真夜中過ぎになって目を覚ました日吉は、天井を見つめたまましばらくまどろむ心地を楽しんでいた。
しかしその心地よさも隣で身じろぐ相手に気付いてすぐに覚醒し、自分でも驚くほど素早く身を起こす。
かろうじて掛け布団は被っていたもののその下ではまだ自分は全裸で、隣で背を向けて眠る木手も同じ有様だ。
しかもそれを被った記憶は自分には無く、いつ自分が眠りに付いたかも定かではない。
恐らくこの布団は自分が寝入った後、木手が押入れから出してきたものだと思われた。
布団の周りに散らばる避妊具の空袋と同じく空になったチューブの中身。
アレが潤滑材だと今なら分かる、彼は自分が知らないうちに準備を1人で整えていたのだ。
そして、それが備えられているこの部屋は、木手がいつも男と寝るときに使っている部屋なのではないかと気付いて眉を潜めた。
「ん…」
不意に声を上げた木手が布団の中で寝返りを打ちうつ伏せになる様子を眺めていた日吉は、その背中に一際濃く残るキスマークを眺める。
これは平古場が残したものなのだろうか、それとも別の誰かが。
結局平古場が言ったのは本当のことで、木手は誰にでも足を開く男だった。
出会って3日の自分にそうだから、きっと他にも木手と寝た男はいるだろう。
終わってしまった今では、その男達と自分が同じレベルに落ちたことが無性に悔しかった。
片手でそのキスマークに触れると、木手の背中は少し冷たかった。
彼の背中が冷たいのではなく自分の手が熱いのだと気付くには少し時間が必要で、その間に触れられている違和感に木手が目を覚ましてこちらに首を巡らせる。
「…日吉クン、起きたの?」
「平古場さんが言ったの、本当だったんですね」
「何て言ったのあの子」
「言えばやらせてくれるって。ここにその準備があるってことは、いつもここ使ってたんですか」
視線だけで日吉を見上げていた木手はその言葉を聞いた後視線を落とし、小さくため息をついて体を起こし両肘を布団につく。
乱れた髪が目元に影を落として、普段のキツさが嘘のように消えていた。
「言われればセックスしてるけど。そんなに大勢じゃないよ。この部屋は、家族が管理を俺に任せてくれているからね。家に家族がいるときは、大抵こっち」
「誰とですか、何人くらい」
「聞きたいの?」
珍しいね、そう言いながらも木手は名前を言おうとはしなかった。
彼の中では全てが過ぎ去った後なのか、こうなる以前の、面倒見の良い木手の様相に戻っている。
「雨、まだ降ってるみたい」
二人が黙り込むと、屋根を叩く雨の音がまだ聞こえていた。
雨足は大分弱まっているようだったが、その分長く降り続きそうな気配が伺える。
「明日」
頬杖を付いて窓の方を見ていた木手が、小さく言葉を呟いた。
振り返って聞き返した日吉に、軽く身を捻って木手もこちらを見つめる。
「え?」
「明日雨が降って練習ができなくなったら、ずっとここに篭ってセックスしてようか」
半身だけを起こし、日吉の方を向いて横たわる体勢になった木手は頬杖を付いていた手で自分の頭を支える。
褐色の肌が腹の辺りまで露になって、揶揄するように口元を綻ばせた。
「それとも、もう懲りた?やっぱり早すぎたかな、日吉クンには」
子供扱いされている、大した事無いと言われている、そんな気がした。
それが自分に関してなのか、それともセックスそのものなのかは測りかねたがみっともなく快楽に翻弄されて、木手に翻弄されて意識を飛ばしたまま終わる訳にはいかない。
そうだ、平古場は覗いている自分を挑発する余裕もあったし、二人の情事は主導権を平古場が握っていた。
自分よりも先にその肌に触れた男への対抗心が湧き上がるにつれ、過ぎたはずの興奮が体に戻ってくる。
「まさか」
身を捻って木手に覆いかぶさり、両手を付いて見下ろす。
一瞬驚いたような表情を見せた木手は、すぐにいつもの涼しげな表情に戻って仰向けになり日吉に腕を伸ばした。
「あいにく俺は男のやり方なんか知りませんからね。どうすればイイか言ってくださいよ、その口で」
「…でも、できるの?日吉クンに」
「どういう意味ですか?」
彼の腕に力が篭ってそのまま胸に押し付けられる。
柔らかさの無い平らな胸は滑らかな肌の感触と、少し早くなった鼓動を伝えていた。
性感帯でも無い肌が触れ合っているだけで日吉はゴクリと息を呑み、自分と触れ合っているだけで木手が鼓動を早くしていると思ったら体が勝手に熱を上げていく。
それが単に性的な興奮からくる生理的な動悸だなんて事は考えもつかなかったが、だからと言って恋愛感情のような甘いものがあるわけでない事は理解していた。
「男の体、触れるの」
「何を今更……」
言い出すんだと思ったが、さっきの行為で覚えている限りの間木手は日吉に触れることはあっても触れさせる事は無かったのを思い出す。
それが彼なりの気遣いだったのだと気付いて、まただと思った。
気遣う余裕を残して、記憶が飛ぶほどに自分を翻弄したというのか。
これではテニスと同じ、いつまで経っても木手の本気は見られない。
大きくため息を一つだけついて、日吉は自分からまだ力を持たない木手に触れた。
「っ…」
「できますよ。それとも、俺に泣かされるのが怖いんですか?」
「……やっぱり、可愛くない口だね」
やはり声色に笑みを乗せて呟いた木手は、布団の上を肌が滑る音をさせて足を開き日吉の胴を挟み込む。
首に回っていた手が背中に落ち、優しく撫でられると全身が総毛立つ様な淡い快感が勝手に日吉の身を竦ませた。
「じゃぁ、教えてあげる。どうすればいいか」
「…下剋上だ」
「ほんと好きだね、それ」
顔を上げた自分に木手が可笑しそうに笑って言い、日吉は自分が頬を押し付けている胸に舌を這わせ始めた。
濡らした木手の中は柔らかいのにとても狭く、咥え込んだ日吉を逃がさないようにうねって愛撫する。
腰を引けば内壁がきつく狭まり、押し込むときには柔らかく受け止める。
堪えきれず果てるその時も、全てを搾り取ろうと脈動して精を吐き出す日吉を締め付けて扱き立てた。
壮絶な快楽に声を上げさせられながら恐怖さえ感じて身を引こうとしたが、腰に絡んだ木手の足が離れる事は無く背中に回された腕で引き寄せてもくる。
体全体を引きつらせて何度目かの射精を終えた時、自分の体の下で彼が大きく胸を喘がせているのを感じて身を起こした。
さっきまで逃がさないとでも言わんばかりに絡み付いていた足も腕もあっさりと外れるのを訝しんでいると、自分の下腹部がべったりと濡れているのに気付く。
木手が律儀にも避妊具を毎回日吉に取り付けるお陰で、自分の放ったものは恐らくは木手の体内で薄いゴムに包まれているはずだった。
なら今自分の腹にまとわりつく液体は、木手の精液だ。
木手が横を向き目を閉じて呼吸を整えているのを見て、自分と同じく彼もまた達した事を知った。
その時に感じた単純な喜びと征服欲や支配欲が全ていっぺんに満たされたとも取れる感動を、日吉は不思議な衝動と共に感じた。
それは、しどけなく身を晒す目の前の男を抱きしめてやりたいような、無防備に晒された首を両手で絞めてしまいたいような正負がごちゃ混ぜになった衝動だった。
それから2度木手の中に吐き出した後、やはり日吉は意識を失うように眠りに落ちた。
セックスがこんなに疲れるものだと思わなかったと起きた後で木手に言えば、いやに真面目くさった顔で、慣れればそうでもなくなるよと返された。
朝になって日吉が起きた時、先に目を覚ましていた木手が服を着て朝食を運んでくるところだった。
雨はまだ降り続いて屋根を叩き、練習はできないねと少し残念そうに彼が言った。
そして、彼が夜に言った通り、服を脱ぐ間も惜しんで再び布団に傾れ込んだ。
「ん…あっ、…あぁ…っ」
「結構拡がるものなんですね…」
仰向けに寝そべった木手の足を開き日吉の指を3本飲み込んだ内部を探りながら、素直な感想が口を付いて出た。
服を着る前にシャワーでも浴びたのか、食事を終えてから再び開いた木手の中は柔らかく解れて熱を持っていたものの昨夜の名残は残っていない。
自分もこんな風になるのかと不意に考えたら快感ではない悪寒が体に走って、口の端が歪む。
きっと『そちら側』に自分は向いていないんだろう、そう考えて指を軽く曲げると途端に木手の腰が跳ね上がった。
「っあ、あ…っん、ぁ…」
ジェル状の潤滑材がすっかり溶けて濡れきった場所を執拗に弄る間、木手が顕著に反応を返す場所がいくつかある。
奥の方と、一番締め付けのきつい縁の辺りと、その中間の中途半端な位置。
一番最後の一つが木手の腹の上でだらしなく先走りを零すものの裏側付近にあるのに気付いて、下世話な体の仕組みに笑い出しそうだと思った。
「ここですか?」
「っ…っぁ…あ…」
そこを狙って強めに押し上げれば、木手の喉がひゅうと鳴って内腿が震える。
指の動きに縁が広げられて、ジェルが掻き混ぜられる卑猥な音が上がった。
身を捩って指の当たる位置をずらそうとする木手の腰を逆の手で押さえ込むと、蕩けた瞳が非難するような視線を向けてくる。
「…あぁ、っ…あ、あっ…ぁ…」
「もしかして…ここだけでイけるんですか?」
昨日の夜そう言うこともあったが、あれは木手が自分の手で達したのだとばかり思っていた。
男を受け入れて快感を得ているのは木手の様子から察する事が出来ていたけれど、まさかその快感が射精するほどとは露ほども知らなかった。
「…あ、…う、っ…っ」
「っ、見せてくださいよ」
快楽を享受するのがあんなに上手かった彼が、眉根を寄せてそれに溺れるのを嫌がっているのが堪らない。
腰をくねらせているのは逃げようとしているのだろうが、見下ろしている日吉には先を促しているようにしか見えなかった。
新しい玩具で遊ぶ子供の熱心さでそこを刺激し続けていると、木手がこちらへ手を伸ばしてくる。
木手の腰を押さえつける手首に縋りついたその手は熱く、ジワリと日吉の身の内にしみ込んだ。
「あ…あ…、日吉クンっ…、…っ!」
切羽詰った声で名前を呼ばれて、触れてもいない自分が果ててしまいそうに感じる。
逃げないように腰を押さえ込む腕を掴んだ木手は、喉を反らせ声にならない嬌声を上げて達した。
しゃくり上げるようにヒク付く腰は、まるで見えない何かを突き上げるような雄の本能を見せ勢いのない射精を数度にわたって繰り返した。
その一方で、自然の摂理とは違う場所に咥え込んだ指を食い締め、精液を吐き出す度に中が蠕動した。
「…っあ…ぁあ、あ…ぁっあ…」
長く続く快楽の波に薄く開いた口元から唾液を零し、潤みきった瞳の焦点が危うい表情で蕩けきった甘い声を垂れ流す。
自分が木手を絶頂に導いたというその事実だけで、日吉は途方も無い満足感を得た。
だが同時にそれが自分だけであればいいと考え、考えた事に衝撃を受けた。
体を交えて独占欲が出たとでも言うのか、こうして木手が痴態を晒す相手は自分だけでいいと思ってしまった。
膨れ上がるその感情に背中を押されるまま、日吉は中から指を抜きまだ息の上がっている木手の足を抱えて身を沈めた。
「これ、平古場さんがつけたんですか」
「何?」
昼を過ぎた頃、行為後の心地よい倦怠感というには多少大きすぎる疲労感に包まれて布団の上に全裸の体を投げ出していた日吉は、億劫そうに腕を伸ばして隣でうつ伏せている木手の背中に手を伸ばす。
夜中とは違い目を覚ましている木手は、右側の肩甲骨に触れる日吉を訝しそうに見ていたが聞かれた台詞に目を眇め小さくため息を漏らした。
「平古場クンはそういうことする子じゃないから」
「じゃあ…?」
「気になるの?」
布団の上で頬杖を付き、上機嫌に微笑む木手はそのまま誰の名前も出さずシーツの皺を引っ張って伸ばす。
散々乱したシーツはどこもかしこも皺だらけなのに、木手が目に見える範囲だけは綺麗に伸ばされているのが彼の性格を現しているようで可笑しかった。
「日吉クンは、俺がどれくらいの人と寝たか気にしてたけど」
「…………」
「そう言うの、何て言うか知ってる?」
「…いえ…」
片手を付いて半身を起こした木手が、仰向けに寝転がったまま彼を見上げる日吉の頭の両脇に手を付いて見下ろしてくる。
木手の後ろに見える電気の所為で表情が翳ってよく見えないが、彼は微笑んでいるようだった。
ゆっくりと彼が腕を折り、顔が近づいてくる。
思わず目を閉じれば瞼の上に木手の唇が触れ、目尻を掠めて米神で止まった。
「野暮、って言うの。俺と日吉クンの関係に、他は要らないでしょ」
「あ……」
直接鼓膜を震わせるようなしっとりとした声は、腹の底を熱くさせるような誘いを含んでいる。
思わず彼に手を伸ばすがその時にはもう立ち上がった木手が服も身に付けずバスルームへ消えて行くところで、日吉は背後に手を付き上半身を起こして胡坐をかいた。
「…………」
扉の閉まる音を呆然と聞いて、水がタイルを叩く音を聞いてようやく我に返る。
そのまま再びゴロリと布団に転がって四肢を投げ出した日吉は、行為の名残を色濃く残した匂いに気付いて思わず眉を顰めた。
没頭している最中はそれさえ興奮の材料だったが、醒めた頭ではどうにも気まずいものでしかない。
体の疲労を回復するために訪れる眠気と戦いながら、日吉はただ漫然と天井を見上げていた。
昨日の雨が雲を押し流してしまったらしく、次の日の朝は綺麗に晴れ上がっていた。
日吉は軽いようなだるいような腰に首を傾げながら、今日も練習のため比嘉中にやってきた。
明日には帰りの飛行機に乗らなければいけない、けれどまだ、自分で納得できるほどの成果は得られていない。
「えー、日吉。あの後どうだったんど」
「ぬーがよ、凛」
柔軟をする日吉の背中を押しながら平古場が問いかけ、彼が何を言っているのか分からない甲斐が隣で首を傾げている。
あの後と言われて思い出すのは一つしかなく、けれど平古場にありのまま告げるのは癪だった。
「平古場さん、には…関係ない、じゃないですか」
ぐ、ぐ、と背中を押されるたびに言葉を途切れさせ、憎まれ口を叩く日吉に彼は大きなため息を漏らしはしたが気分は害さなかったようだ。
「その調子じゃ、童貞食われたんだろ」
「なっ…!」
「はぁっ!?」
驚いたのは日吉よりも甲斐だった。
その声にびっくりした日吉が甲斐を見るのと甲斐が日吉を振り返るのは同時で、先に目を反らしたのは甲斐だった。
「ちょっと平古場さん。こんな所で言う事じゃないでしょう」
「ぬーがよ。別に悪い事じゃないやっし。無理やりやったわけじゃねーしな」
「そういう事じゃなくて」
日吉が甲斐を気にしているのに気付いたらしい平古場は、あぁ、と適当な声を上げてその場に腰を下ろす。
「気にさんけ。甲斐も田仁志も知念も永四郎とやってるばぁ」
「え…」
平古場の隣に座り込んだ甲斐は先ほどの驚きからは一変して胡坐を掻いた自分の膝に頬杖を付き、ニヤニヤと笑いながら問いかけてきた。
「して?腰抜けたか?あにひゃー上手いからな」
「だーるな」(そうだな)
あけすけな言葉に素直な反応を返すのが面白いのか、起き上がった日吉の側に二人がにじり寄ってくる。
木手に聞かれたら、そう思って辺りを見渡すが彼は何処かで打ち合わせしているのかこの場にはいないようだった。
「口でやんの好きだろ、永四郎はよ」
「し、知りません」
「んだよ、やってもらったんばぁ?」
「すげぇ音立てんだろ、あいつ」
平古場が舌を出して何もない空を舐める仕草をしてみせるのに眉を寄せて目を反らした日吉は、彼らが言うのを思い出そうとする。
彼らが言うとおりのような気もするし、そんな事はなかったような気もした。
「覚えてません、っていうかこんな事人に話すことじゃないでしょう」
「覚えてないって…やー、よっぽど必死だったんだな」
「だーるな、わんも初めて永四郎とやったときは必死だったさー」
何度も頷く甲斐は、凛が自分と日吉を生暖かい目で見ているのに気付いて頬を膨らませる。
それから、まるで裏切り者を糾弾するように日吉のほうへ首をめぐらせて言った。
「凛は永四郎とやる前に女とやってるもんだからよー」
「だって俺ホモじゃねーもん、裕次郎と違って」
「あがー!!わんだってあらん!」(違う)
「は……?」
ケタケタと笑いながら甲斐をからかう平古場の声が頭の上を通り抜けて行く。
冗談で甲斐が手を伸ばせば平古場がひらりと避け、二人はそのまま立ち上がって追いかけっこを始めた。
だがそんな事に気を配る余裕は、日吉にはない。
今さっきいった平古場の言葉がようやく、頭で理解できた。
木手を女だと思っていたわけじゃない、最中に木手が「男だけど大丈夫か」と聞いたのも覚えている。
その上で自分は彼の体を弄って欲情し、射精した。
行為自体に対して木手が何の罪悪感も背徳感も感じさせなかった所為か、驚くほど素直に成し遂げてしまった。
入れる場所が違うとか、そもそも抱き合う性別が違うとか、分かっていたのに。
「俺は…男が好きなのか…?」
一昨日木手に問いかけた疑問を自分にぶつけるが、例えばあれが鳳で木手と同じように誘ってきたのだったら「気味が悪い」の一言で一蹴するだろう。
仮に現在自分が木手を越えようとしている対抗心や執着心が歪んだものであれば、自分は目下最大の下剋上の相手としている跡部にも欲情しなければならないことになる。
だがそれは、天地がひっくり返ってもありえないことだと思った。
「えー、日吉。やーどーかしたばぁ?」
一頻り追いかけっこをして帰ってきた二人は、顔面蒼白で座り込んでいる日吉を覗き込む。
同じ沖縄で育った色黒の肌、特に平古場は木手とタイプは違うが綺麗な顔はしている。
果たして自分は彼に欲情できるか。
答えはやはり、ありえない、だった。
「いえ、何でもありません」
「しっかしよー、永四郎も好きモンだなー。いくらわんが言ったからって、断ればいいのによー」
「…木手さんって、いつ頃からああなんですか」
どことなく言い辛そうな空気を残したまま日吉が乗ってきたのが面白いのか、平古場は身を乗り出して声を潜めて話し始める。
「あにひゃーはよ、初めっからあぁさ」
「初めから?」
「おぉ、初めっからな。1年の夏休みだったかな。わんが初めて女とやってよ。甲斐と田仁志にやり方教えてた時にふざけてあにひゃーに乗っかって触ってたら勃ったからよー。ぬーがこう、勢いで?」
「まさか3人で木手さんを?」
開いた口が塞がらないと言うのはこういうことか、と思った。
あっさりと頷く平古場と甲斐に、日吉は棘のある声を出す。
「別に無理やりじゃないんど。木手だって善がってたさ」
「っでも、嫌だったかもしれないでしょう。いきなり大勢に押さえ込まれたら、逃げられるはずが…」
「…やーはよ、どうしても永四郎が好きモンだって認めたくねーんだな」
「そういうわけじゃ」
目を細めて、じっとこちらを見つめる平古場は、もう笑っていなかった。
初めて会ったときのような値踏みする視線で日吉を見つめ、肩を竦めてため息をつく。
「やー、あにひゃーに惚れたんど?」
「っは!?そんなわけないでしょう!」
「はぁやぁ、気付いてないんばぁ?まぁ、わんには関係ねーさ。やしが、永四郎はやめといたほうがいいばぁ」
「どう言う、意味ですか」
別に好きじゃない、そう思いながらも止めておけと言われると何か引っかかる。
聞き返した日吉は彼らが顔を見合わせて小さくため息をつくのを、不可解な気持ちで眺めていた。
「すぐ分かるさー、永四郎はやーが思ってるような奴じゃないんど。あにひゃーの本性は寝てみないとわからんばぁ」
「永四郎は性格キッツイからよー」
甲斐と平古場の放った言葉の意味を図りかねて幾度か瞬きをする日吉の背中に、少し離れたところから硬質な声がかかる。
振り返ると、腕を組んだ木手が目を細めてこちらを睨んでいた。
「そこ、いつまでサボってるの。だらだらしてたらアップにならないでしょう」
「はぁやぁ、永四郎こそ今までまーいちゅってたばぁ?」
「俺は進路相談の先生と話してただけです。君たちのようにサボっていたわけじゃありませんよ。練習しないなら勉強しなさいよ。スポーツ推薦で受かっても、勉強についていけないと同じ事だからね」
だらだらと立ち上がってラケットを手にし、コートへ入って行く平古場と甲斐を目で追っていた日吉は、すぐ側に木手がやってきていたことに気付いて一瞬身を引いた。
「日吉クンもここへ来た目的を忘れない事ですね」
「え?」
「のんびりと観光に来たわけじゃないんでしょう。あの子達と遊んでる暇なんて、あるんですか」
「…………」
「跡部クンの期待に、答えなきゃならないんでしょう?」
言うだけ言って自分には背を向ける木手の態度にムッとするのは、体を交わした所為か。
ジリ、と胸を焼く苦さは不甲斐ない自分へ憤りか、それとも跡部の名前を出した事への嫉妬か。
体を交わした相手など木手が初めての日吉には、胸中を満たす訳の分からない感情をどう判断していいのか分からなかった。
コートで知念と打ち合っている木手に背を向けて深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着けると、練習へ向かうために顔を上げた。
2009/04/13:完成
2009/04/15:UP