とんだ博愛主義

「ケンジ君は線が細いね。運動はしてないの」

 突然理一がそんな事を言い出したのは、夕食の時だった。
 隣に座っている理一が、テーブルに頬杖を突いて穏やかに微笑んでいる。

 事件が終息してから、親戚全員が揃ったために陣内家はさらに人口密度が上がっていた。
 同じ食卓について食べるにも限界があって、幾人かは弾かれて別の小さなテーブルで食事をすることになった。

 弾かれるのは主に家族内で力の弱い者、女系家族の陣内家では基本男性となる。
 けれどもケンジが自分はいわゆる居候のようなものだから、と小さなテーブルに一番に移れば、騒がしいのは苦手だから俺もと、とカズヤが移った。
 和解したとはいえまだまだ気まずい侘助がケンジとカズヤにちょっかいを掛ける風を装ってその後を追い、独身は肩身が狭いねと理一までこちらにやってきた。
 おじさんが行くなら、ナツキもそう言って移動したがったが既に男が4人もいる食卓には、いくら小柄な少女でも入る隙間は無かった。

「え、えぇ……運動はあまり得意じゃないので」
「そうなんだ。だから色も白いんだね。日に焼けてないから綺麗な肌をしてる」
「はぁ……」

 会話の意図が見えず、ケンジは曖昧に頷く。
 それでもにこにこと笑いながらケンジの腕を見下ろしている理一が線の細い腕に触れたとき、とうとう少年が助けを求めてこちらを見た。
 それは単純に、理一と自分の年が同じで、このテーブルにいる唯一の大人だからだろう。
 だが、それを少し嬉しく思うのも事実だ。

「理一、あんまりからかってやるなよ。困ってるだろうが」
「そうかな。じゃぁおじさんに免じて」

 この男が自分をおじさん扱いする時は、何か含みがあるかからかっている時だ。
 今回は前者だろうと思いながら、侘助は食事に戻った。




「ご一緒してもいいかな」

 皆が食事を終えて、一人二人といなくなりそうしてみんないなくなってもだらだらと晩酌を続けていた侘助に、声がかかる。
 振り返るとスウェットにTシャツ姿の理一が肩からタオルをかけて立っている。
 風呂上がりに台所へ行って拝借してきたのだろう、ご丁寧にも右手にはコップと蓋の空いた瓶ビールが握られていた。

 勝手に座って自分のコップに冷えたビールを注いだ理一は、侘助のコップにも新たなビールを注いだ。
 首を反らして一気にビールを呷る様を眺めて、侘助は小さくつぶやいた。

「何考えてるんだお前」
「風呂上がりにビール飲もうと思って」

 そうじゃない、そう言いたげな自分の義理の叔父を見つめた理一は、先ほどの食事の時のようにテーブルに頬杖をついた。

「そのままそっくりおじさんに返すよ、その台詞」
「は?」
「気まずいなら縁側でビール飲めばいいじゃないか前みたいに。そんなに食べる方でも無いのにケンジ君の隣に座っちゃって」

 言葉だけ聞けば棘のあるその内容も、ほんの少し揶揄の混じる穏やかな声色と頬笑みに覆い隠される。
 本人は棘を含ませる気など無い事が分かっていても、図星を突かれた侘助は気まずい思いをしながらビールに口を付けた。

「ケンジ君をどうしたいわけ。大事な姪っ子の彼氏でしょ」
「彼氏候補だろ。別にまだ付き合ってる訳じゃない」
「だけどナツキはケンジ君が好きだよ。姪っ子と取り合うの?40過ぎた男が」
「お前もだろうが」

 そうだねぇ、なんてのんびり受け流して、理一は新たにビールをコップに並々と注ぐ。
 自分の口調がどんどん言い訳じみているのが自分でよく分かる。
 昔から、理一は侘助の弱点を攻撃するのが得意だった。

「ナツキはともかく、俺は別に侘助とケンジ君を取り合う気はないんだよね」
「…………」
「ケンジも侘助も両方もらってもいいし」
「は?」
「独身だからかなぁ、我儘でね。欲しい物が我慢できない」

 リリリリ……と虫の音が遠くに聞こえてくる。
 穏やかな笑みが底知れない笑みに見えるのは、きっと見ている方の心情だけのせいではない。
 すっと突然持ち上がった理一の腕に思わず身を竦めてしまったのも、仕方ない事だと心の中で言い訳した。

 理一は空中で右手を上にして両手を重ね合わせる。

「僕、ケンジ君、侘助。でいいんじゃないかと思うんだけど」 

 僕の所で右手を、ケンジ君で左手をひらひらさせた後、右手を一番下に持って行って最後に侘助の名前を言う。
 それが一体何を意味するのか、分からないほど子供ではない。
 そして、話が逸れるのが分かっていても突っ込んで聞かずにはいられなかった。

「……何で俺が一番下なんだよ」
「じゃぁ、僕、侘助、ケンジ君がいい?」
「一番上は変んねえのか」
「何、侘助おじさんってば俺を抱きたいの?甥っ子だよ僕」

 もう何を言っても勝てないような気がして来て、侘び助は畳の上に大の字になって寝転んだ。
 色濃い夏の香りとイグサの匂いが混じる空気を吸い込んで大きく吐き出すと、体中の力が抜けていき自然と瞼が落ちた。
 飲み過ぎたかも知れない。ここで寝たら万里子さんに怒られるなと、頭の隅で思う。

「でもナツキは可哀相かな」
「あ……?」
「初恋の人と今好きな人、両方を取られちゃうんだから」

 衣擦れの音と畳をする音がして、理一は立ち去るのだと思った。
 けれど酔った勢いの馬鹿な冗談で済ませてやった方がいいんだろうかと侘助が悩む前に、瞼の向こうに降り注いでいる電灯の光がさえぎられる。

「な、りい……っ」

 咄嗟に目を開けたら間近に同い年の甥っ子が迫っていて、慌てて肩を押し返した。
 しかし時すでに遅く、酒臭い唇同士が重なって押し付けられる。
 凄まじい速さで背筋から項、脳天へ突き抜けていくザラついた衝撃に、息が止まって体が硬直した。

「……、侘助。アメリカで10年何やってたの」

 触れるだけで離れていった唇から、零れ落ちそうなほど揶揄の含まれたセリフが投げかけられる。
 驚いてビビったのを初心だと勘違いでもされたのか、底知れない微笑みからは何も読み取れない。

「ラブマシーン作ってたんだよ……」

 そうだっけ、と嘯く男に蹴りを一発お見舞いする気力すら、残されていなかった。

20090906/完成 
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