幸せの記憶
「兄さんてさ。自分に都合の悪いこと覚えてないよね」
「・・・どーゆー意味だよ」
むっとして問い返したエドワードに、アルフォンスが肩をすくめる。
「ウィンリィを取り合ってケンカしたときのこと、全然覚えてないんだろ?年上なんだからボクよりはっきり覚えてたっておかしくないのに」
「ホントよね。あたしもアルもはっきり覚えてるのにねー」
「うるせーな!!覚えてないもんは覚えてねーんだよ!!」
ウィンリィとアルフォンスにタッグを組まれれば、エドワードには勝ち目はない。憮然としたエドワードは腕組みをしてソファに身を投げ出した。
「他にも色々覚えてなさそうだよね。て言うか子供の頃のこと実はあんまり覚えてなかったりしない?」
「んなことねーよ。ちゃんと覚えてるっての。・・・他のことは」
件のケンカについて覚えていなかったのは事実なので、語尾が少し弱気になる。横目でアルフォンスを窺えば、表情の変わらない鎧が笑っているのが気配でわかった。
「オレを馬鹿にするからにはお前はさぞやしっかり覚えてるんだろうな?アルフォンス君」
足を組んでアルフォンスを睨んだエドワードに、笑いを含んだ声でアルフォンスが応える。
「ボク結構昔のこと覚えてるよ?」
「ほっほ〜う。じゃあ、そうだな・・・」
ニヤリ、とエドワードが不敵な笑みを浮かべた。
「お前、自分が初めて喋った言葉覚えてるか?」
「は・・・ええ?!いくらなんでもそんなの覚えてないよ!!」
「ほれみろお前だって覚えてないじゃねーか」
鼻で笑ったエドワードに今度はアルフォンスがむっとした。
「普通覚えてるわけないだろ?!」
ウィンリィも口をはさむ。
「エド、それ誰かに聞いたとかじゃなくて本当に覚えてるの?その頃って言うとアンタだって随分小さい頃の話じゃない」
「ちっさいゆーな!!」
「小さいの意味が違うだろ、もう・・・」
『小さい』の単語に神速で反応するエドワードにアルフォンスが失笑した。
「ウィンリィは覚えてないんだ?」
ウィンリィのエドワードへの問いかけから察するに、覚えていないのだろうと言う確信をこめてアルフォンスがウィンリィを振り返る。
「流石にね〜・・・っていうか、そもそもエドはともかくその場面ってアタシは居なかった可能性の方が高い気がするんだけど」
首をかしげたウィンリィの言葉を、エドワードが肯定した。
「ああ、あん時は母さんとオレしか傍に居なかったはずだ。ま、母さんがそのあとピナコばっちゃんに話してれば、ばっちゃんもなんて言ったか知ってはいるだろうけどな」
「ホントに覚えてるんだ・・・」
呆然と兄を見やったアルフォンスに、エドワードが微笑を浮かべる。
「ま、オレの一番古い記憶ってヤツ?」
「は〜・・・よく覚えてるわね」
「何だ、ウィンリィ。コイツ話し始めるのがやたらと遅くて、初めて言葉喋ったとき3歳近かったの覚えてないのか?その頃って言ったら俺らも4歳頃だろうが」
「う〜ん・・・アルのおしめ取れるのがかなり遅かったのは覚えてるんだけどな〜」
ウィンリィの言葉にアルフォンスがぴき、と固まるが、意に介さずエドワードは楽しそうに同意する。
「そうそう、だからソレも喋るの遅かったからだって!喋らねぇからトイレトレーニングが進まなくておしめが取れないって母さん困ってた」
「ね、ねぇちょっと兄さん。ウィンリィ」
明らかに強張っているアルの静止の声は二人には届かない。
「それで、おしめ取れないから外に遊びに連れていけなかったのよね」
「アル置いて二人で外行こうとするとビービー泣き喚くし」
「そうそう!!戸口でエドにすがり付いて泣き喚いて動かないの!!なつかしぃ〜」
「ちょっと!!もう!!勘弁してよ覚えてないときのことであれこれ言われても困るよ!!」
声を荒げたアルフォンスに、エドワードがニヤリと笑った。
「オレは昔のことあんまり覚えてないんだろ?」
「〜〜〜〜!!兄さんの意地悪!!」
あからさまにむくれた声を出したアルフォンスに、エドワードが声を上げて笑う。
「ハハハハハ!!兄貴をからかおうなんて考えたお前がそもそも悪い!!」
「も〜〜〜・・・。それで兄さん、ボクが最初に喋った言葉って何だったの?」
話をそらすように問い返したアルフォンスに、エドワードが笑ったまま肩をすくめた。
「当ててみろよ」
「ええ〜〜〜?」
アルフォンスが困ってウィンリィを見れば、ウィンリィがあごに手を当てて首を傾げる。
「普通に考えれば・・・一般的には『ママ』よねぇ?」
「普通ならそうだね」
「ブーーーーー。外れ」
ニヤニヤ笑っているエドワードは実に楽しそうにしている。
「え、違うの?」
「違うからこそ、オレが覚えていたともゆー」
「じゃあご飯とかかな?」
「ソレも違う」
「「ええ〜〜〜〜〜???」」
訝しげにアルフォンスとウィンリィが顔を見合わせた。
「トイレトレーニング進まなかったって言うんだからトイレでもないわよね」
「ウィンリィその話はもう勘弁して・・・。他に赤ちゃんが言いそうなことって何かな」
悩んでいる二人を尻目にエドワードはソファに悠然とふんぞり返っている。
「う〜ん。そもそも赤ちゃんが何で一番最初に母親とかご飯とかの単語を覚えるかって言ったら、ソレが赤ちゃんにとって一番好きなものだったり、一番必要なものだったりするからよね?つまり、当時のアルにとって一番重要だったもの・・・」
「今のボクに一番必要なものだったら、間違いなく兄さんなんだけどね〜」
「アンタってホントブラコンよね」
恥もてらいも無く言い放ったアルフォンスに心底あきれながらウィンリィがエドワードに視線を向けると、ふんぞり返っていたはずのエドワードは顔を押さえて俯いていた。
「兄さん、答え教えてよ」
アルフォンスがエドワードを促すと、エドワードは突然立ち上がった。
「教えない」
「「え〜〜〜〜〜?!」」
ウィンリィとアルフォンスが口を揃えて抗議の声を上げる。
「ちょっとエド!!ココまで引っ張っておいてソレはないでしょ?!」
「兄さんが当てろって言ったのに!!」
二人の言葉を聞こえない振りをして、エドワードがふいっと顔を背けた。
「教えねー。オレだけの秘密」
「秘密って、ボクが言ったことを秘密も何もないだろ?!・・・って兄さんどこ行くの!」
「散歩」
スタスタと部屋を横切っていくエドワードにアルフォンスとウィンリィが不審げな視線を向けた。
「兄さん!!」
強い調子でアルフォンスが引き止めると、エドワードは部屋の入り口で立ち止まった。そこで振り返りもせずに、肩越しに言い放つ。
「お前の身体が元に戻ったら、そのとき教えてやる」
「な・・・何だよそれーーーーっ!?」
不満の声を上げるアルフォンスを無視して、エドワードがさっさと部屋を出て行く。その様子を見送って、アルフォンスががしょんと身じろいだ。
「もう・・・兄さんワケ分かんない・・・」
「アルが一番必要なのはエドとか言うから照れたのかしら?」
「そんなのいつも言ってるのに〜?今更だよ?」
火照った顔を押さえながらエドワードは宿の階段を下りる。
「あ〜〜〜〜ったくも〜〜〜〜・・・・・・」
ガシガシ、と後ろ頭を掻き毟りながら、ぶつぶつとエドワードは愚痴をこぼした。
「ウィンリィが余計なこと言うから・・・ったく・・・」
宿を一歩出れば、涼しい夜風がひゅう、とエドワードの火照った頬を冷やしてくれる。
月を見上げたエドワードは、古い古い記憶へと思いをはせた。
あの時は、びーびーびーびー煩いほどの泣き声が聞こえて。
どうしたのかと部屋を覗くと、困った顔の母と、泣き喚くアルフォンスが居た。
近づいて、ぷにぷにしたアルフォンスの手をそっと掴むと。
アルフォンスはピタッと泣き止み、満月のように丸くて金色の瞳で、エドワードをじっと見つめた。
それから。
アルフォンスはそれはそれは嬉しそうに微笑んで。
そして、はっきりと言ったのだ。
『にーに!!』
アルフォンスは、そんなにも幼い頃から。
成長しても、魂だけの姿になった今現在でさえ。
ずっとずっと、変わらずエドワードにその愛情を向けている。
それを、今更ながらはっきりと自覚した。
「あんな頃からブラコンかよ」
笑みを含んで漏れた言葉は、エドワード自身にも当てはまる。
あの笑顔が嬉しくて。愛おしくて。だから、覚えていた。
あの時から、アルフォンスはエドワードの宝物になった。
どんなときでも、この弟は自分が護るのだと、そう思うようになった。
いつか、身体を取り戻したら。
あの時と同じ笑顔で、またオレを呼んでほしいんだ。アルフォンス。
生まれたときからブラコンなアルがすごいのか、
一番古い記憶がアルな兄さんの方がすごいブラコンなのかは謎が残るところです。
まぁ、どっちもどっちなんでしょう。
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