで押し倒したいとは思わない、だ。
ファミレスに行く道中で、愚かにも安心した自分に日吉は毒づいた。
「正座。何だか、新婚初夜みたいだと思ってね」
からかわれた羞恥でカッと赤くなる日吉を眺めながら、木手が側を通り抜ける。
今度は何だと振り返った自分の目の前で、音を立ててカーテンが閉められた。
それから布団の入っていた押入れを開け、奥のほうから何かを取り出して戻ってくる。
木手の掌に隠れてそれが何かは分からなかったが、緊張でおかしくなりそうな日吉はそれに気を配っている余裕など無かった。
「寝てても良かったのに」
膝を折り、四つん這いになって近づいてくる彼から、無意識に身を引くため足を崩して背後に手を付く。
それでも身を乗り出してくる木手に覆いかぶさられるような格好になって、ようやく言い返すことが出来た。
のしかかっているのに体重を余り感じさせないのは、こういう行為に手馴れている所為なのかと思いながら。
「それで、…寝てる間に逃げるんですか?」
「……可愛くない口だね」
笑みを含んだ甘い声色で囁いた唇が、更に何か言い募ろうと開いた自分に押し付けられる。
柔らかく濡れた感触に驚いて身を引いても片腕を首に回されてしまっては逃げられるわけも無く、そのまま熱を持った舌が滑り込んできた。
人の唇が、舌がこんなにも柔らかいものだと初めて知った。
濡れた粘膜を擦り合わせて吸われるたび、ビリビリと痺れるような感覚が項から腰に物凄い勢いで流れ込んでくる。
目を閉じる事も出来ずに口付けを受けている日吉には、陶酔したように目を閉じている木手の後ろにある台所を見つめているしかなかった。
「…、もっと可愛い事言えない?」
「……、……無理、ですね」
一旦唇を離し、それでも触れ合いそうな至近距離で掠れた声を聞かせる木手をただ硬直して見返す。
けれど無意識とは恐ろしいもので、この時だけは勝気な自分の性格に感謝した。
本当は、泣き出してしまいそうだと、そう思っていた。
「じゃあ…もう一回」
再び押し付けられる唇に自分から舌を伸ばすと、何もかも心得たように木手の口が開く。
誘われるまま舌を差し込んで、しかしそれからどう動いて良いものかさっぱり分からない日吉に相手の舌先が巧みに誘導する。
「っん…」
鼻から抜けるような声を木手が漏らした途端、よく分からないまま衝動が日吉の理性を焼ききった。
めちゃくちゃに口内を掻き回して唇を吸い、噛み付く勢いで蹂躙する。
自分の首に回された手が強く肩を掴んだのも分かっていたが、止められる訳が無かった。
「っは…ぁ…はぁ…っ」
「…満足した…?」
ようやく唇を離した時にはお互いの唾液で口の周りはべたべたしているし、木手の唇は真っ赤になっている。
息を切らしている自分とは対照的に、肩で息をしてはいるが余裕の笑みを浮かべる木手はそう問いかけてきた。
けれどその唇から零れた声が発情しているのを感じて、自分がそれを引き出したんだと何処か誇らしい気持ちさえ浮かんでくる。
「今度は俺の番」
「…っ」
「じっとしてて」
濡れた口の周りを手の甲で拭って日吉の口の端に軽く口付け、そのまま首筋にも唇を押し当てる。
柔らかい唇の隙間から尖らせた舌が這うのを感じて息を詰めれば、ふふ、と笑うのが肌越しに伝わってきた。
「声、出してもいいけど」
「そん、…みっともない真似、できません…」
「みっともないって、俺の声は聞いたのに…」
「ぅ…っ…」
軽く歯を立てられて呻き声を漏らす日吉に、木手はもう一度笑って一度身を起こす。
それから日吉が足を開いたその間に膝を付き、腰を覆うバスタオルに手を伸ばした。
膝から内腿を這うようにしてバスタオルの中に入ってきた手が早々に立ち上がっているそれを握りこんだ瞬間、下肢から力が抜けて行くような感覚が走る。
他人の手に握られただけでそのまま達してしまいそうなほどに膨張した興奮に頭を焼かれながら、日吉は大きく胸を上下させて呼吸を繰り返した。
「っ…はぁ…っぅ…!」
逆の手でバスタオルの合わせ目を解いた木手は、既に先端から雫を垂らす手の中のものに舌なめずりをして見せチラリと日吉を見上げてから頭を下げる。
「木手さ…!」
先端に軽く触れた唇の柔らかい感触に腰を震わせた瞬間、濡れた粘膜の中に誘い込まれた。
一瞬だけ口の中が冷たいと感じたのは、自分の熱が高すぎるのだと恥ずかしくなる。
目の前でフラッシュが点滅したように視界が霞み、背後に付いた両手できつく布団を握り締めた。
自慰など比べ物にならない快楽が腰から背筋を駆け上がり、思考も体の力も奪い取っていく。
ただ、戦慄くように動く腰を布団に縫い止めるのに必死だった。
「っは…はぁ、っは…ぁ…」
先端に唾液を絡めていた所から喉の奥まで一気に飲み込み。聞くに堪えない音を立てて零れ落ちてしまいそうな液体を吸い上げる。
先走りと唾液で滑る唇で扱かれ、呼吸に抑えきれない嬌声が混じり始めた。
「あ…木手さんっ…ん、ぅ…」
一番奥まで咥え込んだ唇が柔らかく根元を絞り込み、喉の奥の粘膜で先端を締め付ける。
その状態から上目遣いで見上げられ、興奮して声を上げる自分が木手の瞳に映っていると思った途端、物理的なものとは違う快楽が体から力を抜いていった。
ずるずるとそのまま肘を折って布団に背をつけ、仰向けに寝そべると腕で自分の目元を覆い隠す。
熱に焼かれた頭では何も考えられないと分かっているのに、ただこのまま果ててしまう訳にはいかないと何度も深く呼吸を繰り返して自分をはぐらかした。
どうやらそれに気付いたらしい木手が頭を上下に振って激しく扱きたてるのを、途切れがちな意識の中で感じる。
キーンという高い音が耳の側で聞こえ、頭の中が真っ白になっていく。
押し出される精液が狭い場所を通り抜けるたびに腰が跳ね上がって、木手の口を犯すような動きを見せる。
駄目だと思うのに動きは止まらず、最後の一滴を出し切るまで日吉は腰を突き上げた。
「っは…ぁ、はっ…」
全身を包む激しい脱力感と窒息しそうな荒い呼吸を繰り返し、目の辺りを覆っていた腕を恐る恐る外す。
天井から下がる電気は未だ付けられたまま、光を放ってこちらを見下ろしていた。
「っ、…ん…」
木手が口から日吉を引き抜いて体を起こすと、喉仏が上下するのが見える。
上がった息を整えながら絶頂の後の倦怠感に動けないでいる日吉を見下ろし、その腰を跨いで顔の横に片手を付いた。
「大丈夫?」
「……はい……」
「良かった?まだ萎えてないけど…」
問われるまま頷いた自分に、木手は達したばかりだと言うのにいまだ力を失わない日吉を握りながら上機嫌な笑みを見せる。
綺麗な曲線を描いたそこへもう一度口付けたいと力の抜けた片腕を伸ばすが、その手を空いた方の手で掴まれ頭の上へ押し付けられた。
絡んだ指先から、緩やかな痺れが這ってくるようだと思った。
「木手さん…?」
「じっとしててって言ったでしょ」
まるで自分が日吉で遊んでいるんだと言わんばかりに首筋へ舌を這わせ、不意に顔を上げて日吉自身を掴んでいた片方の手を離す。
木手を見れば、彼はどこからか取り出した小さな袋を摘み歯で挟んで袋を破るところだった。
それが避妊具だと気付いたのは空になった袋が腹の上に落とされ中身が取り出された時で、その頃にはもう片手で手際良くスルスルと装着されている。
どこから取り出したのかと思って首を巡らせると、自分のすぐ側に避妊具の箱とチューブのようなものが投げ出されているのに気付いた。
よほど自分に余裕が無いんだと思うのと同時、木手が腰に巻いたタオルを取って腹の上に下ろしてくる。
「何…」
「こういうのはマナーの問題だから、ね」
彼のペニスは既に立ち上がっていて、キスと自分に口淫を施しただけで性的な興奮を覚えているのかと驚いた。
それに気を取られているうち、下腹部に触れる生肌と避妊具に包まれた自身が擦れるのを感じる。
手を後ろに回した木手が掴み、少し腰を上げて体を反らせた。
頭の上で押さえられていた手が木手が身を起こしたために指を絡ませたまま自分の視界に入って、それが何故か妙に気恥ずかしく感じる。
自分の手が視界に入らないよう目を背ける日吉を見下ろしたまま、木手は掴んだそれを自分の尻へ押し付けた。
「っ…」
「ん…ぁ…」
何かに引っかかるような感触があった後、これまでずっと余裕の表情をしていた木手が微かに眉を寄せる。
次の瞬間には音を立てそうな勢いで自身が熱い場所に飲み込まれ、自分の太股に彼の臀部が再び密着したのが分かった。
「っは…あ…」
「ん…っ…」
まるで先ほど口に含まれたときのようにヌルヌルした熱くて狭い場所に締め上げられ、今まで感じたことのない快感に思わずその手を握り締める。
薄く開いた唇からため息を零す木手が腰を蠢かせるたびに自身を擦られるのに気付いた日吉は、そうなってようやく自分が木手の体内に呑み込まれたのだと知った。
「あ…木手さん…っ」
「…んっ、…ぁは…っ…」
暖かくヌルヌルとした粘膜は口の中と同じだったが、隙間無く締め付けられ腰を揺するたびに内壁で扱かれると堪らない愉悦が沸き起こる。
見下ろしてくる木手が薄く口元を微笑ませ、細めた目で日吉を見下ろした。
興奮を隠しもせず精液を搾り取ろうと舌なめずりをし、尻を擦り付けるように前後させる。
「あ…木手さん…っ」
「…女とは違うけど、っ…こっちもなかなかいいでしょう…」
「っわ、からな…」
「あぁ、…日吉クン…初めてだっけ…?」
楽しそうに笑い声を上げ戯れに腰を揺らめかせる木手の体内で擦り上げられ、告げられた言葉は屈辱的なはずなのに反論も出来ないほどに翻弄された。
そこからの記憶は途切れ途切れにしか日吉には残っていない。
途中で自分が身を起こし、木手の手ほどきを受けて彼を組み敷いたが平古場のときと同じように彼が声を上げていたか、身を捩じらせていたかはさっぱり記憶に残らなかった。
ただ焼け付くような熱と腰が抜けそうな快感だけが刻み込まれて、夢中で木手の体を犯しただけだった。
2009/04/13:完成
2009/04/15:UP