全国大会で見たあの男は、伏せ目がちの色の白い物静かな男だったと記憶している。
幸村と真田の少し後ろに控え、必要な情報を必要な時に絶妙なタイミングで差し出していたようだ。
断定的な口調は理路整然としていて、分かりやすく端的に要点だけを説明していたように思う。
記憶が曖昧なのは、自分が試合と真田ばかりを見ていたからだ。
正直、神の子と呼ばれる儚い印象の部長も、その後の柳も、気には留めていたが余り記憶には留まらなかった。
後のためになればと適度に取っておいたメモを見てようやく思い出す程度にしか、二人の事を覚えていない。
『明日、真田と一緒に幸村に挨拶に来い』
目の前で傲慢にもそう言って退けた男は、果たしてあの男と同一人物なのだろうか。
試合会場では部長副部長の後に控えていたとは思えない程に良く喋り、実に楽しげに副部長を虐げていた。
「弦一郎の癖に…ですか」
「木手…お前まで」
「いえ、…柳クンがそう言っていたでしょう」
柳が後輩の生徒を連れて帰った後、真田の家へ向かう道すがら木手はさっきのやり取りを思い出して思わず口に出してしまった。
苦虫を噛み潰したような顔で真田がこちらを見るのに肩を竦めていなしながら、見た目ほどオシトヤカな人間ではないのだなと考えを改めた。
「柳クンは、いつもあの調子ですか」
「あぁ、あいつは口が立つからな。いつもやり込められる」
「あぁ」
口が立つと言う真田の見解には素直に頷けた。
勿論、手紙に書かれていた木手にとっては美辞麗句にも取れた言葉の羅列も今ではまぁ間違いではないかなと思えたが。
「ところで真田」
「ん?」
「この時計、柳クンが選んだそうですが」
「うむ…」
チラリと真田を見た木手は、彼が気まずそうに頷いたのを眺める。
小さな小包でこれが届いた時、正直自分の趣味ではないし安物っぽくて付けることは無いかもしれないと思った物だったが、添えられていた手紙に真田が自分で選んだと書いてあった。
その一文を見ただけで自分の趣向をすっ飛ばしてまで時計を気に入ってしまった自分が、真実を知った途端馬鹿みたいに思えた。
装飾品にはこだわりのある者が多い比嘉中の面々に、普段身に付けているものと毛色が違うと何度言われても気にもならないほどに気に入っていたのに。
なのにこの時計は真田が選んだわけじゃない、そうだろう。
だったらこの時計は自分の趣味でないただの安物だ。
「確かに、その時計は蓮二が選んだ」
「……だったらどうして手紙にそう書いてくれなかったんですか」
「それは…」
「俺は君からのプレゼントだと思っていたから、こうして付けているんですよ」
それがどういう意味か、鈍い真田にも分かるだろう。
俯いた頬が少し赤くなっているのを眺めて、柳なら気持ちが悪いと一刀両断するんだろうなと思った。
あいにく木手には、とても好ましく見えるが。
「お前は、随分と見た目に気を使っているようだから」
「はぁ」
「俺は着飾ると言う事にこれまで興味を持たなかった。男がチャラチャラと着飾るのは軟弱だ」
「へぇ…」
「いやそうじゃなく、…だから!お前に何か贈ろうと思った時、何を送っていいのか分からなかった」
軟弱と言う言葉にすっと目を細めた木手に気付いて、真田は慌てて否定する。
しかし彼の性格からすればその言葉も頷けることは十分承知で、それ以上追及する事もなく首を傾けて先を促した。
「蓮二もそう言う意味ではさほど興味は無いのだが、知識に関しては信用できると思ってだな。年齢に見合った中で、良さそうな物をいくつか目利きしてもらったのだ」
「そうだったんですか」
「勿論、最終判断は俺がしたんだぞ」
だから自分で選んだと言うのは嘘では無い、そう言い募る真田に頷いてやると彼は漸く安心したようだった。
「だけどどうして時計なんですか。それも柳クンが?」
「いや、俺が時計にしたかった」
「なぜ?」
その答えを言うまでに、真田は酷く時間をかけた。
木手から視線をそらし、帽子の鍔を下げて言いにくそうに口元を手で覆う。
そのまましばらく黙りこんでしまった真田に、怪訝そうに眉を寄せた木手が彼を覗き込んでようやく小さな声で口を開いた。
「……同じ」
「は?」
「同じ腕時計が…家にある。沖縄とここは遠く離れているが、時計は…同じ時間を刻んでいるだろう?俺達も、同じ時間を生きていると…実感できる」
言うなり歩くスピードを上げてしまった真田の耳が真っ赤に染まっているのに気付いて、木手は自分の顔が熱くなっていくのを感じる。
思わずさっきの真田と同じく口元を手で覆い隠し、深いため息をついて俯いた。
まさかこの朴念仁に、そんな口説き文句が眠っていたとは。
「……真田のくせに生意気です」
「っ、永四郎!お前まで!」
振り返って怒鳴る真田に、木手は声を上げて笑った。
「で?明日行くんですか。幸村クンの所へ」
「行かねばなるまい。柳が話は通してしまった」
「行きたくないんじゃなかったんですか?」
「……男には引いてはならん時があるのだ。明日行かなければ、明後日恐ろしい事になる」
END
2009/01/27:完成
2009/01/28:UP