常々、甲斐と平古場は木手を快くは思っていなかった。
木手は同級生だというのに、部長という権力を傘に自分達の私生活にまでクドクドと小言を言う。
テニスと武術に関しては木手の事を信頼しているし、彼のアドバイスは的を射ていて参考になる。
だがそれ以外の、勉強や私生活の態度に関しては生真面目で硬すぎる木手の進言は甲斐と平古場には鬱陶しいもの以外の何者でもなかった。
その為に、甲斐と平古場は普段から良く木手に突っかかっている。
「えー!永四郎!やー鬱陶しいんばぁよ!」
「大体!部活が終わってからのわったーの行動なんかどーでもいーさー?!」
「良くはありません。君達は夜遅くまで遊び歩いて補導などされてしまえばテニス部の活動に影響が出ます。運良く見つからなかったとしても、君達自身が寝不足でテニスの動きが鈍くなったら同じこと。授業中に寝るのでは疲労は取れませんし、何より成績が落ちれば試合に出られなくなりますよ」
二人の台詞などお見通しだと言わんばかりに並べ立てる木手に、ギリギリと歯軋りをするのがいつもの事だ。
「あぁそうかよ!だからわんのうむやーにいちいち嫌がらせしたんばぁ!?」
「平古場クンの彼女…。あぁ、あの子ですか。別に嫌がらせのつもりはありませんよ。ただね、彼女が夜中に君に電話して何時間も話したと常識的に考えてもおかしい事をおっしゃっていたので、少し注意させていただいただけです。彼女の話だと、平古場クン夜中の一時に彼女に会いに行ったそうですね」
やりすぎだと思われる行為も木手は当たり前の顔をしてこなす。
テニス部のため、全国制覇のためといえば誰も文句が言えないと思っている暴君だ。
ただの友人で部活の仲間でしかない自分達をテニスで縛り付けて行動まで抑制する木手には、平古場同様甲斐も我慢が出来なくなっていた。
けれどここまでなら、いつもと同じ喧嘩で済んだかもしれない。
少なくとも甲斐は、この場で永四郎への不満をぶちまけてすっきりして終わるはずだった。
「でもあの子、少し頭が弱いんじゃないんですか?」
「えー!ぬーが言ってるばぁ?」
「いえね、話があると言って空き教室へ呼び出したら何を勘違いしたのかしなだれかかってきたんですよ。俺が気があるとでも思ったんですかね。だとしたら全く清々しいほどの自意識過剰ですね」
「てめぇ!!」
平古場が殴りかかるのと、甲斐が止めようと手を出すのは同時だった。
何とか永四郎に近づく前に引き止めて、いつもの仕草で眼鏡のずれを直す木手を睨みつける。
「えー、やーたっくるさりんど」
「俺は事実を言ったまででしょ。本当の事だ」
「永四郎!」
「はいはい。身持ちの悪い彼女で大変ね。この話はもう終わり。二人ともちゃんと家に帰って勉強しなさいよ。じゃあね」
力を入れすぎて震えている平古場の腕を掴んで押さえながら、甲斐は半ば不思議な思いで帰って行く木手を見ていた。
いくらなんでも、そこまで言えるのは人として彼に何か足りないのではないかと、はっきり言ってしまえば彼はテニスのことばかりを考えすぎて頭がおかしくなっているんじゃないかと思った。
「裕次郎っ…」
「ぬーがよ、凛」
「わんはしんけん腹立ったさ。絶対許さんど」
「だーるな、わんも言い過ぎやと思うさ」
平古場がその彼女の事を特別好きで、すごく大切にしていていつも彼女を優先していると言うわけではない。
むしろ彼女の方が平古場の事が好きで好きで、平古場は単に物珍しさもあってそれに応えているだけだと言うのも知っている。
けれど、中学生という年齢に見合ったきちんとした付き合いをしていた事を甲斐は知っているし、平古場なりにちゃんと彼女を大事にしているのも知っていた。
「決めた。わん、あにひゃーに仕返しすっさー」
「仕返しって…喧嘩じゃ勝てんばぁ?」
「…喧嘩だけが仕返しじゃねーさ。えー、裕次郎。協力するなら付いて来い。途中で怖気づいて止めるって言い出すぐらいなら、家に帰って永四郎の言うとおり勉強して寝れ」
そこまで言われてはい分かりましたと帰る甲斐ではない。
そもそも自分だって木手にはいつも辟易させられているし、今回はどう考えたって木手がやりすぎだ。
「やしがどうやって?」
「わんに考えがあるんど。あにひゃーただじゃ済まさんさぁ」
一時間後に木手を連れて来いと指示された場所は、山の中腹にある廃墟だった。
廃墟と言うには少し新し過ぎるアパートで、外観だけなら今すぐ入居しても問題ないほどだ。
高速道路の側に作られたこの建物はその振動が他のどの建物よりもダイレクトに伝わる場所に立てられてしまったらしく、入居者が次々と出て行ってしまった。
おまけに山の中腹と言う立地条件では周りに建物らしき物が皆無で、近々取り壊されると言う噂が立ってからもう2年以上経っている。
そして今では、壁には落書きだらけ駐車場には空き缶やゴミが散らばっていた。
「なぁに、こんな汚い所に連れて来て」
「まぁまぁ、凛がよ。謝りたいって。やしが、部員の目があるところじゃあにひゃーも素直になれんばぁ?」
「そう、やっと平古場クンにも俺の言いたいことが分かったみたいね」
満更でもない表情で付いてくる木手に、噴出してしまいそうな衝動を堪えて甲斐は頷く。
呼び出す口実も、平古場が考えたものだ。
木手はあからさまに自分へ媚びる人間は嫌いだが、自分が人を従わせる事や押さえつける事は大好きだ。
これまでずっと反抗してきた平古場が謝罪をしたいと言うなら、彼はあれほど嫌がっていた夜中であろうともここへノコノコと赴くだろう。
ただ必要以上に警戒させてもいけないと言うことで、今回は部活の終わった夕方を指定した。
「で、あの子はどこなの」
「一階の角部屋」
「全く…毎晩遅くまでどこで遊んでるのかと思ってたら、こんな所で…危ないじゃない」
「…まぁまぁ。それも今回きりさー」
ぶつぶつ言いながらそれでも上機嫌に廊下を歩いて行く彼の後姿を眺めながら、甲斐はあとほんの少し木手の態度が柔らかければこんな事にはならなかったのになと彼を不憫に思った。
そして不憫に思うと言うことは既に彼を見下しているのだと自分で気がついて、知らず口元を吊り上げる。
「ここなの?」
「そうさー」
誰も住んでいないと分かっていても住居の形をした場所に勝手に入るのは気が引けるのか、恐る恐るドアノブに手をかけた木手は少し開いた扉の中を覗きこんでから甲斐に問いかける。
頷いて先を促すと、小さくため息を漏らしてから扉を開けて中に入って行った。
後ろを付いて中に入った甲斐は、中から鍵を締めチェーンを下ろす。
靴のまま奥へ向かった木手は自分の足音でその音に気付かないのか、振り返りもしなかった。
「平古場クン?いるの?」
「おー、永四郎」
奥のリビングから聞こえる声に、木手はどんどん近づいて行く。
自分で堕落へ向かって行くのに気付かないその背中は、いつもの傲慢で不遜で王様然とした彼のままだった。
「甲斐クンから聞いてきたんだけど…」
甲斐がリビングへ向かうと、木手が部屋の真ん中に立って腕を組んでいた。
その前に、平古場が俯き加減で立っている。
「永四郎に言われてよー。わんも目が覚めたさー」
「そう」
「いなぐとは別れるばぁ。散々迷惑かけて悪かったやー。このとーりだ」
床に膝を付いて頭を下げる平古場に、流石の木手も驚いたようだ。
組んでいた腕を解いて、呆然と金髪の後頭部を見下ろしている。
「平古場クン…」
「いっちも迷惑ばっかりかけてるだろ。普通に謝るだけじゃ許せんばぁ?」
「そんな…あのね平古場クン」
「わかってるさー、やーは部長だ。部を纏める必要があるばぁ?やしがこれまでの事考えてもはいそうですか、で済ませることはできんどー」
「そうじゃないの。聞いて、平古場クン」
平古場の側に膝を付いた木手が、床に額を擦り付けるのを止めさせようと両肩を掴んだ。
傲慢で不遜で王様の癖に、木手はこういう情に訴える行為に弱い。
手の付けられない問題児が自分の働きかけでようやく改心したと言う優越感もあるんだろう、こういう時の彼は驚くほど偽善的だ。
「別にね、君が憎くて言ってたわけじゃな、い…の…」
ガチャン、と木手の両手に架せられる鉄の輪に言葉が途切れる。
呆然としている間に手錠の鎖を思い切り引っ張って体勢を崩し、誰かが故意に崩した壁から覗く太い鉄の柱に巻きつけてあった鎖と南京錠で繋いだ。
壁の方を向いて座り込むような体勢になっている木手は、首だけをこちらに向けて平古場を問い詰める。
「平古場クン…?!何これ!」
「言ゆったばぁ?普通に謝るだけじゃ許せんって」
「何言って…」
不可解だと言う表情を押し出していた木手の顔が、さっと焦りに変わった。
自分が今どんな状況で、こちらの目的が謝罪ではない事にようやく思い至ったのだろう。
部員を信じるのは結構なことだが、その前に自らの言動を省みて欲しいなと甲斐は思った。
「外しなさいよ!」
「やーが謝ったら外すばぁ?」
「謝るって、俺が?ふん、馬鹿じゃないの。悪いのはそっちでしょ」
この期に及んでまだ余裕があるのか、鼻で笑い飛ばしてそっぽを向く木手に平古場が後頭部を掴んで頬を壁に押し付ける。
「この状況よっく理解した方がいいぜ。やーはわったーよりでぃきやーだからよ」
「周りに何にも無い所で、縛られて、側にはやーに恨みを持った人間が二人。どうなるかわかるよな」
甲斐の言葉に彼はショックを受けたように黙り込んだが、次の瞬間には気丈にもこちらを睨みつけてきた。
「俺に何かあったら、君達もただじゃ済ませませんよ」
「へぇ、どうするんばぁ?」
「学校や親御さんに伝えて、内容によってはきちんと処罰を受けてもらいます」
「処罰、ねぇ」
ヘラヘラと笑う平古場に不信感と恐怖が浮かんだのか、木手は視線を甲斐へと向けてくる。
その瞳の中に怯えを見つけて微笑む甲斐を、勘違いして口を開くがそれも途中で遮ってやった。
「甲斐クン、君副部長でしょう。もう少し…」
「お説教は今更さー。わんもやーには腹に据えかねてるんど」
「裕次郎、わん用意してくるから脱がしとけ」
そう言ってリビングを出て行く平古場を目で追っていた木手は、残された甲斐が自分に近づいてくるのをただ見つめるしかない。
その木手の背後にしゃがみこんで肩に手を置くと、両肩が跳ね上がった。
「永四郎、じっとしろやー」
「何するのっ…!」
彼の背中に身体を密着させて脇腹の方から前に手を回し、ズボンのベルトに手をかける。
驚いて木手が身を捩るが身体をくっつけているために大した抵抗にもならず、甲斐は彼の肩に顎を置いて耳元で囁いた。
「いいからよー。あんまり暴れると、わったーも別の方法考えるぜ」
「別って…」
「ボコボコにされてテニスできなくなったらやーも困るだろ?なぁ?」
多分鬼部長様はそれを予想していたはずだ。
硬直するように収まった抵抗に気を良くしてベルトを引き抜くと、スラックスのホックを外してジッパーを下ろした。
「ほら、尻上げろ」
「…ね、甲斐クン何する気なの?馬鹿なことは止めなさいよ」
震え出した声に、甲斐は堪えきれずに笑う。
ようやっと自分の状況がしっかりと把握できたのか、気丈な普段から想像できないほどに細い声だった。
けれどそこで止めてやるほど甲斐は優しくないし、普段からの不満は溜まりすぎていた。
「じゃぁ、鉄パイプ持って来てもいい?利き手と足、どっちか選ばしてやるさぁ」
「あ…」
「どうする?」
座り込んだ木手の足首をグッと掴むと、驚いたのか彼の喉が鳴く。
観念したのか腕や足を潰されるよりはと考えたのかのろのろした動作で腰を上げ、甲斐はスラックスと下着を纏めてずり下ろした。
勿論甲斐達にとっても全国大会出場と言うのは大きな目標で、その中で木手と言う選手は非常に強力な戦力だと分かっているから本気ではない。
普段ならば自分達の嘘や誤魔化しなどあっさりと見抜くはずの木手は、異常な状況で判断が鈍っている。
膝の辺りで蟠る布を一気に引っ張って下半身を丸裸にした時に、丁度平古場が戻ってくる。
手首までのゴム手袋を嵌め、片手に蜂蜜の徳用ボトルを持っていた。
勿論中身は蜂蜜ではなく単なる水だが、木手にはアレが抜き身の真剣にでも見えるのか壁にぴったりと身を寄せて彼を見上げる。
「平古場、クン…それ、何」
「あぁ?やーが素直になる薬」
「おい、凛」
「大丈夫だって、変なモンは混ざってねー」
平古場の言葉にまさか本当に薬でも混ぜたのかと思ったが、彼はあっさりと否定してボトルを床に置くとポケットから小さなチューブを取り出す。
甲斐は携帯電話を取り出してカメラ機能を起動させ、木手のほうへ向けた。
「テニス部部長様のストリップやっし」
「靴と靴下だけ残って、でーじマニアックさぁ」
カシャリと電子的な音が響くたび、木手は身を竦ませる。
腕を捻って横向きに座り込んでいるため大して衝撃的な写真ではないが、縛られて下半身に何も身に着けていないと言う状況は誰にでも分かった。
「えー、やーこれでもたーに言えるばぁ?」
「っ、…」
「まぁ、わったーは別に言われても構わんばぁ」
言えるわけが無い。
世界中のどんな高い山よりも高いプライドを持っている木手が、問題児二人に下半身を剥かれて写真を撮られたなどと。
「携帯って便利だよな。ボタン一つで世界中にメールが送れるんど」
「甲斐クン…やめて」
「やーがちゃんと謝ったら消してやるんどー」
唇を噛み締める木手に二人は顔を見合わせ、平古場がチューブからドロドロした液体をゴム手袋の嵌めた手に出すと俯いている彼に近づく。
「ケツ上げろ」
「平古場ク…」
「写真、誰かに送ってもいいんばぁ?誰から送ろうか?」
「新垣なんかどうよ。あにひゃー永四郎に心酔してるからやー」
レギュラーで唯一2年生の新垣は、大人しい性格からか木手に絶対服従して本人も彼の強さに憧憬の念を抱いている節がある。
それは木手も知っていて、事あるごとに構ってやったり次期部長は新垣だからと色々目をかけているらしい。
「やめっ…」
「どうなるかやぁ、えぇ?」
「わかったから、分かったから馬鹿なことは止めて。ね?」
床に膝を付いて腰を上げた彼は、それでも羞恥心が勝るのか両膝をぴったりとつけている。
背後に近寄ってくる平古場の、手袋に包まれた指先がヌルリとその尻のふくらみに触れた途端木手が引きつった声を上げた。
「っひ、平古場く…!!」
「力抜いて無いと怪我するぜ」
「やめなさい!や、やめ…っ」
本能的に危機を察知して壁際に体の前面を押し付けて逃げるが、それ以上どこにも行けるわけが無い。
木手が嫌がって表情を歪めるのをわざと楽しむように、狭間の上から何度も指先を擦り付ける。
その内、これ以上は駄目だと力を込めて侵入を阻んでいた肉の狭間に指先が沈んでいった。
「い…っ!!」
「おー、入ってく入ってく」
身体を硬直させたままぶるぶる震えている木手が、ヒュッと息を吸い込んで呼吸を止める。
運動している人間にありがちな締まった尻の所為で甲斐からは平古場の指がどうなっているのかは良く見えないが、どうやら木手の体内に侵入を果たしたようだ。
あっさり指を引き抜いた平古場が、今度は片手に持っていた蜂蜜のチューブを木手に見せるように軽く揺すってチャプチャプと音を立てた。
「ッ嘘…平古場クンやめてっ…」
「聞こえないさぁ」
「か、甲斐クン!止めさせてよ!ねぇ!」
「無理」
木手の要求を断ち切った甲斐が眺める中、ローションを塗り込められた場所へチューブの先端が近づいていく。
金属の擦れ合う喧しい音をひっきりなしに立てていた木手の腕が、ビクリと震えた後ついに何もかもが臨界点に達したらしい。
要は、逆切れだ。
「ッ平古場あぁ!!甲斐いぃ!!やったーぬぶしらんけーよ!わんにこんな事してどーなるかわかっとるんか!!」
腹に響くような怒声は、滅多に聞けない訛りを含んでいた。
本気で怒っているのか焦っているのか、肩で呼吸をする木手の目尻には涙さえ浮かんでいる。
流石に一瞬動きを止めた平古場が甲斐を振り返り、肩を竦めて身体を起こすと木手の後頭部を掴んで額を壁に押し付けた。
軽くではあるが何度かぶつけられて、痛みに呻く声がその口から洩れる。
「そうやって、やーは吼えれば吼えるほどわんは楽しくなるんばぁよ」
「ッ平、こば…!!」
「どーなるかって?わかってるさー。やーだけが辛い思いするんど」
先端がついに木手の体内へ押し込まれると、綺麗に筋肉の付いた背中が跳ね上がった。
次の瞬間グシャリと平古場の手の中でチューブの腹が潰され、中に入っていた水が木手の体内へ噴射される。
「っひ…ぃあ、あー!!」
とっくに声変わりを終えている木手には珍しく甲高い声で叫び、自らが縋っている壁に爪を立てた。
ほんの一瞬自分の体内に水が注入されるのはどんな感じだろうかと言う疑問が甲斐にも過ぎったが、余りにおぞましい感覚だと気付いて思考を放棄する。
木手の耳元に顔を寄せた平古場が、更に力を込めて残った水を木手の体内に送りながら囁いた。
「しっかり力入れてろよ。ここで垂れ流したくねーだろ」
「っ…」
「やーは腹ん中真っ黒だろ、中からしっかり綺麗にしねーとな」
抜くぞと最後に一声かけて、チューブが木手の身体から抜き取られる。
反射的に身体を揺らした彼の内股を一筋透明な液体が伝って、悲痛な呻き声がここまで届いた。
「ぅ…あ…」
「えー、洩れてんぞ永四郎。何か栓するばぁ?」
言葉にたっぷりと嘲笑を含ませた平古場だったが、表情は冷たいままでそのままへたり込んでしまう木手に一瞥をくれるとその頭を足で小突いた。
壁に額が当たって鈍い音を立てるが、それどころではない木手は浅い呼吸を繰り返すだけだった。
「ひ、ひ、らこばく…これ、これ…」
「あー?さっきの元気はどうしたんどー」
「これ、はず、し…外して…ね、ね…」
震えてぶつかり合う奥歯の音が聞こえそうなほどの声で、彼が振り返る。
ギクシャクとしたその動きは出来るだけ腹に衝撃を与えないよう気を配る精一杯の行動らしいが、甲斐たちからしてみれば滑稽なだけだ。
「これ?どれ」
「ぅ、手の、てじょ…ね…は、ずっ…」
腹に力を入れられない所為でみっともないくらい弱々しい声。
纏めた髪は少し乱れて日に焼けた額を隠し、いつもしっかりと前を見据える目が不安げに自分と平古場の間を往復する。
本気じゃないわよね、このまま放っておくわけないでしょ。
そんな祈りにも似た彼の心境が手に取るように分かった。
これがあの木手永四郎かと思うと、甲斐は笑い出したくなる。
平古場もそれは同じなのか、ニヤニヤと笑みを浮かべたまま大げさにため息をついて見せた。
「永四郎、わったーがこんなことして怒ってるあんに?」
「え…な、に…甲斐、クン…何…?」
「あんせー、外したらわったーが危険やっし」
甲斐は暗に手錠の拘束を外したらお前は報復に打って出るだろうと木手に問いかけていた。
そんな事ありはしないと分かっていて、問いかけている。
「し、しない…何もしないからっ…」
「ゆくし」
「嘘、じゃな…違…と、いれ…に…」
「じゃぁ、外してやるさぁ」
ホッとした表情を見せる木手の目の前で、ポケットに入っていた鍵を取り出して南京錠を外す。
これまで甲斐が離れた場所にいたのは、万が一鍵を持っているのが甲斐だと知られ奪われたら困るからだ。
右手だけ外された手錠に不思議そうな顔をするが、甲斐が木手の手を背中の方でまた拘束するのに抵抗はしなかった。
彼の意識は既に自由を奪われる事よりも、自らの体内を満たす水の方に持って行かれている。
「ほら、さっさと行けよ」
「あ、…っぅ…」
ゆっくりと壁に肩を付いて立ち上がる木手を正面から見ていた平古場が、一瞬本気で驚いた表情を見せた。
背後にいた甲斐がそれに気付いて前に回ると、不自然に膝を寄せて歩く木手のペニスが緩く力を持って勃起しているのに気付いた。
「えー…永四郎…」
「やー浣腸されて勃起してるんどード変態やっし」
「っこれは…違…っ…」
「いーからさっさとしれ。ここで漏らしたら一生笑いモンにしてやるさぁ」
勃起したペニスをまじまじと見られてまたへたり込みそうになる木手の尻を、平古場が急かす様に引っ叩く。
手加減無しの強さに木手が身を竦ませた拍子に、また新たな液体が内股を伝った。
緩慢な仕草でそれでも木手は気丈なプライドのためか人間として最低限の誇りの為か、ユニットバスのある扉の方へ向かっていく。
その背中から視線を外した甲斐は、部屋の隅にある自分と平古場の鞄の後に隠してあった紙袋を取り出した。
平古場がどこで手に入れたのかこの時の為に用意した物が、この紙袋へ入っていた。
彼自身は時間が無かったから満足な物を準備できなかったと言っていたが、蜂蜜の空容器といいローションといい実はそういう趣味を持っているんじゃないかと思わせるほど準備が良かった。
『ッ平古場クン、出てって!』
閉めたはずの扉の中から聞こえる焦った声に、甲斐はとうとう堪え切れずに噴出した。
悪趣味にも平古場は、木手が体内から水を排出する所を見てやろうと言うのだ。
勿論水だけで済むわけが無いのは平古場も重々承知の上だ。
初めにこの計画を聞いたときには、木手と同じく平古場もどこか可笑しいのかと勘ぐった。
その平古場曰く木手にとって一番の屈辱であり弱みになり、そして一生の汚点になるなら人が顔を背ける場面だって最高の娯楽になると言う。
ただそれだけの為にそういった性的な嗜好も無いのに人の排便する姿を見ようと思える平古場も凄いが、そこまで恨みを買うような事をする木手も同等だ。
甲斐が紙袋の中からローションとコンドームを取り出して床に置いた瞬間、木手の絶叫と平古場の高笑いが聞こえてくる。
出てきた木手にこれがまだ準備段階だと教えたらどんな反応をするだろうかと、高揚する自分を抑えながら甲斐は思った。
2008/04/14:完成
2008/04/14:UP