Pretty Doll
「イーストシティから一駅の街に、生体練成を研究してる国家錬金術師の研究所があるって聞いたんだけどさ」
久しぶりに東方司令部に顔を出した鋼の錬金術師が、開口一番口にしたのはそんなセリフだった。
「なあ、紹介してくんない?大佐」
ロイが手袋をはめた手を組んで、ため息をつく。
「君は私の顔を見ると『資料見せろ』か『錬金術師紹介しろ』しか言えなくなるのかね?鋼の」
「大佐の悪口なら幾らでも言ってやるけど?言って欲しいのかよ?」
ニヤリ、といたずらっ子の笑顔を浮かべたエドワードに、ロイは肩をすくめた。
「キミも相変わらずだね。大体、私に頼みごとをしている身分でどうしてそういうことになるんだい?」
嫌味な笑顔を浮かべているロイに、むっとしたエドが食って掛かる。
「別に一方的に頼もうなんて思ってねーよ!」
「ほう?では何をしてくれるのかな?」
ぐっ、とエドワードが言葉に詰まる。特に何かあったわけではない。が、ロイに借りを作るのはイヤだった。後で何を要求されるか分かったものではない。
「何って・・・その・・・。も、もういい!!」
ぷいっとそっぽを向いたエドワードに、ロイが面白そうにくつくつと笑っている。
それが更にエドワードの神経を逆なでしたらしく、エドワードはそのまま一言も発さずに大股で司令部から出て行った。
「もう、兄さんてば。どうしてすぐ大佐とケンカしちゃうのさ」
「だってなんかアイツむかつくんだよっ」
ぷりぷりと怒りながらドスドス歩くエドワードを、アルフォンスがガシャンガシャン音を立てながらついて歩く。
「今日も先にケンカ売ったのは兄さんじゃないか。もー大佐の紹介もナシで研究見せてもらうなんて無理だって分かってるくせに」
「う・・・」
条件反射で言い返してしまったため、目的を達さずに司令部から出てきてしまった。
かといって今からのこのこ司令部に戻るのもかっこ悪い。
「ね、兄さん」
「何だよ」
「ボクから大佐に頼もうか?」
「お前が?」
エドワードが立ち止まってアルフォンスを振り返る。アルフォンスはちょっと首をかしげた。
「兄さんすぐにケンカしちゃうから。ボクからお願いするよ」
「そりゃ、結果的に紹介さえしてもらえりゃいいんだけど・・・でもアイツ、ただで頼みごと聞くような性格してないぜ?」
どうやって交渉する気だ?と首をかしげたエドワードに、アルフォンスは首を振った。
「それは大丈夫、何とかするよ。でね、それでね、もしも交渉が上手くいったら兄さんにして欲しいことがあるんだ」
「何だよ?別にオレに出来ることならそんな条件なんかつけなくたって」
「いいの!ボクがそうしたいの!」
「・・・まぁいいけどよ。んで、何をして欲しいんだ」
「えへへ。耳貸して」
アルフォンスに歩み寄ったエドワードに、アルフォンスは身をかがめてコソコソと何事かを囁いた。
「・・・あぁ?何でそんなこと」
「ダメ?」
「別にダメってことはねーけどよ」
「ホント?!約束だよ!!」
「ああ」
「兄さん、髪伸びてきたね」
その日の夜、風呂上りのエドワードの髪を梳かしながらアルフォンスが言った。
「ん?ああ、そうだな」
エドワードの髪を乾かすのはアルフォンスの役目である。エドワード本人が面倒がって乾かさずに放置すること、そのために何度かエドワードが風邪を引いたことがあったのにエドワードが一向に態度を改めないことから、必然的にアルフォンスがやるようになった。
「そろそろ毛先そろえた方がいいんじゃない?」
「ええ〜?めんどくせーよ」
「ダメだよ!絡んだりして痛い思いするのは兄さんだろ?ボクが切ってあげるから、ね?」
「勝手にしろ」
まるで言い聞かせるようなアルフォンスに、エドワードは苦笑して肩をすくめた。
アルフォンスに髪をいじられるのは嫌いではない。アルフォンスも、成り行き上でやるようになっただけかと思いきや、意外と喜んでやっているらしかった。
櫛を通してはしゃきん、しゃきん、と繰りかえされる音におとなしく目を閉じる。
「ねー兄さん」
「んー?」
「この間破いちゃった上着、もう何度も直してるから後で捨てるよー?そろそろ新調しないと」
「別にまだ着れるけど」
「えーと・・・そろそろサイズ合わなくなってきてない?」
「!」
エドワードが思わず反応するとアルフォンスが手を止めた。
「わっ動かないで!段になっちゃうよ!」
「あ、ああ、悪い。・・・そうだな、服新調しようかな!!」
背だって伸びてるのだから服も新調しなくてはならない。アルフォンスの言う通りだ。
「そうだよな!服も合わなくなるもんな!アル、お前いいこというな〜」
うきうきとアルフォンスに同調すると、アルフォンスは再び手を動かし始めた。
「じゃあ、捨てておくね」
「おう!」
エドワードがぐっすりと眠りに落ちた深夜、アルフォンスはコソコソと別の部屋へ移動した。
床に白い紙を広げて、その上に練成陣を描く。
あのロイ・マスタングという男は、エドワードに想いを寄せるが故にああやっていつもエドワードをからかって遊んでいる。
アルフォンスが頼むのでは並みの取引材料では首を縦に振らないだろう。応じてしまえば彼がエドワードをからかう材料が一つ減るわけだから。
が。アルフォンスとしては大事な大事な、大好きなエドワードに虫がつくのはいただけない。
エドワードが望んでいるならともかく、全く相手にしていない、気づいてもいないようであるし。
ここは一肌(ないけど)脱がなくては。
鎧の内側から材料を取り出して、アルフォンスは練成陣の上に置いた。
陣に手を触れて練成を行う。
完成した物を抱き上げて、アルフォンスは悦に入った。
「うーん、カンペキ!」
アルフォンスは練成物を鎧の中に仕舞い、練成陣を片付けてエドワードの眠る部屋へと戻った。
「おはようございまーす」
「あら、アルフォンス君、おはよう。エドワード君はどうしたの?」
翌朝、いつもより少し早い時間にアルフォンスが単独で司令部を訪れたアルフォンスに、リザが声を掛ける。
「兄さんはまだ宿で寝てます。ボクは、昨日の話を大佐にお願いしようと思って早くきました」
「キミが?」
「はい」
アルフォンスの言葉に、ロイが面白そうに笑った。
「錬金術師なら等価交換が基本。キミも錬金術師なら私に何を提供しようというのかな?」
こういったことにアルフォンスが口を挟むことは珍しい。アルフォンスが何を言い出すのか、純粋に興味を持ったらしかった。
「えっと・・・この辺で、手をうってもらえないかと」
そう言って、アルフォンスは鎧の中から昨夜練成したブツを取り出す。
「そっ、それはっ!?」
勢い良く席から立ち上がったロイに、何事かとリザたちがアルフォンスの手元を覗き込んだ。
「あら・・・」
「か、可愛い・・・」
アルフォンスの皮の手につかまれていたのは、エドワード・エルリックにとても良く似たぬいぐるみ。
あまりに上手くデフォルメされたそれに、可愛らしいものが好きなリザとフュリーが微笑んだ。
「大佐大佐、ぬいぐるみにまでその反応はどうなんすか」
ハボックのツッコミは冷静だ。
ハッとしたらしいロイが、慌てて取り繕って咳払いをする。
「そ、そのぬいぐるみがどうしたというのかね。ぬいぐるみくらい手にいれようと思えばキミを介さずとも手に入れられる」
取り繕ったんだか暗に欲しいと吐いてしまっているんだか分からないロイの台詞に、アルフォンスが更に一押しを加える。
「でもコレ、特別製なんですよ」
「特別製?」
「原料は、全部ホンモノを使ってますから」
「ホンモノ、とは」
ピクリと反応したロイに、更にアルフォンスはたたみかけた。
「このコートは兄さんの使い古したコートから作ってますし、中の服も同様です。機械鎧部分は前に兄さんが機械鎧壊したときの破片が材料ですし、それになんと!」
「む?」
まるでどこぞの販売員のようなアルフォンスと、引き込まれかけているロイをもう周囲は苦笑いを浮かべて見守っている。
「この髪の毛、ホンモノの兄さんの・・・っと」
廊下を左右で違う足音が走ってくるのが聞こえて、アルフォンスはぬいぐるみを鎧の内側に放り込んだ。
「アルッ!!」
予想通り、ノックもなしにエドワードが司令部に駆け込んでくる。
「おはよう兄さん」
「おはよう、じゃねーよ!!何でオレを置いて司令部に来てるんだよ!!」
「昨日ボクから大佐にお願いしてみるって約束したじゃないか。少しでも長く交渉の時間取りたかったんだよ。それより兄さん」
アルフォンスはエドワードに歩み寄ってエドワードの顔を覗きこんだ。
「朝ごはん食べないで来たでしょ。駄目だよちゃんと食べなきゃ」
「な、なんで分かるんだよっ」
「兄さんはご飯食べると必ず左のほっぺにご飯粒かパン屑かソースつけて、気がつかないままにするからだよ。ボクが拭いてあげない限り絶対そのままだしね。それがついてないってことは食べてない。でしょ?」
「う・・・。ってかオレそんなに食いもん顔につけてるか?」
「毎回だよ。ほら、軍の食堂に行って朝ごはん食べてきなよ。もうちょっとかかりそうだから」
アルフォンスに促され、エドワードが素直に扉に向かう。その後姿を見たリザが声を掛けた。
「あら、エドワード君。もしかして少し髪を切った?」
「あ、わかる?昨日アルにそろえてもらったんだ」
「アルフォンス君が?上手なのね」
「コイツ器用なんだよ。やたらと細かいことが得意でさ」
エドワードは自分がほめられるよりアルフォンスがほめられたときの方が嬉しそうな顔を見せる。
「兄さんの髪を触るのはボクの特権だもの。ほら、兄さん、早くご飯食べちゃわないと昼に響くよ」
「おう」
上機嫌になったエドワードを執務室から送り出して、アルフォンスはロイを振り返った。
「と、言うわけで、昨日切った髪を使ってるんです。この人形」
再度鎧の中からぬいぐるみを取り出してロイに差し出す。
「欲しくないですか?」
「む・・・むむ・・・」
真剣に悩み始めたロイを、その場に居る全員が半ばあきれた目で見ていた。
仕方ないなあとでも言いながらさっさと取引してしまえばまだ矜持も保てるのに、そんなに真剣に悩んだら本気で欲しいといってるも同然ではないか。
「兄さんはボク以外の人間に髪を触らせたりしませんから、他では絶対手に入りませんよ?」
ここぞとばかりにアルフォンスは押していく。
髪の毛どころかエドワードはロイには滅多に身体も触れさせない。触ろうとするとあからさまに逃げるのを知っていてアルフォンスは言っている。
「しかし・・・だな・・・」
それでも頷かないロイに、アルフォンスは最後の切り札を出した。
「ついでにコレ、パンツもはいてます。パンツも勿論兄さん使い古しの・・・」
「買った!いや乗った!!」
陥落したロイにロイの部下たちが一様にため息をついた。
「最低・・・」
「変態・・・」
14も年下の同性に惚れている時点で変態なのは分かりきっていたことだが、いくらなんでも陥落するタイミングが悪すぎるだろう。
が、部下が魂の底から発した言葉はロイには届いていない。
「研究所への紹介状を書けばいいんだな?」
普段からそのスピードで仕事をやれよ、といいたくなるほどの速さでロイが紹介状をしたためる。
その紹介状と交換に、晴れてエドワード・エルリック人形はロイの物となった。
「お〜い、アル〜」
朝食を終えてエドワードがロイの執務室に戻ると、アルフォンスがすぐに寄ってきた。
「もう!さっき顔に食べ物つけるクセがあるよって言ったのに直ってないんだから!」
そう言いながらアルフォンスは手でエドワードの顎を持ち上げ、親指で頬をぬぐう。
「ん・・・いいんだよお前がどうせ拭くんだから!んなことより、紹介状は?」
「書いてもらったよ」
アルフォンスがエドワードに書類をさしだした。
「マジ?アル、でかした!」
渡された種類の内容を確認して、エドワードはふとアルフォンスとロイを見比べた。
「でも、どうやって?」
「それはナイショ」
「なんだよっ、いいじゃねーか!!」
ロイを見ればなんだか上機嫌のようである。何らかの取引が行われたのは確実なようだった。
「まぁ、いいじゃないか。キミのことだ、どうせすぐに研究所に向うのだろう?車で送ろう。私も顔を出した方が良さそうだしな」
コートを取ってロイが立ち上がる。車のキーをもってリザとハボックも同様に立ち上がった。
ロイが近くまで来たときに頭の後ろに気配を感じて、エドワードは気配を叩き落とした。
「何してんだよっ!」
どうも、ロイがエドワードのみつあみを触ろうとしたらしい。叩き落としたのはロイの手だった。
「何もそんなに嫌がることはないだろう?ちょっとくらいいいじゃないか」
「よくねーよっ」
懲りもせず手を伸ばしてきたロイの手を再度叩き落す。
と、今度は反対側に気配を感じ、エドワードはみつあみを押さえて振り返った。見れば今度はハボックが手を伸ばしている。
「何なんだよ一体!」
「お前真後ろから手伸ばしても気がつくんだな〜」
感心したようなハボックに苦情を言おうと口を開くと、みつあみをむんずと掴まれた。
「・・・お前まで何やってんだ、アル」
「えへへ〜」
アルフォンスは手を離さずみつあみを指でなでている。
その光景を無言で眺めていたリザが、小さな声でつぶやいた。
「本当にアルフォンス君しか触れないのね・・・」
「はい?」
「いいえ、なんでもないわ」
不満そうなロイはともかく、感心したような様子のリザとハボックが解せない。
エドワードが首をかしげるとアルフォンスの手からみつあみがするりと抜けた。
「あ、兄さん」
「何だよ、触りたいなら宿に戻ってからにしろよ」
「そうじゃなくて。昨日の約束」
「ああ・・・って、今かよ?!」
「ダメ?」
そんな寂しそうな声でねだられたらエドワードにはダメとはいえない。
「かがめよ」
「うん!」
嬉々として顔を寄せてくるアルフォンスの肩に手を置いて、エドワードはアルフォンスの鎧の口のギザギザの部分に唇を触れさせた。
「んなっ・・・ななななな何をしているんだね君はっ?!」
「大佐、真剣にうろたえないで下さい」
本気で泣き出しそうな声を出したロイに、リザが冷徹にツッコミを入れた。
なんでそんな泣きそうな顔なんだろう、と不思議に思いエドワードは首をかしげる。
「昨日、アルが紹介状手に入れたらキスしてやるって約束してたんだよ」
「ああ、それでか・・・じゃなきゃアルが大佐にあんなもん提供するわけないもんなぁ・・・」
エドワードに聞こえないようにハボックがぼそりとつぶやいている。
「ま、待ちたまえ!ではキミは私が紹介状を書く代わりにキスして欲しいといったらしてくれたのかね?!」
「絶っっってーーーーーヤダ」
すがるようなロイの言葉をエドワードはぴしゃりと跳ね除けた。弟であるアルフォンスならともかく、赤の他人のロイに何でそんなことをしなくてはならないのか。
「大佐、いい加減にしてください。さぁ、エドワード君もアルフォンス君も行きましょう」
「はい」
「おぅ」
リザに促されてエドワードとアルフォンスが歩き出す。
その背後ではくず折れたロイが頭にきのこをはやしていた。
ロイが変態って言うより既に変質者。
アルは兄さんの前では良い子なのに兄さんがいなくなるととたんに黒く。
エドは弟に甘すぎる。
もう、いつもの通りです。
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