待ち人来たらず-サンプル-
(冒頭部抜粋)
「永四郎、コタツ入らんばぁ?」
「俺はここでいいです」
「やしが、電気代勿体ないんどー。コタツに暖房」
「甲斐クンの気にする事じゃありません」
一月の初旬、もうすぐ授業が始まる頃だった。木手はレポートの追い上げをやっていて、甲斐はいつもの通りコタツに入ってテレビを見たり携帯をいじったりしては退屈そうにゴロゴロしている。
持って帰ると約束させたコタツは二人の関係と同じくなぁなぁで木手の部屋に居座り、怠惰を誘発する箱として時には木手をも気だるい午睡に呑み込んでいた。いわゆる木手が一番嫌う、コタツに入ってぐーたら、の状態だ。
あれには抗いがたい魅力がある。覚醒と睡眠の狭間、うたた寝と言う言葉を体で実感できる。意識がふわふわした状態でずっといたいような心地と、暖かくじんわりとした感覚。落ちていくでも浮かんでいくでもない、何かに包み込まれるのはどことなく安心感を伴って木手の体を暖めていく。そうして気が付けば、午前中から夕方までコタツで何もせずただボーっと過ごしてしまっては何度も後悔した。
そんな所にいたらレポートなんか進まないと、木手はコタツの誘惑を振り切った。今は以前リビングで使っていたローテーブルを寝室に置いて、そこでレポートの仕上げをしている。ただ寒さが苦手な木手は、暖房を付けずにはいられない。そのため甲斐の言う通り電気代が少々気になるが、今日中に終わらせてしまえばその問題も解決するはずだ。
「ふーん……あ、永四郎、わんコンビニ行ってくるさぁ。ぬーが欲しいもんあるかやー?」
「どうしたんですかいきなり」
声をかけられて木手が顔を上げる。部屋はすべて引き戸で仕切られ、開け放っているのでリビングからも寝室からもお互いの様子は良く見えた。甲斐は肩までコタツ布団に潜ったままこちらを見上げていて、目の前で見せつけるように大きく欠伸を漏らした。暇のある人は良いですねと、木手が思わず皮肉を漏らしてしまいそうなほど呑気な顔だった。
中学を卒業してから会っていなかった甲斐と、東京の大学へ入学した年の夏に再会した。そしてなんとなくセックスをして、甲斐が木手の家に入り浸るという同棲じみた生活を続けている。沖縄へ帰省した正月休みが終わっても、彼は東京にある自分の部屋よりも木手の部屋に来ている時間の方が長かった。
「あんまりたくさん買うと晩御飯が食べられなくなりますよ」
「わかってるさぁ。して、永四郎はいらんばぁ?」
欠伸が収まると、甲斐はのっそりとコタツから起き上がる。その辺に固めて置いてあるお気に入りのダウンジャケットとマフラーに手を伸ばした。何度木手が言ってもハンガーにかけないから、最近は忠告もしなくなった。そうなれば必然的に上着類は放って置かれる事になる。だから甲斐はいつもダウンジャケットを床に、財布や携帯電話をこたつの上に置いている。その財布をジーンズの尻ポケットに突っ込み、携帯をジャケットのポケットに突っ込み、準備は万端だ。
「そうですね……、じゃぁシャーペンの芯が切れていたのでそれを」
「あい。0.3のヤツな」
一緒に行こうといつもなら言うくせに、この時の彼は一人で部屋を出て行った。後の甲斐は否定するけれど、この時の彼はある程度この先の事を予想していたんじゃないかと、木手は思っている。
バタン、と扉が閉まる音がして、甲斐はコンビニへ出かけた。
それきり、甲斐は帰って来なかった。次の日も、その次の日も。