変身?

 目が覚めたら虫になっていたのはチェコの作家フランツ・カフカの変身だが、沖縄の中学生甲斐裕次郎は女になっていた。

 日曜日なのにも関わらず6時にセットしている携帯のアラームがうるさく鳴り響いて、横向きに寝ていた甲斐はうつ伏せにゴロリと寝返りを打った。
 夢うつつの意識の中、何だか胸が苦しくてラッキーこれで部活休めるかも、なんて思ったのだが。

 そもそも今日は一月に一回の部活の無い日曜日だと言うのを思い出して、何だよーと急激にテンションが下がる。

 しかし隣で枕元に手を伸ばした誰かが携帯のアラームを止めるのに気付いて、テンションは上昇気流に変わった。
 今日部活が無いのをいいことに、昨日木手が泊まりに来たのを思い出したのだ。

 朝早くから親は店に出るため甲斐の部屋にはめったに近づかないし、妹は昨日から友達の家に泊まりに行っているため調子に乗って甲斐がベッドに引きずり込んだのだ。
 嬉しくなって木手の足に自分の足を絡めたら、珍しく怒りもしないで向こうも足を摺り寄せてくる。

「えいしろう…」
「起きたんですか、甲斐クン」
「やしが今日部活ないんど…もうちょっと寝る」

 自分でも甘えた声だなと思いながら、木手の肩に腕を伸ばして引き寄せた。
 お互いの胸板が当たるくらい密着するつもりで引き寄せたのに、間に何か挟まっている。
 布団でも挟まっているのかとようやく目を開けた甲斐は、木手が何度も瞬きをして自分たちの間を見下ろしているのに気付いた。

 いったい何なんだと起き上がった甲斐は、酷く胸が重いと感じる。
 そういえばさっき胸が苦しいと思ったことを思い出して見下ろすと、そこにはたゆん、と揺れる肉の塊。
 とても大きなそれは甲斐のタンクトップをパッツンパッツンに伸ばしていた。
 薄い生地のタンクトップはくっきりとその乳首の形まで浮き立たせていて、変に恥ずかしくなって布団をかき寄せてしまう。
 その拍子に、腕に触れる柔らかい胸の感触に、サァ…っと血の気が引いていく。

「…………でーじやっさ」

 珍しい木手のうちなーぐちに、甲斐は口を半開きにして頷くしかなかった。




「えー、永四郎」
「何ですか」
「病院に電話しても無理よ」

 電話帳を開いてどの病院がいいかと唸っている木手の背中に、甲斐は声をかける。
 始めの衝撃こそ凄まじかったが、見慣れてしまえばどうということは無い。

 ぶっちゃけ下着の中を探って自分のアレが無いと理解した瞬間、鏡を取りに走ろうとして木手に殴られたぐらいだ。

「どうしてですか。一軒くらいは診てくれるでしょう」
「朝起きたらいきなり女になってたじゃぁ、医者も困るばぁ?」
「そうですけど…じゃぁどうするんですか」
「どうしようかねー」

 タンクトップの上から自分の胸を鷲掴んでみるが、それでも手に余るくらい大きい。
 そのまま指先を動かして揉みしだいていると、木手の手が手首を掴んできて無理やり引き剥がされた。

「ぬーがよ」
「やめなさいよ。はしたない」

 そう言って胸から目を逸らす木手に、甲斐はにやりと笑う。

 永四郎だって男だ。
 この大きな胸にドキドキしているんだろう。

 ベッドに腰掛けて足を組んでいる木手に、ベッドの上で四つんばいになってにじり寄る。
 背後から腕を回してぎゅうっとしがみついた甲斐は、木手の背中に力が込められたのに気付いてにやりと笑った。

「えーしろー」
「…何ですか」
「触ってみたい?」
「やめなさいよ…………今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょう?」
「やしがいつ元に戻るかわからんばぁ?できることやっとかねーと損さぁ」

 ベッドから降りて永四郎の前に回り込み、自分は膝を床に付いて座る。
 怪訝そうに眉を寄せている彼の合わせた両膝に顎を乗せ、脛の辺りに胸を押し付けると大きなため息が降ってきた。

「甲斐クン、離れなさいよ」
「永四郎は触ってみたくないんばぁ?うり、本物やさ。な?永四郎だってたまには入れてみたいあんに?」

 何も言わないのをいい事に木手の膝を割って体を割り込ませ、ジャージを掴んで下着ごと引き摺り下ろす。
 不機嫌そうな顔をしているが腰を上げて脱がせやすくしてくれているから、木手も本心から嫌がってはいないんだろうと思う。

「ん…っ」

 腰骨の這った部分の口付けながらまだ柔らかい木手のペニスを握りこむと、頭上で声を殺すのが聞こえてきた。
 朝っぱらから、と呟く声が早々に欲情して濡れているのに煽られて、甲斐は自分の口に手の中のモノを咥え込む。

「っ…はぁっ…」

 ぐっと木手の下腹に力が入るのを目の端に留めながら、だんだん勃起してくるペニスを吸い上げた。
 座っている体が跳ねてベッドが軋んだ音を上げ、シーツの上を彷徨っていた手が寝癖が付いたままの自分の頭を撫でてくる。

「甲斐クン…ん、ぁ…」
「ん、っぅ…」
「っは、ぁ…あ…」

 根元まで深く飲み込んだ所為で喉の奥を突かれて思わず呻いたら、その振動が木手に伝わったらしく薄く開いた唇から艶っぽいため息が零れた。
 一旦口からペニスを離すと、座っている甲斐からは勃起したそれの向こうに欲情した木手の顔が見える。

 膝立ちになって体を起こした甲斐は、タンクトップの裾を首の側まで持ち上げ大きな胸を露出させた。

「甲斐クン、何するの…」
「何ってせっかくでっかい乳あるんだからよー」

 胸の間に木手のペニスを挟みこむと、両側から胸を押し付ける。
 ふにゃふにゃした柔らかい肉の間で脈打つ熱い塊に、自分の心臓がドキドキと高鳴っているのが分かった。

「よくエロ本で見るばぁ?パイズリさぁ」
「…………」
「永四郎?」

 黙ったまま自分を見下ろしている木手の表情が強張っているのに気付いて声をかけるが、彼は答えることなくジッとこちらを見下ろしている。
 不意に、胸の間に挟まれたモノがぐにゅりと押しつぶされた。
 思わず潰してしまったのかと思って胸を寄せていた手を緩めた甲斐は、木手のペニスが萎えてしまったのだと気付いて更に驚く。

「え?え、永四郎?」
「…………」
「何で?え?さっきまでは…」

 無言で腕を伸ばした木手は横を向いたままたくし上げられたままの甲斐のタンクトップを下ろして胸を隠し、自分のジャージと下着を引き上げる。
 身づくろいを整えるのを訳も分からず見ていた甲斐は、木手が自分から離れてベッドに足を上げてしまうのを見て反射的に身を乗り出した。

「ごめんね、甲斐クン」
「え、何…やー、腹でも痛いんばぁ?」
「違います」

 木手を追いかけてベッドに上がると、横から腕を回してしがみつく。
 硬い二の腕で潰れる胸の感触に、木手の体が竦み上がるのが分かった。

 もしかしてこれが嫌なのかと甲斐が思った時には、もう肩を掴まれて有無を言わせぬ強さで引き剥がされてしまっていた。
 肩に食い込んだ痛みに顔を顰めたのに木手も気付いたのか、すぐに力を抜いて包み込むように掌で撫でられた。
 いつもより大きく感じる手の感触に、甲斐はようやく自分の方が華奢になってしまっているのだと気付く。

「俺は女の人をそういう目で見られません」
「…え?」
「女の人には勃起しないんです。セックスできません。だから甲斐クンと付き合ってるんでしょう」
「あ、…あぁ、そっか…うん。って、えぇ!?しんけん?」

 何を今更、と言い出しそうな顔で言われても、そんな事確認した事が無い甲斐は腰が抜けるほど驚いた。
 確かに付き合おうと言ったのは木手が先で、甲斐の事が好きだと言ったのも木手が先だ。
 でもだからと言って誰が彼を男しか好きになれないなんて思うだろうか。
 だって俺は違うし、と思わず呟いた言葉を聞き取ったのか木手の口からため息が零れた。

「やしが永四郎…」
「何ですか」
「さっき…嫌がらんかったばぁ?いつもは、嫌なら…」

 そうだ。さっき自分が迫ったとき木手は嫌がらなかった。
 いつもであれば誘っても気乗りしないと断固拒否されるし、強引に持ち込もうとすれば殴り飛ばされる。

「だって女の子でしょう。殴ったり蹴ったりは出来ないよ。それに」
「それに?」
「顔と中身は甲斐クンそのままだから。俺でも大丈夫かなって思ったの」

 だけど駄目だった。
 驚くほど素直に木手の下半身は女を拒否した。
 だったら今後自分がずっと女のままで過ごさなければいけないとすれば、二度と木手と触れ合う事が出来ないということ。
 楽天的に捕らえていた事の重大さをようやく理解して、背中に氷が押し付けられたような冷たさを感じる。

「え、永四郎、どうしよう…俺」
「だから病院に行きましょう。何とかなるかもしれない。俺がどうこうというより、君がこれからの生き方をきちんと選択しなきゃいけない」
「い、嫌だ!わん男がいいさぁ!」
「でも現に君は女の子になっちゃったでしょう」
「永四郎!」

 張り上げた声がすごく高くて、木手が少し顔を顰めたのに気付いてしまった。
 男だったときには無かった反応に体を摺り寄せようとしたが、これでまた引き剥がされでもしたらと思うとそのまま動けなくなる。

「甲斐クン」
「わんが女だと、もう永四郎と付き合えんばぁ…」
「…どうしてそう思うの」

 ぐにゃりと目の前の木手が歪んで、咄嗟に俯いた甲斐の目からシーツへ水滴が落ちた。
 答えを待つ木手が口を閉ざし、部屋の中が静かになると自分が鼻を啜る音だけが聞こえる。
 しばらく黙っていたものの甲斐がどうにも口を開かない所為か、もう一度ゆっくりと問いかけてきた。

「甲斐クン、どうして、そう思うの」
「だ…って…永四郎、女好きじゃない…」
「そうね。だけど甲斐クンは好きですよ」
「やしが、わん…」

 肩に置いていた手が甲斐の腕を掴み、やんわりと手前に引かれる。
 恐る恐るその力に従った甲斐の体に木手の両腕が回され、自分がすっぽりと包まれてしまった。
 細くなってしまったのが叫びだしそうに嫌なのに、逃げ出そうにも木手の力が強くてそれも出来なかった。

「じゃぁ、甲斐クンは俺と本気で別れて女の子として生きるの。他の男と付き合うの。そんなことしたらたっくるすよ」
「…わんは男は好きじゃないさぁ。永四郎だけあんに」
「だったら、甲斐クンが男だろうが女だろうが、どっちにしろ相手は俺しかいないでしょ」

 でも、だけど、とグチグチと口をついて出る弱音を止めたくても、涙と同じでどうしたって止まってくれない。
 女はすぐに泣くから面倒だと以前に思ったが、今なら何となくその気持ちが分かる。
 不安で仕方ない。誰かに聞いてもらって大丈夫だよと言ってもらわなければ、この腹の底に溜まっている冷たい氷のような物はどうにもならない。

「セックスは出来ないけど、甲斐クンが女の子になったら結婚は出来ますね。外で手も繋げますよ」
「……けっこん」
「だからそんな顔しないの」

 前髪を掻き上げられて、額に唇が触れた。
 しつこくもまだ溢れる涙も親指で丁寧に拭われて、先ほどまでの沈んだ気持ちが浮上してくるのが分かる。
 そのままゴロリとベッドに横になったら、頭の下に木手の二の腕が敷かれてその硬さに顔を顰めた。

「寝心地悪いさぁ」
「甲斐クンだっていつも俺にするでしょ。男のロマンとか言って」
「…永四郎、我慢してた?」
「そうでもありませんよ」

 筋肉の付き具合が分かってちょうどいいなんて、およそ恋人らしくない事を言われて笑う。
 ゆっくりと背中を撫でてくる感触に覚めたはずの眠気がまた襲ってきて、木手の胸板に額を押し付けた。




「…………」

 次に目が覚めたのは昼過ぎ。
 二度寝の所為かはっきりと覚醒しない頭で起き上がると、シャツの中に手を入れて腹を掻く。
 ベッドにいるはずの木手がいなくて、首を傾げながらあくびをした甲斐は先ほどのように木手がこちらに背を向けて床に座っているのを見つけた。

「えー、永四郎。ぬーやってるばぁ」
「あぁ、甲斐クン、起きましたか。ちょうど出来ましたよ」

 振り返った木手がいやに楽しそうだなと思う。
 いつもは落ち付いた平坦な声が、弾んでいるように聞こえるのも気のせいじゃない。

 立ち上がった木手が持っていたのは、ワインレッドのドレス。
 その露出度はセクシーなんてものじゃない。
 ドレスの前も後も半ばまでV字に裂けていて、細い紐で編み上げて開き具合を調節できるようになっているらしい。
 けれど木手の手にあるうちは、ただの布切れにしか見えなかった。

「君の大きな胸ならきっと着れると思うんです」
「………えー、やー女はしかんばぁ?ぬーんちドレスなんか…」
「洋服の美しさに性別の垣根はないでしょ。いいじゃない。ほら早く脱いで」

 嫌がる甲斐に近づいてタンクトップを掴もうとした木手が、何度が瞬きをして残念そうに盛大なため息を漏らす。
 失礼な奴だと思いながらも何より恋人の頼みだからと手を伸ばしたら、さっきまで着ろと言っていた張本人が甲斐からドレスを遠ざけた。

「永四郎!着て欲しいんじゃないのかよ!」
「俺は女の甲斐クンには着て欲しいと思いますが、男の甲斐クンに着て欲しいとは思いません」
「はあぁ?え?あ、…あさきみよー!戻ってるさぁ!」

 木手の言葉に眉を顰めながらも自分の体を見下ろすと、さっきまで腹が見えないほどに張っていた胸はすっかり萎んでいつもの状態になっている。
 大事な所も確認しようとズボンに手を突っ込んだ甲斐は、慣れた感触がそこにあって心底安心した。

 唯一つ、何だかとても心残りな顔をしている木手を除いて。


end

2008/08/01:完成
2008/08/12:UP